第6回目【試し読み】暗黒ハローワーク!

〇第二章「ようこそ光峰勇者学校へ! 一流の講師陣と万全のカリキュラム! 君も勇者になれる!!」



 散々だった合同勇者説明会の翌日。


 俺は都内某所にある、光峰勇者学校で剣士の授業を受けていた。


 三十人ほどの生徒が、校庭で剣の型を練習している。


「さー次は連続攻撃のBパターン、五セットいってみよーっ!!」

 剣士の教師は、ソードマスター武蔵。本名は全然違うらしいが、忘れた。ちなみに性別は女である。なかなか美人なのだが、マッチョだ。


「いいか! 売り手市場といえど、優良世界の勇者職に就くのは困難だ! 気合いを入れていけ!」


 背は俺より高いし、筋肉量は何倍もありそうに見える。太い腕や足、腹筋を見せつけるように、ビキニタイプのスポーツウェアを着ていた。


 かつてはマンガ家だったという異色の経歴。だが打ち切りを喰らって、一念発起。なぜか勇者になってしまったそうだ。


「日暮英治! 腕が上がってないぞ! マジメにやれ!」


「いや、やる気はあるんですけど!」


「頑張れ日暮! 全ては筋肉が解決してくれる!」


「その筋肉が音を上げてます! もう腕が上がりません。どうしたらいいですか!?」


「答えは筋肉に訊け!!」


 訊くだけ無駄だった。


 しかし隣ではマリアが涼しい顔をして剣を振っているし、生徒の中には定年間近のおっさんや、主婦もいる。そんな人たちでさえ剣を振っているのに、この体たらく。


 我ながら情けない。


 何とか五セットを終え、肩で息をしていると、マリアがタオルを俺の頭にかけた。

そしてわしわしと汗を拭いてゆく。


「大丈夫? エーちゃん」



 マリアのされるがままになりながら、何とか返事をした。


「ああ……これくらい、大したこと、ねえよ」


 マリアは聖母のように微笑んだ。


「無理しないでね。具合が悪くなったら、すぐに言うのよ?」


 休む間もなく、ソードマスター武蔵の容赦ない指示が飛ぶ。


「よーし、それじゃ次は二列に並べ! 組み手をやるぞ! 勇者採用試験のつもりで本気でやれ! 鍛えた筋肉を存分に使え!」


 俺は手の平で額の汗を拭くと、青空と、古びた白亜の校舎を見上げた。


 光峰勇者学校の施設は、廃校となった小学校を流用している。


 かつては幼い少年少女であふれていたこの学校も、今では高校生から、大学生、主婦、兼業を考える会社員、第二の人生を考えている定年間近のおじさんなど、あらゆる年代の人間が入り乱れた、実に怪しい空間になっている。


 しかもやっていることは、勇者になるための授業。


 剣や魔法に格闘技、他の世界に巻する知識や、勇者として採用してもらうためのノウハウなどである。


 知らない人が見たら、狂気の集団に見えるかも知れない。


「日暮! ぼーっとするな! ケガをするぞ!!」


 慌てて俺は剣を上げる。


 組み手の相手は、四十代のおばさんだった。


「あらあら、まーまーごめんなさいね、相手がこんなおばさんで」


「あ、いえ。宜しくお願いします」


 剣を構えたまま軽く頭を下げる。


「はじめっ!!」


 ソードマスター武蔵の号令と共に、斬り込んだ。



   ×   ×   ×




 剣士の授業の次は魔法の授業だ。


 俺は、体育館にやって来ていた。ここは特別に結界を施してあり、強力な攻撃魔法でも吸収してくれるという安全設計。


 さっきの剣士の授業では、いい感じでおばさんに後れを取り、剣を叩き落とされた。


 しかも、おばさんの手が滑って、剣が俺に当たりそうになったところを、隣で組み手をしていたマリアに助けられる始末。


 そのマリアも、組み手では自分から一切攻撃をせず、ひたすら防ぐだけだったので、消極的過ぎると怒られていた。ちなみにマリアの練習試合の戦績は、全て消極的態度による判定負けだ。


 俺は自分の手の平を見つめた。剣を握っていた指が、まだ痺れている。


「やはり、剣も体力のスキルも全然変わってないな……」


「どうかしたのですか?」


 隣のひよりが俺を見上げていた。


「何でもねえよ。それよりお前の番じゃないのか?」


 体育館の端では、先生が手を上げて次の準備が整ったことを知らせていた。


「そうなのです! 行ってくるのです!」


 ひよりは床に引かれた線まで、走ってゆく。


 そこから十メートル先の壁に掛けられた的に向かって、基本である炎の魔法『ファイア・バレット』を放つのだ。


 的の横では、先生が早くしろと言いたげに待ち構えている。


「早くしたまえ。そんなことでは勇者職など、夢のまた夢ですよ」


 魔法の教師ウィザード宮本。男性。そして童貞。


 本人いわく、三十年童貞を守り、ついに魔法使いになったそうだ。しかし二次元の女に心を奪われ、ハイウィザードへの道を断たれた(本人談)。


 だが、三次元では童貞なので、魔法の力を完全に失うことはない……とのことだ。


 他の教師の話では、童貞と魔法使いの因果関係はないらしいので、あくまで宮本個人の感想である。


「ファイア・バレット!」


 ひよりの叫び声に続き、衝撃波と派手な破壊音が轟いた。


 結果は見るまでもない。


 魔法防御を施した体育館も、物理攻撃には無力だ。


 的のあった場所に、直径一メートルほどの穴が開いていた。そしてその穴、ギリギリにウィザード宮本先生の顔があった。


「き、き、きみ、きみはぁああああああああああ――っ……」


 あ、倒れた。


「せっ、先生――っ!?」


 慌てて他の生徒たちが駆け寄り、保健室に連れて行った。


 そしてひよりは、生徒指導室へとドナドナされてゆく。


 体育館に一人残った俺は、ひよりが開けた穴に向かって右手を伸ばす。


 ――ファイア・バレット。


 そう心の中でつぶやく。


 体の中の魔術回路が、途中まで魔術式を組み立ててゆく。


 いけるか!?


 そう希望を抱いた瞬間、魔術式が崩れた。



 途中まで組み立てたパズルが、一気にひっくり返ったような感覚。


 俺は溜め息を吐くと、体育館を後にした。


「そんなに甘くないか……」


 廊下を歩き、自分の教室に向かう途中、心の中で繰り返した。


 どんなに訓練をしても、どれだけ修行をしても、俺は剣も魔法も使えない。


 となれば、やはり遊び人を極めるしかない。そして――、



「大賢者の力を取り戻す」

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