第44話 光源氏犬

「わん(は~、ダメだぁ。ゆかり可愛すぎる…)」

 もともとダメな犬が、さらにダメダメになっておる。

「ポムポム、しっかりして。犬には興味ないんでしょっ!」

 マリウスがしゃがみこんで、床にへばりつくようにして悶々としている犬の顔を覗き込んだ。

「わん(運命だ、これは運命だ!ああ、ゆかりっ!!)」

 まるで、かつてのマラダイの様じゃな。

「運命って…1回会っただけでしょ?」

「わん(童貞で、恋したこともないお前にはわかんないんだよ)」

「童貞で悪かったよ!」

 犬ごときにまたまた童貞と言われたマリウスは、さすがにムカついた顔をしおった。


「わん(一回会っただけって言うけどな、俺ケモノだぜ?ここ異世界だぜ?)」

「どういうこと?」

「わん(鈍いなぁ。異世界モノでは、ケモノは自分のつがいを見わける力があんだよ)」

 都合のいい解釈をするな、お前にそんな能力はない。

「えー、そうなの?」

「わん(お前さぁ、難しい本ばっか読んでないで、たまにはラノベとか読めよ)」

「息抜きに読むことはあるけど、数学や物理の方が面白い」

「わん(お前って、変態?)」

 むしろお前が変態じゃ、犬よ。


「わん(ところでさぁ、お前。俺の昔の名前、知ってるよな?)」

「昔の名前?日本人だったときのこと?」

「わん(ああ、そうだ)」

「忘れる訳ないだろ。鈴木光すずきひかるだろ?」

 ふむ。イマドキ日本のキラキラネームに比べると、平凡な名前じゃの。

 因みに、マリウスの方は山田友一と、これもまたキラキラとは程遠い。


「わん(なにか、気がつかないか?)」

「?」

「わん(お前それでもIQ140越えの秀才かよ)」

「失礼だな」

「わん(も一回、俺の名前、苗字じゃなく名前、言ってみ?)」

ひかる

「わん(も一回)」

ひかる

 まだ???な顔をしながらも、マリウスは言われた通りに繰り返した。


「わん(で、あの俺の運命の相手の名は?)」

「運命の相手かどうか知らないけど、ゆかり

「わん(そうだ、むらさきと書いて、ゆかりと読む)」

 そこまで言われて、ようやくマリウスもハタ、と思い当ったようじゃ。


「ももも、もしかして、源氏物語~~~~?」

 驚愕の声を上げたマリウスに、深くしっかりとうなずく犬がいた。

 現在犬で、前世はヤ○チンのチャラ男だったくせに、源氏物語をよく知っておったな。


 しかし、現在ただの駄犬の語るところによると、こういうことじゃ。

 ひかるという名は、現在ただの駄犬の父親がつけたものだ。

 父親は結構イケメンで、若い頃からモテたらしい。その父親が唯一自分から惚れた女の名前が、ゆかりという名だった。父親は告白したが、あっさりと振られた。その悔しい思い出から、生まれた息子にひかるという名前をつけた。


 以下、父親の弁だそうだ。

「いいか、ひかる。お前の名前は源氏物語の光源氏からつけたものだ。光源氏は凄いぞ。何人もの女にモテた天下の色男だ。その光源氏がだ、自分好みの女に育てようとまだ幼女のうちから囲ったのが若紫、のちの紫の上なんだ。どうだ、男のロマンだろ。あー、俺ももっと若かったら、可愛い子に眼ぇつけといて、自分好みに育ててぇ~」

 それは犯罪じゃ。

 いろいろと辻褄つじつまが合わない上に、歴史的名作が下世話な願望にすり替わっているが、そこは多くは語るまい。


 しかーし!

 問題は、犬の分際で光源氏のそれを真似しようとしていることじゃあ~~!!!


「あのさ、ポムポム。気持ちはわからないでもないけど、いま君の名はポムポムだから」

「わん(黙れ!これは前世からの定めなんだっ)」

「いや、それだけで運命って…」

「わん(それだけじゃないやいっ!俺にはピンときた。あのゆかりから漂ってくるミルクのように甘い匂い…。はぁ、たまらん。ぺろぺろして育てたい)」

 まぁ、まだ赤ちゃんだからの。

 しかし、ぺろぺろするのは止めろ。育てるなどとたいそうな夢も捨てろ。

「わん(はぁ、俺、明日も散歩に行く。待ってろよ、俺の若紫!)」

 これは厄介なことになったのぅ、おーほっほっほ。


✵ ✵ ✵


「くぅ~ん(い、いやぁ~。この大きな犬さん、近いぃ~。怖いぃ~~~)」

 ひなげしの腕の中のゆかりが、必死で鳴いておる。


「あ、ダメ。ポムポムちゃん、ゆかりがびっくりしてるから、あんまり覗き込まないでっ!」

「こら、ポムポム。離れて、ひなげしちゃんから離れてっ!」」

「わん(ひなげしじゃなくて、ゆかりゆかりにもっと近づきたいんだぁ~~)」

 犬が頑固に抵抗を見せる。

「ポムポム、いくらゆかりが可愛いからといって、そんなに近づいては驚かすだけだぞ?」

 マラダイが、ひなげしとポムポムの間に割って入る。

「わん(なんだよっ!マラダイさん。運命の相手に逢った気持ちは、マラダイさんが一番良くわかるだろっ?俺たち、同志じゃないかっ)」

 駄犬と同志の人間はおらんぞ、犬よ。


「くぅ~ん(いやぁ~、怖い犬さん、キライっ!)」 

「わん(き、キライっ!?そそそ、そんな、俺の若紫っ!そんなことを言わないでくれっ!!俺がキミの光源氏だっ)」

 誰が若紫で、誰が光源氏じゃと?いい加減にせぃ、犬よ。


「ご、ごめんなさい。ひなげしちゃん、マラダイさん。もう僕たち、朝の散歩はよすから」

「わん(なんだと、マリウス!この裏切り者っ!人の恋路を邪魔する奴は、一生童貞で死んでいけっ!!)」

 こんな調子で、朝の散歩は散々。

 ゆかりはすっかりポムポムに怯えてしまい、ポムポムはそれでも必死に報われない愛をルキーニ王国の片隅で叫ぶ。

 駄犬の運命の恋は、どうやら勘違いで終わりそうじゃな。

 おーほっほっほ。




 さてさて。

 性に奔放な国・ルキーニ王国に異世界転移してしまった元地味な就活娘・麻倉ひなげしは、マラダイという絶倫おっさん男の妻となり、めでたく自身の性欲の強さもコンプレックスではなくなった。

 運命の相手だと自分にべた惚れの夫と、優しかったり面倒見が良かったりド天然なリス3姉妹との暮らしも、楽しく平和そのものじゃ。

 ときに、サエコやミーナ様や駄犬の邪魔は入れど、それもご愛嬌ということで。

 1234年に一度の珍事を楽しませてもらったわしとヴィも、そろそろお役御免のときが来たようじゃ。


 ヴィよ、最後に皆様にご挨拶はあるかの?

「ぶ~ん(はいはい、アンナ様。これからも私たちはときどき、ひなげしとマラダイさん、それを取り巻く人々の様子を覗きに来ると思います。またいつか、番外編などでお会いできれば幸いですが、それもすべてアンナ様のお心次第ということで。皆様どうぞお元気で、由緒正しき執事蜂ヴィウィ・フウェーラカラドナルドス・ノーテルノス3世のことを、忘れないでくださいね!)」


 それではわしも、一介いっかいの東の森に棲む占い師に戻るとするかの。

 また新しい珍事が起こることを期待しながら、霊玉でも磨くとしよう。

 最後までお付き合いいただいた皆様、ありがとうのぅ、御機嫌ようじゃ。

 おーほっほっほ。

  おーほっほっほ。



                〈了〉



最後までお読みいただき、ありがとうございました。

これからもいろんなテイストの小説に、トライしていきたいと思います。

次は学園モノとかいいかも…半年後くらいになるかもですが。(*´ω`*)

気が向いたら、また覗きにきてくださいね。

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絶倫おっさん純情記in異世界 灯凪田テイル @mikazuki

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