第43話 運命の出会い?

 マラダイたちは子犬用のゲージやベッドや食事などを調達して、帰りの馬車に乗り込んだ。

 ひなげしの腕に抱かれた仔犬は、安心したのかすぅすぅと小さな寝息をたてておる。

「ねぇ、名前を決めないと」

 長女リスのナルが、仔犬の小さな前足を、同じように小さな手で撫でながら言った。

「そうねぇ、どんな名前がいいかしら?」

 次女リスのニナも、母性溢れる眼になって仔犬を見つめる。

「そうだ!この仔、毛がくるくるしているからクルンパはどう?」

 末っ子リスのノワが自信たっぷりに言うが、すぐにナルとニナに却下される。

「「ダメ、バカっぽくてポムポムみたい!」」

「え~」

 不服そうにノワが、頬を膨らませる。

 おそらく犬もいま頃はまた、くしゃみをしておることじゃろう。


「どうだろう、名前はひなげしが考えては?」

 ほう、めずらしくマラダイがまともな提案をしたな。

「あたしが?」

 ひなげしが、少し戸惑った表情を浮かべる。

「うん、それいい!」

 長女リスのナルが、すぐに同意した。

「そうね、できれば日本的な名前とか」

 次女リスのニナも、眼を輝かせる。

「日本的な名前?ああ、確かゆさりだったっけ?」

 ノワよ、さゆりじゃ。

 しかも、それはあまり犬っぽくない名前だ。

「いいの?あたしが考えても」

 ひなげしがリス3姉妹に確認する。

「「「もちろん!」」」

 

「じゃあ、考えてみる」

 嬉しそうにそう言うひなげしを、マラダイも嬉しそうに見つめた。



✵ ✵ ✵


「はいはい、ゆかりご飯でちゅよ」

 長女リスのナルが、もうすでに自分より大きくなった仔犬にご飯をあげている。

「お水もたっぷり飲むんでちゅよ」

 次女リスのニナが、水の入った器を仔犬の前に置いた。

「ひなげしちゃん、ゆかりは散歩でうんちはした?」

 末っ子リスのノワも、すっかりゆかりの母親気分になっておる。


「うん、ちゃんと。ここにあるから、捨ててくるね」

 ひなげしがトイレの方へ行くと、ナルがマラダイのところへ寄ってきた。

「マラダイ様、散歩続いてますね」

「いやぁ、思っていた以上に気持ちいいよ」

「ちゃんと早起きになったし」

 次女リスのニナがそう言って、マラダイに飲み物を渡す。

「うん。一日の始まりに、ひなげしとゆっくり話ができるのが楽しいよ」

「まぁ、いままではベッドの中であんあん、はぁはぁの会話ばかりでしたからね」

 末っ子リスのノワは、相変わらず爽やかな朝にふさわしくないことを言うが、もうお前さんはそれでよい。


 そうじゃ。遅くなったが、仔犬の名前はゆかりになった。

 ん?犬っぽくない名前じゃと?

 まぁまぁ、そう言うでない。

「ぶ~ん(ゆかりは、ひなげしと一緒に候補に挙げられていた名前なんですよね、アンナ様?)」

 ふむ、そう言うことじゃ。

 ひなげしか、ゆかり、父親が考えたこの二つの中から選んだのはひなげしの母じゃ。その話を訊かされたひなげしは、ゆかりという名が自分の分身のように特別に思えたそうじゃ。


「では、この仔犬はひなげしの分身ってことなのか?」

 マラダイがいたく感動した顔で、そう訊ねた。

「日本からたった独り転移した、ひなげしちゃんの分身…」

 長女リスのナルも、そう言ってウルウルしだす。

ゆかりがいれば、ひなげしちゃんも淋しくないわね?」

 そう言った次女リスに、ひなげしは答える。

「大丈夫、マラダイさんやリスちゃん達がいるから淋しくなんかなかったわ」

「でも、家族がもう一人、いやもう一匹ふえる」

 マラダイがひなげしと仔犬を、愛おしそうに交互に見やる。

「マラダイ様ぁ、ひなげしちゃんの分身だからって、ゆかりは犬で、まだ赤ちゃんですからねっ!」

 末っ子リスのノワよ、お前は何が言いたいのじゃ。

 まぁ、深くは訊かんでおこう。おーほっほっほ。



✵ ✵ ✵


 さて、マラダイとひなげしが仔犬を飼いだした噂は、マリウスと不細工な犬にも程なく伝わった。

「友達になれるね、ポムポム」

「わん(ふん。俺、犬には興味ねぇから。人間のエロいお姉ちゃんのほうが断然いいから)」

「でも、相手にされないじゃないか」

「わん(そんなことないぜ。犬だからって警戒しないから、この間なんかミニスカートの中に顔ツッコんでやった。きゃぁ~、なんて嬉しそうな悲鳴あげてたぜ)」

「あのね。僕の飼い犬として、節操だけは持ってね」

「わん(ふん、知るかっ)」


 そうは言ったものの、やはり好奇心はあったのか、マリウスと犬はある日、朝の散歩に出かけることにした。

「わん(ちっ!いつもなら、惰眠をむさぼっているところだぜ、あ~ぁ眠ぅ)」

 お前は惰眠を貪る駄犬じゃな、おーほっほっほ。

「う~ん、早起きは結構辛かったけど、でも早朝の空気は気持ちいいね」

 マリウスはそう言うと、胸いっぱいに朝の爽やかな空気を吸い込む。


 大きな公園を周遊する遊歩道には、今朝も大小様々な犬を連れた人々が散歩を楽しんでいた。

 顔なじみの犬同士も多く、飼い主だけでなく挨拶をかわし合っている。

「ポムポムも新顔らしく、みんなに挨拶すれば?」

「わん(ふん、だから犬には興味ないって言っただろ?)」

 自身も犬のくせに、偉そうに太いシッポをゆさりと振る不細工な犬。


「こんにちは」

 父親と散歩している可愛らしい少女が、そう言って挨拶をした。

「こんにちは」

 マリウスも同じくらいの年頃の少女に、礼儀正しく挨拶をした。

「なかなか大きな犬だね」

 父親がそう言って、犬を見下ろした。

「きゃん(やだ、何この不細工な犬)」

 日本で言えばプードルに似た気位の高そうな犬が、そう言った。

「わん(るっせぇ、お高く留まってんじゃねぇよ)」

「きゃん(何よっ!あたしを誰だと思っているの?この界隈では知らない者はいないアイドル犬、クレアちゃんよ)」

「わん(へ~ぇ、俺知らねぇけど?しかも自分に、ちゃんづけかよ)」

「きゃん(不細工な上にバカなの?)」

「わん(お前こそ、その性格の悪さどうにかしろよ)」

「きゃん(失礼ねっ!)」


「あら、クレア。もうお友達になったの?」

 犬語がわからない少女が、無邪気な勘違いをしておる。

「ははは、うちのクレアは社交的な上に優しい性格だから」

 父親も呑気に笑った。

「そうですね」

 犬語がわかるマリウスは当然、2匹の表面は取り繕っていても険悪な会話は訊いていた。

「さぁ、そろそろ行こうか、ポムポム。では、失礼します」

 マリウスはどこまでも礼儀正しく、親子に挨拶をする。

「きゃん(あら、名前ポムポムって言うの?ダッサ!)」

「わん(へん。お前こそ、その花柄の服、全然似合ってねぇから)」

「きゃん(キーッ!)」

 自称アイドル犬の悔しそうな声が、背後で聞こえた。


 その後も挨拶をしてくる犬を、不細工な犬は無視し続けた。

 マリウスが飼い主たちと挨拶をかわしている間も不機嫌そうにそっぽを向いて、すぐにマリウスを力ずくで引っ張る。

 愛想が悪すぎじゃぞ、犬よ。

「ポムポム。ひなげしちゃんたちに会っても、そんな態度を取り続ける気?」

「わん(まぁ…ひなげしとマラダイさんとこの犬には、もう少し愛想良くするよ)」

「本当だね?」

「わん(まぁ、相手が性格悪かったら、わかんねぇけどな)」

「ポムポム…本当に大丈夫かな」

 ふぅ、とため息をついたマリウスは、遠くにマラダイとひなげしの姿を認めた。


「マリウスじゃないか!」

 マリウス達を見つけたマラダイが、手を振りながら近づいてきた。

「ポムポムも、お散歩?」

 そう言って近づいてきたひなげしの両腕には、小さな仔犬が抱きかかえられていた。どうやら、すでに歩き疲れたらしい。

「なるほど、これが飼いはじめた犬ですね?」

 マリウスがひなげしの腕の中の、小さな茶色いかたまりを覗きこんだ。

「くぅん(こ、こんにちは?)」

 少し怯えた眼でマリウスを見て、そう挨拶をする仔犬。

「名前は何て言うんですか?」

 そう訊くマリウスに、マラダイが胸を張って答える。

ゆかりだ」

「ゆかり?」

 犬にしては変わった名前だな、と思ったのかマリウスが訊き返した。

「日本風の名前よ。紫と書いて、ゆかりと読むんだけど…ごめんなさい、ルキーニ王国では何のことかわからないわよね」

「いえ、何かの本で読んだことがあります。そうか、ゆかりか。いい名前ですね!」

「本当?嬉しいな」

 いい名前だと言われて、ひなげしの顔が輝く。

「いや、しかし。本当にマリウスは博学だなぁ。その歳でたいしたものだ」

 マラダイがしきりに感心する。


「う~う~う~(こ、これは、ああ、これは)」

 そのとき、不細工な犬のいつもと違う声が聞えた。

「ポムポム?」

 異変に気づいたマリウスが、ポムポムを覗き込む。

「くぅん(どったの?大きな犬さん)」


「わんっ!(か、可愛いっ!何て可愛いんだっ!これは運命だ、やっべぇ、俺、出逢っちゃった!)」

「「??」」

 首を傾げるマラダイとひなげしと対照的に、青ざめて心の中で叫ぶマリウスがいた。

「っ!(ポムポム、お前まさかっ!なんだよっ、犬には興味なかったんじゃないのかっ?)」

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