第42話 3リス寄れば文殊の知恵

「犬?」

 いつものように、愛妻ひなげしとリス達がつくってくれた夕食を幸せいっぱいの表情で食べていたマラダイは、思わぬお願いにきょとんとした。

 だから、36歳おっさんのきょとん顔は可愛くないので止めよ。


「そうなんです。あたしたち、可愛い犬が飼いたいなぁって」

 事前の打ち合わせ通り、長女リスのナルがそう言う。

「ポムポムみたいに、デカくて不細工な犬じゃないですよ」

 次女リスのニナも、調子を合わせる。

「決して、マラダイ様に早起きしてほしいからじゃ…む、むぐぐぐぐ」

 打ち合わせ外のことを口走る末っ子のノワの口に、ニナが慌ててパンを詰め込む。

「おいおい、ノワが窒息してしまうぞ」

 マラダイが呆れて止めるが、ノワの言わんとしたことは伝わらなかったようじゃ。間一髪だったのぅ、おーほっほっほ。

「ひなげしも、犬が飼いたいのか?」

 言い出しっぺはむしろひなげしなのじゃが、そうとは知らないマラダイが訊ねる。


「は、はい。可愛い犬を飼って、マラダイさんと朝の散歩を楽しみたいなって」

「朝の散歩?」

「そうそう。ほら、ひなげしちゃんは、マラダイ様の健康を気にしてるんですよ」

 長女リスのナルが、上手く助け船を出す。

「俺、健康だけど?」

「で、でもっ。最近、ちょっと太ってきたような…」

 次女リスのニナが、慌ててそう言う。

「そうか?もともと筋肉質だからガタイはいいが、太ってきた気はしないがなぁ」

 マラダイがそう言いながら、自分のたくましい大胸筋にふれる。

「いつまでも若々しく、ひなげしちゃんとエッ○したいでしょ?」

 末っ子リスのノワが言った。

「おおお、俺は確かに36歳で、ひなげしよりだいぶ年上だが、あああ、あっちに関しては若い奴らには負けないぞっ!」

 むしろ、その歳でサカリすぎじゃ。大人らしく、我慢というものを覚えろ。


「ひ、ひなげしっ。お、俺に不満か?」

 いい歳をして、眼をウルウルしながら、マラダイは若妻に訊く。

「そんなっ!不満なんてある訳…」

 ひなげしのわずかな躊躇ちゅうちょを、マラダイは聞き逃さなかった。

「あ、あるのかっ?」

 まぁ、あるとすれば毎晩明け方まで何度もヤルその絶倫っぷりのほうじゃろ。

「いい、いえ。何と言ったらいいか…」

 狼狽うろた)えるひなげしに代わって、長女リスのナルが言った。


「マラダイ様。結婚したとき、ひなげしちゃんに何と約束をしましたか?」

「え…」

「確か、ひなげしちゃんの仕事がある日は、3回までって約束でしたよね」

 次女リスのニナが、小さな腕を組みながら毅然とした態度で言う。

「い、いや、まぁ…そうだったかな?」

「忘れたふりしてもダメですよっ!お蔭でひなげしちゃんは毎日遅刻寸前、寝不足続き」

 末っ子リスのノワも、きっぱりと言う。

「そ、それは…その」

 リス達に言われて、すっかり形無しのマラダイはしゅんと肩を落とす。


「ひなげし、嫌だったか?」

 愛しい妻の顔をうかがうように、マラダイが訊いた。

「嫌って言うか…困るんです。あたしだってマラダイさんが大好きだし、でも遅刻も寝不足も『ディーテ』に迷惑をかけるし、朝は朝食の準備を全部リスちゃん達にさせているし」

「お、俺を大好きだと…?」

 こらこら、おっさん。反応するのは、そこではないぞ。

「マラダイ様!ひなげしちゃんの言ったこと、ちゃんと訊いてました?」

 ほれ見ろ、早速長女リスのナルにツッコまれておる。

「訊いてたよ、ちゃんと」

「じゃあ、早速今晩から、約束を守ってくれますね?」

 次女リスのニナが、厳しい顔で訊く。

「え~、明日からにしない?」

 往生際が悪いぞ、36歳のおっさんのくせして。

「もうっ!いつまでもそんなこと言ってると、噛み切りますよっ!」

 末っ子リスのノワが硬い胡桃くるみも砕く小さな牙を見せて怒ると、さすがのマラダイも反省をしたようじゃ。

「わ、わかったよ。あそこが縮んじゃうようなこと、言うなよ。あービックリした」

 ノワよ、一度本当に噛んでおきなさい。


「あ、あのね。マラダイさん。それでも、犬は飼いたいんです。あたし、小さな頃からの夢だったんです」

 ひなげしの夢だったと訊いて、マラダイは眼を輝かせた。

「いいとも、ひなげし。お前の夢は、俺が叶えてやる。お前の夢を叶えられるのは、後にも先にも俺だけだ。愛してる、ひなげしっ!」

 マラダイはそう言うと、夕食中にもかかわらず、ひなげしをひしっと抱きしめキスをした。

「マ、マラダイさんっ」


 リス達はそんな二人にはもう慣れっこで、生暖か~い視線を注ぎながら黙々と夕飯を食べる。

「犬を飼ったら、ひなげしちゃんの関心はそっちにいっちゃわないかしら?」

 長女リスのナルが、そう呟いた。

「そうねぇ、マラダイ様、犬に嫉妬しそう」

 次女リスのニナも、そう相槌を打つ。

「いいんじゃなぁい、ジェラシーは愛を深めるにょう薬よ」

 にょう薬ではなく、妙薬じゃ、ノワよ。



✵ ✵ ✵


 さて、その週のひなげしの休日。

 マラダイとひなげし、リス3姉妹は揃ってマラダイの友人の家を訪れていた。

「仔犬、何匹生まれたんだ?キーロン」

「3匹だ」

「見せてくれ」

「おうよ」

 マラダイに負けないくらいガタイのいい髭面の男が、家の中へとマラダイたちを招き入れる。


 ルキーニ王国にも、ペットショップのようなものはある。しかし、大概はこのように知り合い間で譲渡し合う。

 因みにルキーニ王国には、犬猫その他の動物用のピンキーノもあるのじゃ。また逆に妊娠を促進させる薬もあり、主に馬や牛によく使われる。

「ぶ~ん(またまた、ルキーニ王国プチ情報ですね。アンナ様っ)」

 ふふふ、ヴィよ。読者の皆様にとっては、久々の登場じゃな。

「ぶ~ん(はぁい。皆様、忘れないでくださいね。由緒正しき執事蜂、ヴィウィ・フウェーラカラドナルドス・ノーテルノス3世ですよ!)」

 忘れる前に、その長くて言いにくい名前は覚えられんじゃろうが。まぁよい、話しを戻そう。


「わぁっ♡」

 生まれてまだ3か月程だという仔犬たちを見て、ひなげしが感嘆の声を上げた。

「なんて小さいんでしょう、何て可愛いんでしょう!マラダイさんも、ほら見て!!」

 マラダイはむしろ、興奮で顔を紅潮させているひなげしの可愛さにデレデレである。

「可愛い奥さんだな、マラダイ」

「当たり前だ」

 マラダイはそう言うと、友人のキーロンとひなげしの間に無理やり身体を入り込ませる。

「なんだよ、そんなことくらいで警戒するなよ。ったく、聞きしに勝るベタ惚れだな」

 キーロンが呆れたように、髭面を掻く。


「わぁ、ホントに小さい」

 長女リスのナルが、自分より若干だけ小さな仔犬に手を伸ばす。すぐに、お前さん達より大きくなるじゃろう。

「ふふ、3匹ともそっくりよ」

 次女リスのニナが、仔犬の顔を覗き込んだ。

「そりゃあ、兄妹だもの」

 末っ子リスのノワがしたり顔で言うが、お前さん達は姉妹でも毛の色が白・グレー・黒と全く違うじゃろう。


「この仔、どうかしら?」

 ひなげしがよく似た兄妹でも、ほんの少し身体の小さな仔犬を抱き上げた。

「ああ、そいつだけメスなんだ」

 キーロンがひなげしに微笑みかけ、マラダイに睨まれる。

 しかし、ひなげしのこととなると本当に心の狭い男じゃのぅ、マラダイよ。


「女の子なの?」

 長女リスのナルが、ひなげしの腕の中で小さく鳴く仔犬を見上げた。

「ダンユ商会は、ますます女子比率が高くなるわね」

 次女リスのニナが、そう言ってマラダイを見た。

「いいじゃない、ハーレムみたいで」

 末っ子リスのノワが言う。

「いや、俺はこれから一生、ひなげしだけでいい」

 真に受けたマラダイがそう言うと、ひなげしの肩をそっと抱き寄せる。

「あ~あ。ジョークも通じないくらい、ぞっこんかよ」

 キーロンが再び髭面を掻きながら、呆れたような声を出した。


「よし。じゃあ、リス達もひなげしが選んだ仔犬でいいんだな?」

「「「はぁい!」」」

 リス3姉妹が元気に声を合わせ、茶色のくりくりとした毛に覆われた仔犬は、晴れてダンユ家の犬となることになった。

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