第41話 絶倫封じ作戦と嫁姑

「おかえりなさぁ~い、ひなげしちゃん」

 長女リスのナルが、つけていた帳簿から顔を上げた。

「ただいま、ナルちゃん」

「お疲れさま、お茶でも飲む?」

 次女リスのニナが、媚薬やピンキーノの在庫を棚に補充しながら訊く。

「ありがと。でも大丈夫」

「今日の晩御飯はめずらしくお魚よ。お肉だと、マラダイ様がますますギンギンになっちゃうでしょ?」

 末っ子リスのノワが、そう言ってウインクする。相変わらずブレないのぅ、お前さんは。

「ははは…」

 渇いた笑いで答えるひなげし。


「そう言えば、マラダイさんは?」

 ふと気がついて、ひなげしは店内を見回しながら訊いた。

「あ…」

 長女リスのナルが、少し気まずそうな顔になる。

「?」

 首を傾げるひなげしに、次女リスのニナが答えた。

「実はね…パウラ様からの呼び出しで…」

「お義母さまからの?」

「きっと今頃、タマ○マが縮んじゃうくらいメチャクチャ絞られてると思うんだ」

 末っ子リスのノワが、そう言って首をすくめる。

「タ…」

 そう言って顔を赤くしたひなげしは、それでもすぐに次の質問をする。


「今回は、どんな御用なの?」

「さぁ」

 と長女リスのナル。

「でも、マラダイ様はかなりビビってた」

 と次女リスのニナ。

「そうなの?」

「うん。だってパウラ様からの呼び出しは、たいてい怒られることばかりだもの」

 末っ子リスのノワが、したり顔でうなずく。

「そう…」

 少し心配そうな顔になったひなげしを、リス達は励ました。

「「「大丈夫、いつものことだから!」」」

 励ましになっていたかどうかは、微妙じゃな。

 おーほっほっほ。



✵ ✵ ✵


 それからいつものようにリス達と夕食の準備をしながら、ひなげしはこう切り出した。

「あのね、リスちゃん達。犬って好き?」

「犬?」

 突然の話題に、長女リスのナルが首をかしげる。

「嫌い?」

 恐る恐る訊くひなげし。

「嫌いじゃないけど…どうしたの、突然?」

 次女リスのニナも、怪訝な顔になる。

「う、うん…」

 言い淀んだひなげしに、末っ子リスのノワが言う。

「ポムポムみたいに不細工でないなら、好きよ!」



「わっふ~ん!(へっくしょい!)」

「どうしたの、ポムポム?犬になっても花粉症?」

「わん(違わい。きっと誰かが噂してんだ。俺、モテるからなぁ。えへへ)」

 とんだ誤解じゃ、犬よ。

 自惚れが過ぎる犬は放っておいて、話しを戻そう。



「か、飼うって、どう思う?」

 思い切ったように、ひなげしが言う。

「飼う?」

 長女リスのナルが、ちょっと驚いた顔をする。

「どうして?」

 次女リスのニナも、不思議そうな顔で訊く。

「そんなに犬、好きだった?」

 末っ子リスのノワも、めずらしくフツーの会話をする。


「あ、あのね。犬を飼うと、散歩のために早起きになるって、同僚のジェシカが」

 若干しどろもどろになりながら言うひなげしを、リス3姉妹が生暖か~い眼で見る。

「なるほどねぇ」

 長女リスのナルが、納得したように大きくうなずいた。

「い、いや、ほら。ま、毎朝、リスちゃん達に迷惑かけてるし」

 さらに慌てるひなげしに、次女リスのニナが理解を示すようにうなずく。

「それは別に、気にしないでいいんだけど?」

「え、で、でもっ。朝食だって一緒につくって食べたいし」

 そう言ったひなげしに、末っ子リスのノワが身も蓋もないことを言った。

「わかるわかる!マラダイ様の絶倫っぷりに耐えられなくなったんでしょ!」


「ちちち、違うのぉ~~~。そ、そりゃ、遅刻しそうになるまでは困るけど、マラダイさんはとっても優しいし、大事にしてくれるし、あたしだって…あ」

 そこまで言って、ひなげしは再びリス達の生暖か~い視線に気がついた。

「あ、あの…」

 リス達の視線に耐えられなくなって、ひなげしは両手で顔を覆う。


「大丈夫、ひなげしちゃん。ふたりの仲がいいのは、あたし達だって嬉しいんだから」

 長女リスのナルが、優しく言う。

「そうそう。犬を飼う案、いいと思うわ。応援する!」

 次女リスのニナにそう言われて、ひなげしはやっとまだ赤いままの顔から両手を離した。

「よぉし!絶倫封じ犬飼い作戦ね!!」

 まぁ、間違ってはおらんがの、ノワよ。



✵ ✵ ✵


 さて、その頃マラダイは、例によって例のごとくパウラ様の前で大きな体を縮めておった。

「今日呼び出された理由は、わかっているでしょうね?」

「え、え~とぉ…」

 下手に答えていつも怒鳴られるマラダイは、懸命に考えるが覚えがあり過ぎて正解に行きつかないようじゃ。

 36歳おっさんになっても眼を泳がせている息子に、パウラ様は三日月のような薄く美しい唇をドSに歪める。

「心当たりは、まったくないというの?」

「い、いやぁ…」

「いいから、答えてごらんなさい」

 ふふふ、パウラ様はこのやりとり楽しんでおいでじゃな。さすがドS。


「え~とぉ、たまたま宝石商を訪ねたら、ちょうど母上が注文した真珠の首飾りができあがっていて。あまりに綺麗だったから、俺が届けてやると言って受け取り、出来心でひなげしにプレゼントしたことですか?」

 途端に、パウラ様の眼がキッと吊り上がり、般若はんにゃの顔になる。

「ななな、なんですって!」

 マラダイ、お前さん藪蛇じゃ。

「どどど、通りで、いつまでたっても届かないと思ったわ」

 パウラ様の美しく細く描かれた眉が吊り上がる。


「ち、違いましたか。そそそ、それじゃあ、母上が注文したドレスと同じ生地で、ひなげしにもドレスをつくり、お代はダンユ家に請求したこと?」

「ばっ!!」

 パウラ様が口を開けて驚愕している。

「どどど、通りで、いつもより高額だと不審に思ったのよ」


「これも違う…では」

 首を傾げながら、自らの悪事をボロボロと白状していくマラダイに、パウラ様はとうとう頭を抱えた。

「お前という息子はっ!本当に、ばかばかばかばか大ばかのすっとこどっこい~~~!!」

 パウラ様が絶叫した。

「ま、まあまあ、愛しき妻よ。そう興奮してはお前の美貌が台無しだ」

 存在感が薄~い父親のムスダス様が、そう言ってパウラ様の肩に手を置く。

 ぜいぜいぜい、と息を整えながら、パウラ様は言った。

「まぁ、いいわ。可愛い嫁であるひなげしには、何かプレゼントしたいと思っていたから」

「あ、そうなんですね。じゃあ、良かったじゃないですか」

 能天気にマラダイがそう言ったものだから、パウラ様の顔は再び般若はんいゃになる。


「何が良かっただぁ~~~~!!!お前が横流ししたのでは、私の嫁への優しさが伝わらないじゃないかぁ~~~!!!」

「え?大丈夫ですよ、ひなげしには母上の怖さは充分に伝えてありますから。優しいとか、誤解してませんから」

「はっ、なっ、なんと!!!」

 さすがのパウラ様も絶句した。

 マラダイよ。お前、後のことを考えておるか?怖いもの知らずにもほどがあるぞ。


「愛しき妻よ。私たちの可愛い嫁、ひなげしには改めて何か贈ろう」

 ムスダス様が、口をパクパクさせながら立ち直れずにいるパウラ様にそう声をかけた。

 

 ふむ、ここでルキーニ王国プチ情報じゃ。

 ルキーニ王国では、舅姑しゅうとしゅうとめは嫁を可愛がる。嫁に優しいお義父様とうさまとお義母様かあさまと思われることを、無上の喜びとするところがある。

 まれに仲の悪い嫁姑がいることはいるが、それでも表面上は仲良く振る舞う。仲が悪いという評判は非常に不名誉なことなのじゃ。

 どこぞの国でもこうした慣習があると、いざこざは減るのではないかのぅ。

 おーほっほっほ。


「セ、セーラ!」

 やっと驚愕から立ち直ったパウラ様が、傍に控えていたメイドの名を呼ぶ。


 おぉおぉ、わしが日本からCDプレーヤーと石川さゆりの歌を転移させ、倒れた折に世話になったメイドじゃな。あのときはなかなかの働きじゃったぞ。あとで、なにか良い思いをさせてやろう。


「はいっ、パウラ様!」

 セーラが腰を低くしながらすすす、とパウラ様の前に進みでる。

「す、すぐに呉服商と宝石商、それから家具職人を呼びなさい!」

「かしこまりました!」

「マラダイっ!」

「は、はいっ!」

「ひなげしの好みそうなドレスと宝石、それから家具装飾品を教えなさいっ!」

「え。え~とぉ」

「愛しき妻よ。それはマラダイより、サエコに訊く方が良いのでは?」

「それもそうだわっ。もういいわっ、さっさと帰りなさいっマラダイ!」

「あ、そうですか。では失礼」

 明らかにほっとした表情を見せたマラダイが、広間を出て行った。


「あれ?でも母上の肝心の用は、なんだったんだろう?」

 小首を傾げるマラダイ。だからおっさんのその仕草は可愛くないぞ。

「ま、いっか」

 ふんふんふん、と足取りも軽く、ひなげしの待つ我が家へ急ぐマラダイであった。


 

 因みにパウラ様の御用は、ムスダス様に語っていたところによると…

「なぜ、子がいまだにできないのですっ!結婚休暇の間に何をしていたのかしら、あのバカ息子はっ。絶対にヤリまくっていたはずなのにっ。はっ、もしや子種がない!?こここ、これはすぐにでもとっ捕まえて検査させなければ!」

 ということじゃったのだが。

 取りあえず、命拾いしたのぅ、マラダイよ。

 おーほっほっほ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る