朝 -Good Morning-

 夜は明けて、朝を迎える。

 今、私と彼は同じベッドに入っている。一緒の寝床がいいと私が甘えたからだ。真横で彼の吐息が零れている。

 完全な眠りに就く前に、私は一つだけ確認をした。彼の体になどしてみたのだが、彼は私に対して魅力を感じていないわけではないようだった。

 それでいて。

 彼は結局、最後まで私に手を出さなかった。

 冷静さを取り戻していた私も、それ以上を望むことはしなかった。

 直接的な営みには至っていないにも関わらず、欲求は驚くほど満たされている。

 不思議な気分だった。

 私はその瞬間まで、一思いに抱かれてしまいたいと考えていたのに。


 もし仮に、今この場で彼に体を求められたとしたら。私は恐らく、素直にすべてを預けてしまう。

 それほどまでに、私はもう、心を許してしまっている。

 けれど、彼はそこまでを認めないだろう。

 鈍感なわけではない。

 情欲を欠いているわけでもない。

 解っていて、彼は自身の価値観を貫いている。

 駄目なものは駄目なのだと、主張するだけの誠意を兼ね備えている。

 その上で、短絡的だった私のことを否定せず、そっと隣にいてくれた。寂しがりな私の弱さと向き合ってくれた。

 肉体的な繋がりだけでは、決して得られない充足がある。




 一度、快楽についても考えてみる。

 私はセックスさえすれば気持ち良くなれると思っていた。一時的でも構わないから必要とされているつもりになりたかった。

 だがそれは、当然ながら一時的なものでしかない。

 もし行為に及んでいたなら、後々になって後悔していたと思う。自分のことを無理矢理押しつけるような言動を振り返ってしまい、罪悪感を拭えなかったと思う。否定的な気持ちを完全に捨て去ることは困難だ。


 ただ。

 今、私に後ろめたさはなかった。

 むしろ、今までにないほど清々しい気分である。

 だとすれば『気持ちが良い』とは、どういう状態を指すのだろうか。

 欲求が満たされさえすれば、すべてがうまくいくというわけでもない。

 たまには豪勢な食事がしたいと張り切り過ぎても、後日体重計の前で過去の自分を呪うだけだ。その場の勢いに流されては、一時的なもののために不満を積み重ねてしまう。

 原始的で肉体的な望みを安易に達成するだけでは、きっと幸せになれない。

 心が潤わなければ、本当の意味で『気持ち良く』なれない。

 少なくとも私は、そう思えてならなかった。




 まだ目が覚めていない彼の横顔に優しく触れる。

 素直ではない私は妄想を膨らませる。不健全な邪推にふける。

 もしも、夜中のうちに起こったことが、彼にとっての常套手段であるとしたら。彼の本質は違う場所にあって、私はただ騙されているだけだとしたら。

 いくら可能性を広げたところで、確認することは難しい。

 だとしても、いくつかの事態を想定する。そうした展開になった場合の、自分の心情を思い浮かべる。


 できる限りを考えてみて。

 私は――それらすべてを度外視する。

 予感があった。

 どういう未来を辿るとしても。

 完全に嫌うことはできないだろう。

 彼の言動を、忘れることはないだろう。


 解るのは一つだけ。

 それはきっと、久しく忘れていた感覚。

 この直感からは、逃げることも隠れることもできない。

 体と体では満たしきれない。


 私は今、これから先も。

 彼に心を奪われる。

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忘れてしまった恋なんて 霧谷進 @ssm325

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