ある個人的視点から。

雨乃 音(Ameno Oto)

Ⅰ,夕暮れ空の描写

 ありきたりな場面だった。学校帰り。電車に揺られながら、カバンに入れていた文庫本を取り出し、ページをめくる。ごく普通の、いつもと何も変わらない日常。そのはずだった。

 僕は何ともなしに顔を上げる。なぜだったかは覚えていない。読んでいた小説が区切りの良いところまで進んだからか、並べられた活字を追うのに目が疲れたからか。とにかく僕はふと目線を手元から上げた。

 目の前に広がるのはありきたりとは言えない景色。







 僕が座っていたのはごく一般的な車両の、広い座席の真ん中あたりだった。正確に言えば電車ではなくモノレールだが。

 大学が山の上にあるので、人が多く集まる駅にたどり着くまで高いビルなど視界を遮るものはそうそう見当たらない。一応東京のはずなんだが。









 目の前に広がっていたのはオレンジ色に染まった空。いや、そんな安っぽい言葉で片づけていいような景色じゃない。

 確かに夕日に照らされているはずなのに太陽の姿は無く、薄く紫がかった青い空に、オレンジ色に輝く斑模様の雲が帯のように真横に伸びている。それは見ようによっては、海にも見えた。オレンジ色の海に青い影が島のように浮いていて、雲は一定のリズムを刻む波のように形を成している。「感傷」という言葉がよく似合う景色だった。

 なぜだろう。いつだって夕暮れは人々を感傷的な気分にさせるように思える。きっと朝日が昇るときも同じような美しさがあるのだろう。でも、そこには夕暮れと同じような感情を起こさせる何かはなくて。儚さとでもいうのだろうか。夕暮れにしかない美しさが確かにそこにあるのだ。






 何かいいことがあったわけでもない。特別に大事な日であったわけでもないのに。

 普段と変わらない日常の中で目に入った景色に純粋に惹きつけられた。

 他にこの景色を見て心を動かされた人はいないだろうかと思い、辺りを見回す。が、乗客たちは皆手元のスマートフォンに視線を落としている。

 ただ残念だった。この感動を誰とも共有できないことが。

 感動というのは大げさかもしれないが、目の前にある美しさに気付けないことが不憫に思えた。




 誰にも気づかれることのない、夕暮れ空を。

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