支那猿梨
梓柚水
第1話
「新緑の季節ですねー、なんだかウキウキしてきますよね。今日は、レジャーやお洗濯にぴったりの初夏らしい陽気となるでしょう。」
そんなニュースを聞いていたら、なんだか外に出ないと勿体ないような気がしてきた。どうせそろそろ買い物に行かないといけない。今日は出かけようと決めた。
ドアを開けた瞬間、光の束が突き抜けて行った。ペンキを塗ったような真っ青な空。歩道に等間隔で並ぶ街路樹が等間隔で日陰を作っている。刺すような日差し、日陰で吹く涼風、日差し、涼風、日差し。幾度もそれを繰り返し、時々信号に引っかかった後に、スーパーに到着した。
スーパーでは、果物を買うことが習慣になっている。安いものを選ぶことが多いので、大抵旬の果物になる。冬からは蜜柑の割合が多く、春になるにつれ、セミノールや清見オレンジ、苺なんかが混ざっていた。
今日は何にしようかと売り場を見回す。甘夏や八朔それから林檎や、グレープフルーツなんかがあって、品揃えは随分色鮮やかになった。夏が始まろうとしているな、と思った。
甘夏にしようかと思ったが、まだ早生であるせいか、値段が張っている。もうちょっと安いものがいいな、と周りを見ると、"SALE 一個98円" のポップを見つけた。その下には他の果物に比べて圧倒的に地味な茶色の小さなけむくじゃら。グリーンキウイだ。なんだか私の心を惹きつけたので、それできまりだった。
家への帰り道、また日差し、涼風、日差しを繰り返しながらぼんやりと考えていた。行きよりも日差しはより強く肌を刺した。
キウイの見た目はなんだか手榴弾みたいだ。梶井基次郎は、檸檬よりもキウイを百貨店に置いて来たらよかったのではなかろうか、しかしそれでは地味すぎるか…檸檬の鮮やかな黄色のインパクトが重要なんだろうか…
そのうちに家に辿り着き、家中にこもった熱気を、あちこちの窓を開けて追い出してまわった。落ち着いたら小腹が空いてきたので、さっき買ったキウイを食べることにした。
水を弾く果皮をよく洗ってからそっと包丁を入れる。ぷっ と皮の切れる音がして、包丁の重力に従ってひとりでにキウイは切れる。独特の芳香とともに、鮮やかな緑色の断面が現れた。宝石のような艶やかで美しい翠の果肉、黒光りする種。
果皮の地味さからは想像もつかないその色は、宝石を掘り当てたような気分にさせてくれる。潰さないようにそっと皮を剥いて、扇状に刻んで小皿に盛る。毛むくじゃらの原石は、透き通った翠の宝石に変わった。
せっかく小皿に盛ったにも関わらず、どうにも食卓に持って行くまで我慢ができなかった。ひんやりとする一欠片をつまんで口に運ぶ。一瞬、涼しい芳香が鼻腔をくすぐって、そのあと口内で酸味が弾け、後にはほんのりと甘みが残る。
ああ、夏が来る、と思った。体中を、今日一番の、爽やかな緑の風が、体中を通り抜けて行ったような気がした。
支那猿梨 梓柚水 @azusa_yumi
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