幕間 水晶の如く

 大陸中央、大火山『メルトマーズ』の麓、自由都市スレート――通称灰の国。五十年ほど前に大噴火を起こしてからひっきりなしに灰が降り続くこの国は火山から採れる貴金属や地中から採れる特殊な魔石を地方に売りさばいている小国である。南に白の聖国、北に黒の傭兵連合国に挟まれており、東も西も帝国や部族連盟によって囲まれており、戦争の止まない列強各国の機嫌を窺いながらひっそりと生き凌いでいた。

 小国ではあるが金がないわけではない。貴重資源が多く産出され殆ど全ての列強諸国と隣接しているために貿易で得る利益が莫大なためである。火山付近という立地上農業は一切できないが、周辺諸国との取引で全国民の食料を買い付けてなお莫大な産出している。自由国家と言えば聞こえはいいが実のところは各国の緩衝地帯であり、下手に占領をしようものならば他の国から袋叩きにされるので、それを嫌う各国の睨み合いがこの国を滅亡させず且つ利益をもたらしている。

 国の統治体制は有力商家の代表者数名からなる共和制だが、全ての者にどこかの列強の息がかかっている。どうしようもない絶妙なバランスが成り立つ異様な緩衝地帯、それが自由国家スレートである。


「――で、そんな噴火寸前の火山の頂上みたいな場所でドンパチしようって言うんだから、真っ当な連中じゃないよね、君たちは」


 スレートの領地内。灰の降り続くこの土地では緑は見えず一面が灰色の世界となる荒野。

 一人の女性がそこにいた。

 黒いローブを纏いよれたとんがり帽子に極彩色羽を三枚着けた長身痩躯の女性。

 いかにも魔女と言った格好であり、そして確かに彼女は魔女である。

 透き通るような白髪を地面に着くほど伸ばしており、広いつばの奥からは瓶底のように厚い眼鏡が怪しく光を反射し、不敵な笑みを浮かべる口元には小さな黒子があり妖艶さを際立たせている。


「『無色の魔女』だな。大人しく着いてきてもらおうか」

「お前はやり過ぎた」

「投稿すれば命は保障しよう」


 その彼女を数人の人々が囲む。

 その見た目は只人には見えず、全員が剣や槍などで武装している。

 ハンドサインでスムーズに女性の逃げ道を塞ぐ様から、ごろつきなどではなく全員が訓練を受けている何かしらの戦闘員だと分かる。


「隠す気なし、か。こんな荒野で灰を被り待ち続けて奇襲するでもなく囲むだけ。見たところ『魔女』がいるわけでもない。う~ん、もしかしなくてもナメられてる?」


彼女はその場の全員を卑下しなから見渡す。


「小細工を労しても敵うまい」

一人の男が鉤爪を構えながら前にでる。

「小細工も無しにどうやって勝つつもりなのか。さぞかし面白ビックリなことを考えてくれていると嬉しいけど。それにしたって戦力がお粗末。最大戦力の『魔女』もなしに――あ、そっかあ!君たちは白の戦士たちなのね!『白雪の魔女』は戦闘中に失踪しちゃったから参戦できないからねー」

「聖女様が失踪などするものか!!貴様が殺したのだろう!!」

「……殺したねえ。見ていたわけでもないのに勘は鋭い――というわけでもないか。どうせ感情を制御できなかった連中にのせられてこんなところで仕掛けてきているんだから。いくら何でもあからさますぎるでしょうに。もっと疑うべき人間はいたはずだよ」

「黙れ!!たとえ利用されていようとも貴様を許せる道理にはならん!!」


 怒気を隠そうともせずに囲む男の一人が吠える。

 魔女を囲む彼らの中には既に抜剣している者もおり、無意識のうちに拳を強く握りしめるあまり爪が掌に食い込んでいるものまでいる。

 並々ならぬ敵意をこの魔女に対して抱いているものばかりであり、彼女の行為の結果を表していた。


「別に戦争を終わらせてあげただけじゃないか。駄目だよ他国の領地を戦場にしちゃあ」

「もともとカルストの地は我ら白の土地だ!!そこにあの蛮族どもが入り込んできたのだ。そもそも部外者である貴様が我々の聖戦の邪魔をするな!!貴様のせいで一体どれほどの仲間が死んだと思っている!!」

「あはははは、そんなに憤らなくてもいいじゃん。君たちから仕掛けた戦争なんだから予定外のことが起きても文句言えないでしょう?それに遅かれ早かれ負けてたことには変わりないって。侮り過ぎだよ、緑の連盟を。彼らは君たちのせいで今一丸となっているから手強いんだよ。泥沼になって惨めに戦死者を重ねるよりも大敗北を喫した方がまだマシでしょ?それに結果として死者の数は少ないんだし、悪いことじゃないでしょ?」

「殺した貴様が言うのか。あれだけの大厄災を振りまいた貴様が!!」

「魔法の一発ぐらいで文句言うなよ。精々十万人程度死んだだけだろうに」

「…………っう!!」


 男はもはや怒りで言葉を紡げなくなっていた。

 名誉ある戦死すらもさせてもらえず、敵でも味方でもない第三者が唐突に魔法を戦場に打ち込み全軍を消し飛ばされた。

 そしてその戦争の最中聖女である『白雪の魔女』が行方不明になるという有様。

 緑の連盟も多大なる被害を負ったために戦争自体は和平となり互いにカルストから手を引くことになったが失ったものが甚大だった。


「まあ、ごめんねとは思ってるいるよ。『魔女』に出会うのが目的だったんだけどなかなか出てこないから派手な魔法をかましたんだけどねえ。まさか『魔女』が防ぐこともできないとは想定してなくて。もう目的は果たしたし、『魔女』は返してあげるよ」


 そういって彼女は胸元から銀色の硬貨を一枚取り出した。鎖に繋がれておりペンダントの様になっていた。硬貨の表面は女性があしらわれていて今にも動き出しそうなほど精巧に作られている――まるで人を閉じ込めたかのように。


「――!?まさかそれは」

「君らの聖女様だよ。大切な人なんでしょ?返すよ」


 無造作にその硬貨を彼女が投げつけると慌てて男たちはそれを落とさないように受け止める。


「殺さないでおいたから、少しばかり許してくれてもいいんじゃない?――許されなくても別にいいけど」


 どうせここで全員殺すわけだし、と彼女が告げた後、彼女の右手に如何にも魔女が使いそうなタクトが握られる。


「さあ、抗って見せろ、生き永らえて見せろ、耐え忍んで見せろ。この『魔女』である私に喧嘩を売るんだから魔術師なんだろ?憤慨を魔力に変えろ、嫉妬を術式に変えろ、恐怖を発想力に変えろ。己の持つすべてを魔導に変換せよ、そうして漸く同等となる。魔術師ならば森羅万象を引き起こしてみろ!!」


 彼女が――『無色の魔女』がタクトを振るう。

 それだけで大地が隆起し、突風が灰を巻き上げ、水球が彼女の周りに纏わりつき、烈火が男たちの逃げ道を奪うように燃え上がる。


 男たちは戦く。

 分かってはいた、覚悟もしている、それでもこれはあまりにも。


「……め!!」


「違えよ、これが本物の『魔女』だ」


 彼女がタクトを振るう。

 それで世界は彼女の思うが儘――


◆ ◆ ◆


「――結局、何で喧嘩を売って来たのやら」


 彼女は灰が吹き飛んだ荒地にて硬貨を回収しながら一人呟く。


「こんな出来損ないの『魔女』に命を懸ける必要もないでしょうに」


 彼女の眼には何も映らない。

 ただただ澄んだ瞳がそこにあるだけ。

 化物と称された魔術も、十万人を葬り去る魔法も、あるいは森羅万象を引き起こす魔導も彼女の瞳には映らない。


 どこにも属さず、魔術に一切の偏りがなく、主義も主張もしない彼女のことを人々は『無色の魔女』と呼んでいる。呼んでいるだけで誰も彼女のことを知りえていないのだが。


「無知蒙昧にして研鑽すら行わない者どもの愚かさはよく知っているけどさあ、ここまで酷かったっけ?」


「酷くはないよ、むしろ妥当な部類さスイショウちゃん」


「あらら、もう嗅ぎつけられちゃったか、マリーちゃん」


 そんな『無色の魔女』の目の前にいきなり褐色肌で金髪の女性が現れる。

 マリーゴールド・グレイ。

 世間ではどこにも所属していないと言われる『無色の魔女』が所属する魔術結社の長。

 『無色の魔女』が認める程度にはマリーゴールドの魔術の腕は抜きんでているものがある。


「準備が終わったから呼びに来ただけだよ。半分ほどは集める予定」


「仲直りは上手くいったの?」


「バッチし!!今度初夜を迎えられるように約束できたし完璧、パーペキ」


「良かったわね――それで、転生者について調べてくれたかしら」


「ああ、その話なんだけど






 ――ツギハギって聞き覚えある?」






「……え?」


 ほんの僅かに魔女の瞳に色が映った。


 まるで欲望を溜め込んだ濁りきったどす黒い色が。

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