幕間 グリーングリーンという魔術師

 グリーングリーンというコードネームを持つ魔術師である彼は人間の中でもかなり強い部類に入る。軍人としてみれば作戦実行能力が高く、思慮深いためかなりの有能な人材であり、戦士としても近接格闘能力こそ一般兵と大して変わらないものの魔術――正確に言えば彼の固有魔法は、それこそ戦略級と言って差支えがなく人間の国だったならば国お抱えの魔術師となっていただろう。判断能力や戦闘時焦りが少ないのも彼の優秀さの一つだ。ただ、彼は一つだけ致命的なまでの欠点がある。

 

 彼は軍人や戦士としてはやっていけない程に運が悪い。


「とはいえ、強いことには変わりないと思いますよ」


 グリーングリーンは仰向けに倒れているワンダの唯一の男性であるクロハ・グレイにそう言われた。

 このクロハという少年はグリーングリーンの所属する魔術結社の上司の弟であるため、迂闊な真似をすれば殺される可能性があるためできるだけ関わりを避けたかったが、クロハ本人が頼んできたためにこうして異世界を作り軽く手合わせをしていた。

 魔術も道具も何でもありの割と危険な殺し合いに近い組み手だが、お互いに死線を潜り抜けているために殺気のない手合わせなど遊びのようなものだった。間違えて傷つけてしまうことはあるが少年の従者がわけのわからない力を使うことによってたちまちに傷は治される。殺さなければいいだけならばそこまで難しくはない。防御を中心に戦うだけでいいのはグリーングリーンの精神的にも楽だった。

 

「君に言われてなんとも。魔力がない者と魔術師が戦うのはあまりにも魔術師有利だからね」


 戦績は十戦中八勝。大体はグリーングリーンの使う汎用的な攻撃魔術をクロハが受けきれないで終わるといったものだ。二敗したのもクロハが開幕に使った強烈な閃光を放つ妙な道具をまともにくらった時と、迂闊に近づいて近接戦でよくわからない格闘技を使われ地面に叩きつけられた時のほぼ初見殺しのようなことをされたのが要因である。

 近づかせないように距離を保って戦えば負けることはほぼない。それがグリーングリーンとクロハの実力差であった。


「魔術師対策はないことはないんですけど、常にできるとも限らないので。できるだけそれに頼らない方法を模索しているんですけどね」

 

 クロハにも魔術師用の対策はいくつかあるが春や淵に頼らなければならないため自重していた。実戦で出し惜しみすることはないが、切り札なようなものを手合わせで使うわけにもいかなかった。


 そういうこともあってかあまりグリーングリーンはこの戦績を誇れないでいた。相手も手加減しているわけではないことは分かるのだが、これではあまりにも自分有利であると分かったからだ。

 

「身体能力は高いから近づく手段さえどうにかなればいいんじゃない?」

「魔術師相手に近寄るというのがまず無理難題なんですけどね。感知能力が全くないのに戦場に出てくる魔術師なんていないでしょうから」

「そうでもないと思うぜ。俺は固有魔法の応用で距離の境界に敏感だからこうやって距離を離せるけど、普通の魔術師はまずここまで近接向けの感知魔術なんて使えないし、そもそも感知魔術を使えない奴や近接戦闘が全くできない奴の方が多い。魔術師が市街戦に向いていない理由でもあるわけだし」


 そういった魔術師をグリーングリーンはよく殺してきたし、上司は無能と呼んでいた。戦争に出ない魔術師の方が多く、戦争に出る魔術師も回復や強化を中心としているものの方ばかり。戦場にど真ん中に出て感知魔法を使いながらインファイトもできる魔術師など稀だし、いても精々各国に一人程度の英雄級ネームドしかいない。グリーングリーンもそういった魔術師に戦場で出会うことは一度しかなかった。戦場以外では嫌というほど会っているが。


「まあ、発見されたときに諦めるしかないというのは考え物なので。工夫次第なんでしょうが……最後に、もう一度だけお手合わせできますか?」


「……わかった、いいよ。かかってきな」


 冷静に考えなおし、こちらを見つめてくるクロハにグリーングリーンは躊躇いがちに応える。グリーングリーンにとっては気が乗らない。クロハという魔術の使えない魔術師は一回一回こちらの戦い方を攻略するような戦い方をしてくるからだ。同じ手は通用しないし、弱点や死角を的確につかれている。


 経験値の差と魔術の適性はグリーングリーンが上、知識と戦闘センスはクロハが勝る。徐々に抜かれている――などという話ではなく、あと三日も手合わせすれば敵わなくなるのではとグリーングリーンが不安を覚えるほどにはクロハの呑み込みは速い。


 恐ろしいどころではない。こんなのが戦場に出れば一週間足らずで大英雄になるだろう。そう思わずにはいられないほどにはグリーングリーンはその成長速度に呆れている。


 自分の上司を知っているから覚悟はしていたが、自分の上司なんかよりもずっと恐ろしいと感じてしまう。


「精霊術、【はらい】」


 クロハが両手を下に降ろす独特の構えをとる。

 本気であるとグリーングリーンには分かった。

 どんな術を使っているのかは知らないがこちらの魔術を妨害する類であることを魔術の境界をもってグリーングリーンは感知する。


「行きます。――幻獣撃【猫刃びょうじん】」


 クロハが走って近づいてくる。

 マリーゴールドの爆発的な加速や雷撃魔術による攻撃よりは遥かに遅い。

 比較対象が悪いことはグリーングリーンも分かっているが、魔術の展開速度が速いグリーングリーンにとってはその遅さはありがたいものである。魔術の迎撃で接近を妨害できるのだから。


「境界魔術、【結界砲】」


 魔力のみで筒を作り魔力の塊を打ち出す【魔弾】を正確な指向性と岩も砕く速度をもって打ち出すのが、グリーングリーンのオリジナルの魔術であり二番目に速度が速い魔術である。

 魔弾は魔術師なら感知はできるが視認はしづらく、戦士が回避することはまずできない。


 が、クロハはそれを難なく躱していく。

 魔弾は全てで二十発。

 七発を躱し、残りは両手に鋼鉄でも纏っているかのように弾いていく。

 牽制で撃った四発は躱す気がなく掠っていき、魔弾の軌道をまるで思考が読まれているかのようにいなされる。

 追加で十二発ほど打ち込んだが一切動揺せず同じように回避された辺りでグリーングリーンは思考を切り替える。


「チッ、境界魔術、【結界圧】」


 面状に魔力を張り巡らせて強制的に対象を吹き飛ばす魔術。

 魔術師以外には感知できない壁が迫ってくるようなもの。

 威力はないが距離を確実にとれるため、格闘戦はあまり得意ではないグリーングリーンはよく使う魔術であるが――


「幻獣撃、【悪狼】」


 クロハの二つの拳を合わせて撃ち込まれる一撃が一瞬で魔力の壁を破砕する。


「なあ!?そんなのありかよ!!」 


 先ほどまでと違うのは魔術を弾く方法を持っているかということだけ。

 それだけでいとも簡単に破られるとまでは思っていなかった。

 互角程度だとグリーングリーンは高をくくっていた。


「獣撃、【虎】」


 唸る虎のような右の拳が回避不能と分かる速度で叩き込まれる。


「境界魔術、【障壁】!!」


 魔力でガチガチの壁を作る魔術を咄嗟に使うが、しかしクロハの拳はその障壁に当たる寸前で止められる。


、【虎翼こよく】」


 そして分かっていたかのように残されていた左の一撃が障壁を貫きながらグリーングリーンのあごからアッパー気味に撃ち抜かれ、


「がっ……!!」


「征獣撃、【奔虎ほんこ】」


 追撃の右が容赦なくグリーングリーンの腹に叩き込まれる。


 地面にぶっ倒れ、腹を抑えながらもグリーングリーンは思う。

 『勝ち逃げさせない、負けず嫌いな性格は成程姉とそっくりだ』、と。


 

 ◆ ◆ ◆


 その後、感想戦の体をなしながらグリーングリーンは話し合っていた。

 魔術の話、間合いの話、駆け引きのあれやこれや。

 

 その中でついついグリーングリーンは聞いてしまった。


「――なあ、何でそんなに強く成ろうとするんだ?」


 素朴な疑問。グリーングリーンだって聞かれたら困るような質問だがせざるを得ない。

 グリーングリーンは強さなど求めていない、が勝手に強く成らねばならなくなった。向上心はこれっぽっちもないのだが自身の才能が、或いはこのどうしようもなくついていない運命がそうさせた。選択できなかったわけではない。けど、選べる択が少なかったと文句ぐらいは言いたくなる。だからこそ、不満や遣る瀬無さがあるため自分の強く成る理由をはっきりと言うことができずにいた。

 

「うーん、強くなりたいってよりは手遅れになりたくないって感じですけどね」


 クロハはしかし逡巡せずに答える。


「一回だけどうしようもない状況に陥ったことがあるんです。準備不足と言うか、想定外と言うか。世の中には考え尽くしてもそれを超える理不尽があることを頭では分かっていても忘れていたんです。正直、後悔はしていないんですけど――自業自得ですから、でももう一度同じ事態に陥るのはごめんなので。やっぱりほら、負けるにしたって、死ぬにしたって選びたいじゃないですか」



「選ぶ、か……」


 行動を起こす前に選択が現れた――というのは言い訳なのだろうかと、グリーングリーンは考えてしまい、納得できない自分を冷静に自覚する自分がいることに気が付く。負けたわけでも、或いは死んだなんてこともないが、取り返しのつかないことはいくらでもあった。


「似たようなことを言っていた魔術師がうちにもいるなあ」


 と、内心は無視してグリーングリーンは続ける。

 誤魔化すことで生きてきたのがグリーングリーンと言えた。


「似たようなことですか?」

「ああ、選ぶことができないのはもういやだ、ってな。まあ、うちの結社は戦争で独り身になったやつが多いから、そういう覚悟を決めている奴が多いんだけどな」


 大抵、忘れているのだが、覚えていたのは恐らくその魔術師があまりにも強く、あまりにも苛烈で、あまりにも生き急いでいたからだとグリーングリーンは思い起こす。

 まるで時間が経つことを忘れたかのように一心不乱に魔術を使い自分の目的を果たそうとする彼女のことを、グリーングリーンは自分の上司の次には忘れられない。


「へえ、なんて魔術師なんですか?」


「ん?ああ、まあ、知らないだろうけど『無色の魔法使い』なんて呼ばれている魔女だよ。大陸の南部の方で大暴れしていて、最近君の姉に引き抜かれた。君の姉曰く同類の匂いがするとか。確か名前は――」


 グリーングリーンは心を誤魔化すためか少しクロハから目線を逸らしながら言う。




「スイショウ、とか言ったっけ?」



 クロハの相貌がほんの僅かに開いたのをグリーングリーンは気が付かなかった。

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