第15話 決(チュウ)

 唐突だけれど、神様っていったい何なのかって話を少しだけしておこう。

 神様は真っ当な存在じゃない。

 通常の生物とは異なる。

 分類的には実のところ悪魔に近い。


 彼ら彼女らには古今東西ありとあらゆる逸話や伝承が存在するけど、共通項も存在する。


 ――神とは大概、魔を祓う存在なのだ。


 ◆ ◆ ◆


「――決闘ね、まあいいよ。そうなるかなとは思っていたし」


 私の弟であるクロハ・グレイはいたって落ち着いて決闘を受け入れた。

 森の中ではひらけたの場所である。木々が生い茂る樹海の中では珍しい。集落以外では少なくとも私はここしか知らない。

 

 ここは私とクロハが狩猟の時よく休憩地にしていた場所だった。ここは見通しもよく警戒しやすいし、あまり獲物が通らないため比較的安全に休める場所だった。

 クロハは狩猟が、いや戦闘行動全般が得意ではなかった。魔力をほとんど持っていないため集落では幼子にも負けるクロハはその身一つで戦うのを得意とはしていなかった。誰にでも得意不得意はある。

 クロハは力は弱かったが賢かった。物覚えの悪い私なんかよりずっと頭がいい。それゆえ獲物を追い詰めるのが上手かった。母さんから一通り獲物の捕らえ方の知識を得ているというのもあるのだろうけれども、それを差し引いても見事に追い詰めていく。正直言えば私一人で狩りをするよりもクロハをおんぶしながら狩りをしていた時の方が実入りがよかった。

 だから私はクロハを良く狩りに連れて行っていた。クロハはあまり好きではなかったみたいだが。それでも他の戦士に勝手にクロハを連れて行かれるのは看過できなかった。クロハに煙たがられたかもしれないけど。


「受けてくれてありがとう。私が勝ったら私とクロハは二人で森を出る。クロハが勝ったら好きにしろ」


「そ、じゃあ僕が勝ったらワンダを裏切って僕とこの樹海を出ていくってことで」


「……やけに落ち着いている。おかしい」


「まあ、勝っても負けてもいいからね。負ける気はないけど気楽だよ」


 気負っていない。平然としているクロハを見ていつの間にか頼もしくなったと思いながらも、いくら身内だとは言え大戦士と決闘するのだから緊張ぐらいしてほしいと思ってしまう。クロハらしいと言えばらしいけれど。


「私は右腕一本だけしか使わない。蹴りもしない。頭突きもしない。クロハは何でも使っていい。武器も魔法も精霊も」


 それでもまだ対等ではないだろうけど。


「別にハンデなんて必要なんだけどなあ。こっちとしても殺し合いをしたいわけじゃないし武器の使用は無しにするよ。武器なんか使ってもローズ姉相手だとすぐに壊れちゃいそうだし。利き手じゃない右手一本で戦うのはいいけどさ、負けたとき言い訳しないでね」


「……甘く見ないで。これでも大戦士。クロハに負けるような甘い鍛え方はしてない」


 少し、カチンときた。


「そう。春、母さん。悪いけど立会人を頼むよ。適当に合図をしてくれると助かる」


「それはいいんだけどさ、ボクが手伝わなくて大丈夫なのかい?君の姉ってことは君みたいに強いんじゃないの?」


「いつもの加護があれば概ね問題ないよ。負けても死ぬわけじゃないし。それにローズ姉を倒せないと、グリーン・グリーンみたいな魔術師たちと戦うことなんてできやしないさ」


「君が戦う必要ないと思うんだけどなあ。君が戦いたいというならば止はしないけど。危ないことはしちゃだめだからね」


 先ほどまでクロハに抱き着いていた人ではない何かがクロハの元を離れ母さんと同じく木の上に登っていく。

 いいなあ。クロハにもあんなにも近づけて。私も抱き着きたいなあ。


『君には無理だよ』


「――っ!!」


 唐突に言葉が頭に浮かび上がる。


 面を被る白装束の女。

 木の上で起用に胡坐をかきながらこちらを面白そうににやにやと見つめている。


『愚かであることはそりゃ悪いことじゃないけどさ、良くも悪くも大切なものは何か、何を失いたくないのか。いくら愚かでも間違えちゃいけないでしょ。それで悔いても遅いんだよ。簡単に失ったものを取り戻せると思うなよ』


 仮面越しでもわかる。ギラギラとした瞳がこちらを見透かす。

 背筋に気持ち悪い寒気が走る。

 それは恐怖とかじゃなくて――


「……ローズ姉?どうかしたの――いや、これは。春、ちょっかいを出すなよ」


「ちょっかいじゃないよ、警告だよ。ボクにだって君の仲間になるかもしれない奴を見定める必要はあるだろう?」


「だとしても今はタイミングが悪すぎる。ローズ姉との結構本気の真剣勝負をしようとしているんだからさ。姉弟の久々の手合わせだから水を差さないでほしい」


 クロハがこちらを窺いながらその女へと苦言を呈す。しかし、表情は一切動かない。

 クロハは母さんと同じように表情に乏しい。マリー姉や妹たちが感情表現が豊かなのに比べて、私や母さん、クロハは表情が動かない。クロハはいつも寂しそうにしていたけど。

 思えばわたしたち家族は似通っていないようで似通っている。表情が動かないこともそうだけど、伝えたいことをうまく伝えられない。皆そう。


 クロハが何をもってここにいるのか。

 私を待っていたとは思う。

 何のためにだろうか。

 私を連れ出しに来た、そういってたけどその真意は分からない。私を選んでくれたのならばそれは嬉しいけど、別に誰でもよかったんだろうとも思う。


 クロハは人を頼りにしない。自分で必ず何でもこなせるようにしてしまう。できないことはできないなりに解決する。


 マリー姉に似てて一人で何でもこなせてしまう。人に頼らずとも問題を解決していく。特別な何かはないのに。人並みですらないのに。


「クロハ」


「うん?」


「ありがとう、そしていままでごめんね」


「いきなりだね、ローズ姉」


 いきなりじゃない。ずっと待ってた。

 そう、待っていたのは私もだ。


「ちょっとだけ変更する」


「うん?両手を使うとか?」


「ううん、私が勝ったらクロハに抱き着く」


「……負けても抱き着かれるくらいなら」


「チュウもする」


「はあ……」


「押し倒して、子作りする」


「はあ!?」


 クロハが目を見開く。

 珍しい。

 勇気を出した甲斐があった。


「負けられないのに、追い込んでなかった。私はクロハが好きだからクロハと一緒にいたいから、この決闘は絶対に勝つ」


 躊躇う必要なんかなったのだ。

 五年、いやクロハが生まれてから十五年もたった。

 待ちに待ち続けて漸くやって来たのだから。


「……ローズ姉もか。やっぱり血は争えないのかなあ」

 

「……も?」


「ごめん、ローズ姉。先約としてマリー姉がいるから――」


「…………。」


 あの馬鹿姉め。

 帰って来ないと思ってたらクロハに手を出していたのか。

 引っ掻き回すだけ回して、勝手に出ていったくせに。

 集落の戦士の殆どを半殺しにした後私たちがどれだけ大変だったと思ってる。

 幼子の世話をしながら狩りもして、慣れないながらに毛皮をなめしたり料理したり。

 けが人ばかりで――しかも皆治るのが遅い怪我ばっかりしていたし、大変だった。


「クロハに勝って、押し倒して、マリー姉も倒す。……マリー姉は半殺し」


「恨み凄いなあ。マリー姉の自業自得だけど」


 あの姉は一度、いや十度ぐらい痛い目を見た方がいい。頭が回るからって何でもやっていいわけじゃない。


「ねえねえ、母親の人。君の家族って子作りしか頭にないのかい?」


「……最初に出会ったのがクロハのような雄ならば仕方がない。あれで強ければ皆あいつに股を開いていた。それほどの逸材だった」


 本当にクロハはいい雄。


「ふうん、あのイカレタ方の姉が言っていたことも間違いじゃないってことか。誰とつがいになるにしてもそれを決めるのは彼自身だろうけどなあ。誰も選ばなそうだから押し倒した方が早いのか。意外にあの愚かな方の姉も頭いいのかもね」


「変な基準で人を測らないでください。ていうか、いい加減始めよう、ローズ姉」


 クロハが構えながらこちらを向く。


「いつでもいい。かかってこい」


「ま、だらだらお話ばかりするわけにもいかないか」

「――準備はいいな二人とも」


 あの面の女と母さんが告げる。


「いざ尋常にってやつかな」


「……中断は一切しない。――殺れ」


 母さんの声が響く。


「精霊術、【ほこら】」


 同時にクロハの周囲に光がちらつく。


「獣撃、【虎】」


 けれども私は既にクロハの間合いに飛び込んでおり、右の拳を振り切っている。


 魔法使いは魔法を放つ前に倒す。

 手加減する気は一切なかった。


 パン、と空気を貫いた音が響く。


「――容赦ないね。まともに当たったら死んでたよ」


「やっぱり、止められた」


 私の拳はクロハの体に触れる手前で止まっている。

 体に触れた感触はない。

 これは受け止められたというよりも――


「獣撃、【盲虎もうこ】」


 虎の顔を潰すための連撃。

 右手で七発はすこし遅くなるけど。


 拳が風邪を貫く音が景気よく七回鳴るが。


「当たらない。いや、寄せ付けない?」


「……精霊術、【やしろ】」


 クロハが呟くと、クロハの周りの光の粒が強烈に輝き、私は弾き飛ばされるかのようにクロハの間合いから押し出される。


 片足で踏みとどまりながら押し返そうとするけど、見えない何かが私を後退させる。風に吹き飛ばされているのとは違う感覚。


「……なんだろう?大婆様が使う自然の魔術とも違う」


 風や火を使う大婆様の術は自然にあるものを使っていた。

 けど何もないのにそこから弾き飛ばされるこのクロハの術はそれとはまったく異なるようだ。


 強いて言うならあの光。アレは多分精霊なのだろうけど。

 力を借りているのだろう。クロハには魔術を使えるほどの魔力はないと大婆様は言ってたし。


 って、ことはアレが原因?

 でもなんか違う気がする。


「ま、いいか。とりあえず殴って破ってみよう」

 

 そのうち分かるだろうし。


「脳筋め……」


 クロハがげんなりした顔をする。

 力で突破できるならばそれが一番手っ取り早いから、最も楽だと思うけど。


「征獣撃、【奔虎ほんこ】」


 私は力強く地面を蹴って踏み込む。


「あ、それは止めた方が――」


 クロハの間合いに入り込む直前で弾き飛ばされる。


「――っ!!」


 か、かなり飛ばされた。

 木に激突しそうなところで、空中にて体勢を整えて、トン、と木に着地する。


「猫よりすげえや」


 クロハがそんな私を見て言う。

 猫?

 虎のちっちゃいやつかな?


「下手に殴ると吹っ飛ぶから気を付けてね」


 続けて、気が抜けたような声で忠告してくる。


「うん、そうみたい。じゃあ、静かに殴る」


「そういう問題じゃないんだけどなあ」


「獣撃、【豹】」


 滑らかに木を蹴って音を立てることなく、クロハの真後ろに一足で回り込み、振り下ろすように殴りつける。


 バチン、と先ほどと変わらず私の拳は途中で止まる。

 何だろう。さっきよりは近づけたんだけどなあ。

 

 さっきと違うのは静かに近寄ったことと。

 ――クロハが私のお腹に気がついたら手を当てていることか。


「獣撃、【象】」


 クロハの声が耳に届く。

 母さんがよく使う、獣を観察して獣を殺すために作った技。

 クロハがいの一番に覚えた。


「やっぱり、効かないか」


 鈍い一撃が私のお腹に衝撃となって伝わるけど、その程度の拳じゃあ私には届かない。


「獣撃、【猛豹もうひょう】」


 音のしない、六連撃を私は打ち込むが――


「だめか」


 やっぱりクロハには届かない。


「殴り方の問題じゃ、ない?」


 私は一度距離をとって、考える。

 

 速い拳も静かな拳も通用しない。


「割と本気で打ち込んだんだけど、全然効かないってどんな体してるんだろう。内臓破裂するような技なのに」


 呆れたような声でクロハが言う。


「獣の反撃を食らっても、傷つかないために鍛えた」


「魔力関係なく頑丈さがおかしいよねワンダの戦士ってさ」


 と、そこまで言ってクロハが妙な構えをする。

 両手を前に出して大きな卵を抱えているかのような構え。


「精霊術、【はらい】」


 クロハの両手に光が集まる。

 

「今度はこっちから行くよ、ローズ姉」


「うん、来い」


 受けてみよう。

 クロハが飛び込んでくるなら願ってもないことだ。


「幻獣撃、【猫又】」


 音もなく間合いに入ってきたクロハを迎撃しようと殴りつけた瞬間、


 私の天地がひっくり返った――

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