第16話 決(解)
「おー、今のは上手く決まったねー。どうやって投げたのかな?」
白木春は静かに見守ることはできなかったので騒がしく観戦していた。白木春は武術や魔術の知識など持ち合わせていないが、代わりに凡そ全てのことを見透かす目を持っている。そのためクロハやローズマリアの体力の消耗や魔力の消耗、気や生命力などの推移、焦りや動揺などの心内環境の変化を見透かし、戦闘の趨勢を測っていた。
そして分かったのは攻撃をいなし続けているクロハの方が消耗をしていて不利だということだった。
「……あの力はお前のものか、化物」
物見遊山な春に一瞥をくれることもなく、クロハの母親であるクレマチス・グレイはクロハとローズマリアの決闘を見つめながら、春に向けて問いかける。
「春って呼んでくれよ、名前は呼ぶために在るものなんだしさ。ボクの力の一億分の一にも及ばないけどね。ま、武術や魔術はさっぱりだけど力を貸与することぐらいはできるのさ。とは言え、アレは殆ど彼が勝手に練り上げたものだよ。魔術の知識と彼の体術、あと気の使い方とかをうまいこと応用してああなってる」
春は楽しそうに決闘を見ながら答える。
「与えたのは御守り程度のちっぽけな力だったんだけどここまでくるともう別物だね。確かにボクの根源に近い力だから使いこなせればできなくはないんだろうけどさあ」
そもそも戦うための力じゃないんだけどねえ、と春は続ける。
「――クロハに技を教えたのは私だが、アレはもはや別物だ」
「君たちの使ってるそれはもう技じゃないでしょ。獣が殴るのと大差ないよ」
呆れたように春は言う。
二人が戦っているせいで地面が抉れ、木々が破壊され、嵐が過ぎた後のような風景ができていた。ほとんどはローズマリアの音速に近い速度で移動する際にもたらされた産物だが。
「技巧を凝らすよりも持てる力を叩き込む方が手っ取り早い」
「力があるならそうするよね。そりゃあそうだ。ボクもそうするさ。でも、それじゃあアレは破れない――君たちじゃあ、力業で破るのは無理だろうねえ」
「なんとなくだが、仕組みは分かった。が、防いでいるだけでは勝てなかろう」
「だろうね。やっぱり体力が獣じみてるよねえあの愚かな方の姉は。体力だけならイカレテる方の姉や君よりもあるんじゃないかな」
「使い方がなっていないから無駄にしているがな」
「未熟な戦士を相手にして、ボクから力を付与されて、やっと戦えている。ここまでして漸くというべきか。それともよくここまでやれてるというべきか。――まあでも、そろそろかな」
器用に木の上で胡坐をかき、右手で頬杖をついて春は言う。
「ほら、彼が攻めるよ――」
◆ ◆ ◆
「幻獣撃、【猫鬼】」
無駄に高い身体能力と、無駄に高い動体視力を使って反撃してきたローズ姉を合気道の技に近い何かで引っくり返す。
本来なら引っくりかえったところを馬乗りになって抑え込めばいいのだが、如何せん空中で受け身をとって抑え込みに入るころには反撃に来るような相手だから迂闊に近寄れないんだよなあ。
こうして三度ほど投げ技をしているがスポーツじゃないので終わらない。
ぶっちゃけ護身術程度でならう投げ技でどうにでも転がせるんだよね。
柔術とかそういう類のあれだけど、力押しで殴り掛かる相手に対して開発された技は受け方を知らなければ面白いように相手を投げられる。
「……面白い技。上手いように使われた」
ケロリとしてローズ姉は起き上がる。
「畳でもない地面に思いきり叩きつけてるのに全くこたえない相手に対して有効じゃないか」
締め技とかできればいいのだけど、組み伏せられるような相手じゃないからなあ。こっちだって素人に毛が生えた程度の技だし。そもそも対人戦で使うのは久々だから粗が出てるし。
母さんから教わった体格の大きい獣相手にするとき使用する技を改良して使いやすくしたものだけど、実戦で使うにはまだまだ訓練がいりそうだな。マリー姉とかに聞いて柔道の練習でもしようかなあ。流石にマリー姉でも柔道までは知らないかな。
「なんとなく分かった。要はつかめばいい」
「そうだよね。流石にバレるよね」
精霊術、と呼んでいるだけで実際には精霊の力はほんのごく僅かしか借りていない。
もともとは春から付与された魔よけの力を精霊に与えて強い魔よけにならないかと試したもの。やっていることは結界を張っているに等しい。体の周りに精霊を起点に魔よけの力を貼り付けて、高い魔力を持つものを近寄れなくしている。
精霊の悪戯で見えない壁というのがある。
許可のないものを通さない、そんなおまじないじみた精霊の術。
魔よけの力を使っているため全ての物質を通さないなんてことはできないけど、魔力が高いものを通さないのは意外と簡単だった。普段は拠点の周りとかに結界として張り付けて安全地帯にしているんだけどね。
ワンダの人々は基本的に魔力が高い。ただ、魔力ってのは別に体中を循環しているわけでもない。大婆様曰く心臓付近に最も魔力は溜まりやすく、次点で額らしい。どうにも人体急所の当たりに本能的に溜まってるみたいだ。ただ、ワンダの人は無意識に超人的な力を使うとき体中に魔力が巡っていく。すると幼女でも巨木を拳でへし折れるような怪力が発生する。これがワンダの身体能力の仕組み。大婆様が言うには森の外の人間たちが使う身体強化の魔術に近いことを無自覚に行っているらしい。
で、これを逆手に取ったのがこの精霊術。
魔力が高いものは近づけなくする魔よけの力を体に張り付けることで、ワンダの人々の怪力による殴打を当たらないようにできる。肉体に拳が当たる直前で壁に阻まれたように拳が止まる。張り付ける範囲を広げればその範囲内にいる高い魔力持つものは弾き飛ばされる。これが先ほどからローズ姉の猛攻を防いでいる術である。正直結構怖い。
ただまあ、弱点としては――
「殴らないで抱きかかえるようにすれば、捕らえられる」
ローズ姉が拳をほどき鷲のように手をわきわきと動かす。
「できるだけつかんだり触らないようにしてたけど、もうバレたか」
なんだかんだでローズ姉は理解力や観察眼がある。
戦闘方面ぐらいにしか使えないのが残念なところだけど。
「つまり、狩りごっこ」
何故か楽しそうな顔をしてローズ姉がじわりじわりと近寄ってくる。
「流石に逃げ切るのは無理かなあ」
相手の高い魔力のみを弾いているので、怪力を使おうとしない行為――つかむとか触るとかされると効力を発揮しない。これは術的欠陥というよりも魔力を持つすべてのものを弾こうとすると、微量ながらも存在する自身の魔力に反応して体が内側から弾けそうになるからである。
春曰く、「君の魔力量はほぼゼロだけど、外気から取り込んでしまっている魔力があるからそれが無理やり追い出されて肉体や内臓を壊しているんだよ」とのこと。
範囲を広げて吹き飛ばせば解決はするけど、先にこっちの体力がなくなる。いくら春から付与された力だといってもずっと使い続けることはできない。
精神力を摩耗するというか、使い続けていると段々頭が痛くなってきてどんどん意識が遠のいていくんだよなあこれ。十分も連続使用はできない。体に張り付けると動きに応じて張り方が変化しているから余計に力を使っているせいだと思う。拠点に結界を張るときはいろいろと儀式めいた手順を踏んでいるから負担が少ないんだけどね。
「逃げる獲物を追うのは私の仕事」
「……懐かしいね。まあでも、逃げないよ。迎え撃つ」
「へえ、やってみろ」
ローズ姉が犬歯をむき出しにして獰猛に笑う。
獲物を前にした虎みたいな表情だ。
「獣撃、【
そしてローズ姉の姿が消える。
消えたように思えるような速さで跳んだ。
眼前にいつの間にかいるローズ姉は右手を伸ばしてこちらの首をつかもうとしてくる。
片手一本でどうやって抑え込むのかと思っていたが首根っこを持つことで封じ込めようとしてくるみたいだ。
ただ、拳のスピードほど速くはない。
僕でも純粋な身体能力――魔力を使わないなら同レベルで動ける。
ローズ姉が伸ばしてきた右手を僕は左手を払って弾こうとする。
が、
「捕まえた」
ローズ姉はその僕の左手をがっちりとつかむ。
そうか、ローズ姉は最初から捕まえることが目的か。
抑え込むのではなく手をつかんでしまい、あとは投げるなり地面に叩きつけるなり、引っ張って押し倒すなり、力業でどうにでもなる。
「もう、拒ませない」
そういってローズ姉は引っ張ろうとする。
ローズ姉の瞳が少しだけ寂しそうに見える。
拒ませない、ね。
拒んだことなんて一度たりともないんだけどなあ。
「――捕まえたのは、こっちだよ」
引き寄せるローズ姉に逆らわず僕は僕でローズ姉に接近する。
目と鼻の先。
ほとんど触れあいそうになる近距離。
「――っ!!」
僕が何かを仕掛けようとしていて、わざと捕まったと気が付き、ローズ姉の瞳に動揺が走るのが見て取れる。
僕はこのチャンスを逃さないように思いっきり――
ローズ姉にキスをした。
「決まったあああああ!!!」
春の声が響く。うるさい。
「???」
ローズ姉は咄嗟のことで理解が追いついてないようだ。
精霊術、【
さて、神の話に戻るけども。
神の共通項は魔を祓うことにある。
お祓い、清め、禊、そういったあれこれは大抵強大な魔力を持っている存在を抑制するために行われる。
悪魔とかね。
魔よけもざっくり言ってしまえばそういった魔を祓う行為の一種である。
魔よけの仕方も色々あるが、春から付与された力は魔力を持つものを遠ざけるという力になる。
外から魔よけの力を纏って殴りつければ内に響く内面破壊の攻撃になる。それが【祓】。
内から直接魔よけの力を送り込むのが【禊】。
いまローズ姉には口づけを通して魔よけの力を送り込んでいる。
本当は額を当てるとかでもよかったんだけど、それだと頭突きと勘違いして避けられそうだからやめた。
口から送り込んだ魔よけの力は肺や心臓よりも先に距離が近い脳へと辿り着く。
物質に関係なく、魔よけの力は波紋上に広がっていく。
流し過ぎると脳が破裂してしまうので、少量しか流し込んでいないがそれでも意識を混濁させるような効果はある。
「!!!!!!!!!!」
事態に気が付き始めたのか、ローズ姉は初めてチューをした女子中学生みたいに赤面する。
いや、もしかしたら本当に初めてのキスなのかも。
僕もこっちの世界じゃ初めてだ。
いや、前世でもしたこと無かった気がするけど。
「なっ!?にゃ、にゃにを――あれ?」
混乱していたローズ姉顔を離して距離をとろうとしたところで膝をつく。
よく意識を保っていられるものだ。
少量だとしても春の魔よけの力は本物である。
高い魔力を持つワンダの戦士に流し込めばひとたまりもない。
酸欠に近い頭痛と意識混濁が起こっているはずである。
僕はこの隙を逃さずローズ姉を押し倒して馬乗りになる。
「ローズ姉、まだ続ける?」
その場合気絶するまでキスをすることになるが。
「ひゃ!!あのっ!その……こうしゃん、しゅる」
ローズ姉はとろんとした目で顔を真っ赤にしながらそう言った。
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