第11話 ひどく純粋でまっさらな殺意
人はどうして人を殺すんだろうか?
――多分ソイツが人のことを好きじゃないからだろ。
◆ ◆ ◆
マリー姉がグリーングリーンという魔術師を殴り殺そうとしていたのを流石にかわいそうだったので仲裁し(当たり前だがマリー姉を羽交い絞めしたところで非力な僕では止めることはできないのでマリー姉に何でも一つお願いを聞くという条件で止めた『いま何でもって――』)、マリー姉とこれからのことについて打ち合わせをすることになった。
「マリー姉さん的にはさ、ワンダのみんなを殺したいわけ?」
僕は端的に尋ねることにした。
マリー姉さんは問答が好きだし、あちらこちらに会話が飛ぶため早めに質問しておくに限る。
ローズ姉もなかなか本題に切り出さないしゃべり方をするので先に本題を切り出しておくに限る。
母さんは余計なことを一切喋れない性質なので聞きたいことを先に聞いておくに限る。
妹二人はまともに会話してくれない奴らなので先に聞くことを聞き続けておくに限る。
結局、僕の今世の家族はみんな初めのうちに大切なことを尋ねるのが一番楽で無駄にならない。……みんな会話自体は嫌いじゃないし、人付き合いもするほうなのに人と話すのが壊滅的に下手糞なのは遺伝だろうか?
それとも誰かかが間違った会話方法でも教えてしまったんだろうか?
それにしては十人十色の喋り方をするが。
「いやいや、そういうわけじゃないよ。寧ろ生かしておきたいくらいだよ。少なくともあの馬鹿で出来の悪い妹二人は生かす。それは決定している。――あ、女帝は殺す。それも決定している」
女帝との確執を姉さんに話した時点で殺すことは確定したようだ。
「基本的にクロハちゃんが助けたいって思う人、生きててほしいと思う人は、殺さない方向で行くよ」
「でも、ワンダの集落は潰すんだろう?結局何がしたいのさ?」
「うーん、具体的なことは何も決まってないだけれど、夢はあるよ――理想かな?」
マリー姉さんは僕の目の前に、唇と唇が触れ合う寸前まで近づいて言う。
「ねえ、クロハちゃん、国、欲しくない?」
それはまるで悪魔の囁きのようだった。
「クロハちゃんだけの国。クロハちゃんが好き放題できる国。クロハちゃんのための国家。クロハちゃんのために全てがある。クロハちゃんが法律であり、クロハちゃんが神であり、クロハちゃんが夢であり、クロハちゃんが目標である――そんな国を作らない?」
「……マリー姉って頭おかしいよね」
「ひどいこというなあ。でも、クロハちゃんに言われるのは嫌いじゃないよ。寧ろ好き、むしろ興奮する、ムシロイワレツヅケタイ。――だけどね、クロハちゃんがひどいこと言われるのは嫌なんだよね。我慢できない。クロハちゃんにひどいこと言う人はこの世から、あの世から、その世から消し飛ばしたい。でもねえ、そうしようとしても無理なの。力が足りない、才能がない、男である、そういって馬鹿にされ続けたクロハちゃんをどうにかしたくていろいろやってみたけどすべて空振りだった。――じゃあもういいや、クロハちゃんのためにならないなら、そんな世界なら、世界のほうが変われ」
「変わらないよ、世界なんて」
「でも変えないと変わらないよ、世界なんて」
マリー姉は僕の頬に手を当てる。
そっと抱きしめるように僕の顔を包み込む。
「世界はどうして思い通りにならないのか。それは思い通りにならないように誰かがしているから。個人かもしれないし、集団かもしれないし、世界構造そのものかも」
「難しいこと言うね」
「難しいこと言ってるけど、難しいことは起きていないよ。誰かが好き放題やると誰かが不利益を被る。それは隣人かもしれないし、村の人かもしれないし、或いは村長とか王様とかそういった権力者かもしれないし、もしくは目の前のあなたかもね」
「なんか聞いたことあるセリフですね」
人間失格あたりで。
「薄々わかってたけどさ、転生してきたの?」
「僕もそうだろうなあ、とは思っていましたけど、転生者ですよね」
お互いに。
「令和生まれ、令和育ち、享年二十五歳、OL」
「平成生まれ、平成育ち、享年十六歳、高校生」
「え?嘘?高校生?未成年!?未成年の童貞をおいしくいただいてしまうって、捕まるかな?でも、ここ異世界だし、公転周期が違うとかなんかで……」
「この星多分だけど一年の長さあんまり地球と変わらないよ」
「じゃあ、精神年齢はすでに成人ってことで」
「同じ地球かどうかも怪しいですけど」
「児童ポルノは?」
「規制対象です」
「じゃあ、同じだね」
規制対象にならない世界線があるというのだろうか。
「エロ同人の世界線ならあるかも」
「あったとしても、行きたくないですね。馴染める気がしない……」
「顔面格差が酷そう」
どうでもいい話は置いておいて。
「国、ですか?」
「国。私が作るから王様になってね」
「なって、どうするんですか?」
「好きなことしてほしい。もっと言えば幸せになってほしい。さらに言えば子供をたくさん作ってほしい」
「マリー姉はなんでそんなことがしたいんですか?」
「好きなことできる力と世界どちらもあるなら、好きなようにしたいだけよ。そして私はクロハちゃんと暮らせる世界、クロハちゃんと楽しめる世界を作りたい、だからクロハちゃんが王として君臨できる国を作る」
何でもできるなら自分のしたいようにする、道理である。まあ、力を持て余しているなら欲望に忠実になるのが一番自然だしなあ。
「ワンダを潰す必要性はあるんですか?」
「一番強い兵隊で尚且つ美女が揃ってるのはワンダくらいだしねえ。
エルフ、ダークエルフは大体創作物に出てくるとおりで、美形が多く魔法が得意。ワンダに引けず劣らず排他的、ただフィジカル面がワンダに比べて脆弱すぎるため実際にワンダの戦士とエルフの戦士がかち合うと魔法も放つ暇すらなくエルフの戦士の首が飛ぶ。どうでもいいけど二つの種族は敵対的、ファンタジーあるあるだね。ワンダは全ての種族と敵対的、蛮族あるあるだね。
「……他の国と戦争でもする気ですか?」
「攻め込むかどうかは別にしても、魔王軍がいるからねえ。魔法の扱いに慣れた連中がわんさかいるからそれなりの人員を用意しておきたい。扱うにしても、クロハちゃんなら楽に扱えるだろうし」
「むしろ振り回されそうですけど……」
「喪女(生き遅れ)を片っ端から孕ませれば絶大な支持を得られる」
弱いことの次には子供産んでいないことがワンダでは評価を下げる原因だからなあ。美女が多いのもその辺りに理由があるのかもしれない。男は奪うものだけど。それで孕ませられるかは運と器量なのだろう。男だって死ぬと分かっている状況で搾られたくないだろうから。
「それだと、僕がワンダの女性を大多数孕ませられるような強者でないと無理なんですけど」
「そうなんだよねえ。実は童貞ってのは嘘で何人もの女性と密やかに関係を築いてたりとかは――」
「してない」
「だよねえ。クロハちゃんはチキンだもんねえ。上手く射精が行われないってのもその辺りにあるのかもねえ。全てのことから怯えている人間は自分の快楽ともうまく付き合えない。サイコパスとかって自身の性癖に悩みを抱えていてこじらせてしまい凶行にはしるとは聞いたことがあるけど」
「人を勝手にサイコパスにしないでよ、マリー姉」
「じゃあ、ここらへんでハッキリさせとこーよ」
「……何を?」
「君の、クロちゃんの好きなこと。嫌いものはよく口にするけど、好きなものを口にすることはほとんどなかったじゃん」
「……メイド」
「付け加えるのならば秘書も好みのようです」
「あと、年上か背が高い女性?昔、ボクが幼女の姿であったときは嫌そうな顔していたし」
とりあえず、メイドと言っておくかぐらいだったのにもかかわらず、黒い悪魔と白い神もどきに色々とバラされていく。
「巨乳、貧乳、美乳、どれがお好み?」
「形や大きさに頓着はないです」
「ツンデレ?クーデレ?ダルデレ?甘えん坊・姉御肌、活発系・委員長タイプ?」
「奉仕型」
「攻め?受け?」
「……ノーコメント」
「あ、そこは言わないんだ」
言いたくないことは言いたくない。
というか、これ以上質問攻めにされるのも面倒だった。
「クロハちゃんって好きな人いるの?今の世界でもいいし、前の世界でもいいけど。好き嫌いが淡白だよね。もしかして、実は女の子ならば誰でもいいとか?」
「そんな節操もないキャラじゃないです」
「節操というより欲望が薄いよね。いや、生きる気力が薄いのかな若しくは――生きる意味が見つからないとか?」
「そんなものなんてないでしょう。皆だらだら生きているだけですよ」
「でもでも一生生きている意味が見つからないなんてこともないの。見つけようとして見つかるものじゃないけど、気づいたら見つけているものだよ」
「……マリー姉も見つけているんですか?」
「うん、前世では趣味に生きること。現世はクロちゃんのために生きること。可愛い可愛いクロハちゃんのためにね」
「僕のためなんかに――」
「クロハちゃんの人生をより良いものするため、ひいては自分のため。クロハちゃんがすくすくといい男に育ってくれることが私の楽しみだからねえ」
マリー姉はクスリと笑いぼくの頭をなでる。
その笑みに慈しみはない。
どろりとした欲望が瞳の奥に潜む――いや潜み切れてないなこれ。
右手でぼくの頭を撫でながら左手で体をまさぐり始める。
「ま、今でもかなりいい男だけどね。も少し肉付きがなあ。細マッチョだけど栄養不足。戦士としてはまだまだ二流以下だなあ」
「ぼくは戦士ではないですよ。認められていませんし、戦う気なんてこれっぽちもないですから」
「じゃあ、何のために鍛えていたの?別に生き残るためってわけじゃなさそうな鍛え方をしてるように思えるけど。なんのために戦おうとしていたのかな?誰のために鍛えていたのかな?」
目ざといなあ。まあ一目で気が付いていたのか、先ほど体をまさぐるとき気が付いたのかわからないけど、僕らの家族のなかでは一番察しのいいマリー姉は分かっていてこう聞いてくるのだ。
「この森じゃ僕みたいな弱っちい人間は生きていけないんですよ。必死にならなきゃ生きられなかった。それだけです」
それだけ、だと思う。
それだけのはずだった。
ただただ、生きていたかった。
そう思っていた。
昔だってそうだ。
平穏無事に暮らしていたいだけ。
何ごともなく。
何も起きないように。
事なかれ主義が僕の――
「……気が付いてないよね。ずっと、ずっと、笑ってるよ」
“私が国を作る話をした時から”と、マリー姉は静かに続けるのだった。
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