第10話 すきすきだいすきあいしてる
「――つまるところ、人間と魔人の戦争を利用してワンダの集落を潰そうとしているわけか」
「そーゆーこと!!」
「それくらいで潰れるほど柔じゃないとは思うけどなあ」
「母さんや大婆様クラスが100人もいたら予定変更だったけど、流石にあのレベルは少ないみたい。大戦をしていたときと比べて本当に強い戦士も減ったらしいし。今回で取りあえずは母さんにリベンジしたいかなあってところ」
「今回で終わらすつもりはないのね」
「潰すまでやる。基本でしょ?」
「それはそう」
戦闘狂の基本である。
禍根を残さないという意味ではかなり正しい。
ただ勝つのではなく、勝ちきること。
被害を与えるのではなく滅ぼすこと。
そこまでやらないのならば戦争などやるもんじゃない。やりきらねば、後々多大なるしっぺ返しをくらうものである。
屈辱というものは子の代、孫の代、果ては100年200年先まで残るものである。
さてさて、現在マリー姉ことマリーゴールド・グレイに何故ここに唐突に現れたのか、この魔術師との関係性は、ローブ被ってるけど似合ってないよ等々と色々と問いただしている。
マリー姉もローズ姉も母さんも、妹たちも全員脳筋らしさが全面ににじみ出た、姿をしているためいくら服装やアクセサリ等で誤魔化しても知的な感じが出ないのだ。
その点僕の師匠である大婆様は筋骨隆々にもかかわらずシャーマンみたいな不気味さと知性を兼ね備えていて凄みが出ていた。魔法についてそれらの生い立ちから理論原因過程結果をこと細かく話せるのはワンダであの人だけだったし、何よりも最も理性をもって会話していた。戦闘時には他と変わらずいやそれ以上に脳筋っぽさが増すのは仕方がない。伊達に魔法使わない方が強いとは言われていない。魔法出さなくなったら本番というちょっと意味わからない人だから。
それはさておきまして、マリー姉さんの話を聞いていくうちに色々なことがわかった。
僕が集落を出ていくときに同じくマリー姉も出ていったこと。
ワンダの戦士なんかを半数近くボコボコにして最後に母さんにボコボコにされたこと。
体を鍛えながら暇潰しに魔術の研鑽を積み、魔術結社を組織したこと。
この魔術師はその一員であること。
とりあえずワンダは潰すこと。
何よりも僕を探していたこと。
「探していたって、マリー姉でしょ? ――ずっと僕のことを見ていたのは」
「あら、ばれてました?」
何とも白々しい。
彼女にとってはバレていようがいまいがどちらでも良かったらしい。
マリー姉さんか大婆様かどちらかとは思っていたけど、マリー姉さんのほうだったか。
「いや、君が気がついたみたいな雰囲気でいってるけど、気がついたのはボクだからね?」
「それもそう」
君の力は僕のものってことで。
どちらにせよ誰かから監視させられるとは考えていたし、性格から考えて大婆様か、マリー姉さん、大穴で妹のどれかだけども、結局絞りきるのことはできなかった。
流石にワンダの部族の領域内で何も警戒せずにいられるほど強くもなければ胆も大きくない。
マリー姉さんは策略家であり、ワンダの中で大婆様に次ぐ魔法使いであり、実力も母さんの次に強い。敵対すれば最悪の相手であり、目をつけられるのも勘弁してほしい。
「……マリー姉はなんで僕のことを探していたの?」
「なんでって……あなたが私のすべてだから」
「全てって……マリー姉なら僕に比べて色々とできるんだから、別に僕にこだわる必要ないでしょ?」
「弟を見捨ててのうのうと生きる姉はもう人間じゃないよ。――ただの悪魔だ」
いや、化物かなとマリー姉は続ける。
悪魔だって、化物だって人を見捨てないかもしれない。そう思ったけれど、口にしなかった。
「誰も見捨ててないよ。ただちょっと僕がいると都合が悪かっただけ」
「都合が悪い程度で家族から追放するならば私はそいつに死刑を宣告するね」
「いやいや、姉さんだっていやだろう? 出来の悪い弟が隣人から爪はじき物にされてるなら、世間では弟は悪者で実際ロクデナシの無能なわけだし」
「んー別に姉さんは構わないよー、養ってあげる。ロクデナシになったのも無能になったのも私や母さんのせいでもあるわけだし。……ローズは何もしていないから判断に困るけど、何もしていないという意味じゃあ同罪か」
「それは僕の責任でしょう。姉さんが罪の意識を持つ必要はない」
「あのねえ、家族は責任があるとか責任がないとかないの。誰が悪いことしようと逆に誰が功績をあげようと家族のなかじゃそんなもの意味無いの。あなたが私の弟であるクロハ・グレイであることだけ、それだけが重要。あとは飾り」
「……じゃあ、僕が今までに一万近い人の魂を奪ってきた、って言ってもまだ僕を家族だと思いますか?」
人殺しを、それ以上の罪を犯し続けてきた。
人でなしの屑を、情け容赦なく人の命を奪える異常者を、貴方はまだ家族だと思いますか?
「思う思わないじゃない。クロハは私の弟だ」
「…………。」
…………。
「クロハちゃんがどんなことを考えてて、何をしてきたのかは正直よく分かんないんだけどさ、私にとってそれがクロハちゃんを遠ざける理由にはならない。あなたが私のすべて、そこに嘘偽りはない。全てがひどくどうでもいい人生だったけど、あなたが生まれてから、生まれてしまってから世界は色づいた。クロハちゃんは知らないでしょうけれど、あなたが生まれてから私はあなたに一目惚れだった」
そっと、マリー姉さんが近寄ってくる。
マリー姉さんは僕より頭半分ほど大きい。
僕を抱き寄せると包み込むように頭を撫で始める。
「ほんとはずっとこうしたかった。いつも独りで戦うあなたを癒したかった。いつも寂しいあなたを慰めたかった。誰も信じていないあなたと手を繋ぎたかった。ごめんなさい、遅くなって」
「僕は……」
何かを言おうとした気がする。
言おうとして、形にできなくて、漏れるのは言葉にならない音だけ。
もっと伝えたいことがあって。
「よしよし、泣いていいんだよ? ずっとお姉ちゃんがついていてあげるから、離さないから。あなたはずうっーと私の弟」
「もし、僕が、僕のせいで、貴方が、貴方の大切な人が、亡くなったとしても――」
「亡くならないわ。クロハちゃんは私が守り抜くから」
僕は泣いた。
この世界に来て初めて僕は泣けた。
「それで、マリー姉は僕にどうしてもらいたいの?」
泣いてすっきりした後、僕は改めて問いただした。
本当はこの森を出ていくつもりだったけど、マリー姉に出会ったことで大幅に予定を変更するべきだと考えてもいたからだ。
「ん~とくにないかなー。戦いに巻き込まれないようにはしてもらいたいけど。でも、あんな強そうな魔物?悪魔?怪物?連れてたら心配するだけ損だろうし」
「まあね。殺されかけたけど」
淵が強くても僕は弱い。
異世界創造なんて言う反則技をもつ魔術師が第一発見異世界人というどうしようもないリアルラックのせいで最初の冒険で死にかけている。
前世も似たようなものだったけどね。
初手から即死魔法は当たり前。流れ弾、逆恨み、裏切り、切り捨て、巻き込まれて押し付けられて、言いがかりの上につるし上げ。
ていうか、森の外に出ようと決意した日にローズ姉に見つかり、女帝に目を付けられ、塒を荒らされ、魔術師に襲撃され、しかも森の外では人と魔物が戦争をしようとしていて、ワンダに対してマリー姉が攻勢をかけようとしている。
今日は厄日か。
「グリーン・グリーンには適当に強い奴さがしといてって、命令しただけなんだけどねえ。彼は無駄に憶病で無駄に引きが悪いから」
「彼も初手で僕を引き当てた、と」
可哀想に。
「魔術は多分一番ぶっ飛んでるんだけどねえ。大婆様も使えない魔術をちょっとのきっかけで使えるようになるのだから大概いかれているけど」
「魔法遣いは凄い奴ほどそういうものだよ」
次元の魔女も慣れない魔術は暴発するって言ってたし。
あー、なんだか懐かしいなあ。
前世に戻りたいとも思えないがもう一度会えないものだろうか。
淵という前例があるわけだし、彼女ならば、次元を超える彼女ならばあり得る話なのかもしれない。
「で、クロハちゃん的には私にどうしてほしい?」
「ん、マリー姉の好きにすればいいんじゃないかな」
マリー姉の人生だし、ワンダを潰そうが母さんと大喧嘩しようがどうでもいい。
「じゃあ、クロハちゃんを今ここで犯してもいいってことね!!」
「いつも通り頭湧いてるな」
マリー姉がいきなりシリアスなことしてきたから面食らっていたけど、やっぱり中身は変わっていなかった。変態だ。
「あの時はまだクロハちゃん夢精もしたことがない子供の体だったけど、今なら大丈夫よね!!」
何も大丈夫ではない。
知ってはいたけどブラコンかショタコンかどっちかだろうなあとは薄々感じていたがブラコンの方か。
近親相姦も辞さないあたり筋金入りである。
最近のブラコンはそのあたりのことをあやふやにしているけれども、あの手の話って姉が弟を犯す(若しくは妹が兄を、シスコンの場合は立場が逆になる)ってことまで落ち着かなきゃだめだよなあ。別にエロが見たいわけじゃあないけど、一線を超える背徳感を読者は求めていると思うんだよね(読者感)。
「マリー姉、一つ、いや二つ言っておくけれど、僕は童貞だけど穢れていないわけじゃない」
淵に体を犯されている。
痕跡はないが、存在そのものがと混合しているといっても過言ではない。
要は悪魔の血が混じり始めている。
当然ながら人間には――ワンダにも毒である。
「二つ目、僕は不感症で射精が上手くできないんだけれど、それでもいい?」
「いい!!むしろ燃える!!」
「……やっぱりだめだコイツ」
因みに、おっぱじめようとしたところでグリーングリーンとかいう魔術師が目を覚まし、マリー姉がひどく気分を害されていったん中断となった。
僕の貞操はまだ保たれたままである。
次回に続く。
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