幕間 平和な世界の創造主

 生まれ落ちたのは戦争によって焼け野原になった開拓村だった。

 俺が生まれる前に俺の父親は死んでいた、母は俺を産んだ四年後に流行り病で死んだ。

 姉と兄、そして父親違いの妹がそれぞれ一人ずつ。

 姉は俺が十歳の時にどこかに嫁いでいった。

 兄は俺が十三歳の時に魔獣の襲撃によって死んだ。

 妹は妹の父親に引き取られた。碌でもない奴だが、俺よりは稼ぎがいい。まだ恵まれた方なのではないかとは思う。


 そして、俺一人になって再び戦争が起きた。


 開拓村は跡形もなく消えた。


 魔術師、というものを知ったのがその時で、魔術を使えるようになったのもその時。


 俺が村を滅ぼしたって自覚した時は流石に堪えた。

 だからってどうにかできるわけじゃないし、自分の魔術が暴走したおかげで自分は生き残れたのだから全てが悪いことばかりではない。

 ただ、もうその場にいられなかった。

  

 開拓村の生き残りからは非難の目を浴びた。

 親の墓も、兄の墓も全て消えた。

 姉も妹ももう連絡すらつかない。

 俺は開拓村があった場所から立ち去った。


 飢えないように流浪の旅をしていたら森の近くの辺鄙な村についた。

 街の方へと向かっていたはずなんだがどうやら俺は相当な方向音痴らしい。悲しいことだ。

 別に村に何かがあったわけではないが、旅するのもつかれたのでしばらくそこで村人の民家に居候をして腰を休めることにした。幸い近くの森で獣を狩れば食料には困らなかったし、村人も狩ってきた獣の肉や毛皮を提供すれば快く泊めてくれた。

 で、村に泊まって一週間くらい経った時、村は野盗に襲われた。

 このあたりで自分の運のなさというものにはなはだ困り果ていたが、同時に自分には悪運があり不幸を乗り越える程度には強い力を保持し、対応力も上がっていった。


 野盗は呪術師(呪いを主体とした魔術を使う魔術師の俗称)をリーダーにして、十人程度の集まりだった。村人は三十人ほどいるが戦えるような男性は精々五、六人。それも普段は稀に出る魔獣と戦う程度の力しかない狩人に毛の生えたレベルばかり。


 総力では向こうが上。

 村長は金目の物を渡して見逃してもらおうとしていたが交渉は結局破綻して殺された。


 女子供が捕まり人質に取られ、村人は抵抗を辞め、野盗と村人が一か所に集まったところで俺は魔術を発動させた。野盗はともかく村人の誰にも俺が魔術を使えることを話していなかった。故に完璧に魔術は成功し、野盗は壊滅した。呪術師は運よく生き残ったが、片腕を失っていたため簡単に殺せた。野盗は結局全滅し、村はどうにか存続した。


 野盗の襲撃が終わった後の村人の俺に対する感情は憎悪と尊敬が半々といったところだった。


人質を無視して魔術をぶっぱなしたせいで村人が何人か巻き込まれ、死者も出たからだ。元々余所者である俺よりも死んだ身内の方が大切だし、怪我ならともかく死んでしまったら割りきることも難しい。憎むのも理解できる。

逆に俺を尊敬している連中はあの場で人質になっていた者が多い。 今にも犯されそうになっていた生娘なんかは崇拝にも近い感情を向けてきていた。他にも野盗に身内を殺された奴なんかは俺に感謝してきたしな。


 最終的には俺は無罪放免、死んでしまった若者の代わりに森から出てくる魔獣退治をすることで村に留まれることになった。村長の息子と若者いなくなって不安になったあまり損害を負っていない村人たちの意見が通った形だった。

 長く居座る気もなかったが、どうせ行く宛てもない。魔術をも少しまともに扱えるようになるまでは居つくつもりで村に残った。――が、まあ、俺のせいではないが、村は三年後に滅ぶこととになる。再び戦争が起きたのだ。


「やってらんねー」


 と、つぶやいた時には村は火を掛けられてほぼ全焼。生き残ってんのは両手の数にも満たない。どうもタイミングが素晴らしいようで、丁度俺が魔獣を狩りに出かけている間に攻められた。

 攻めてきたのは村の北に見える山脈の向こうに国を構える魔人の軍。人間とは数百年にわたって戦争しているほど仲が悪く、魔人王っていう悪名高い奴が王様しているやべー処。

 魔人の一人とっ捕まえて軽く嬲って吐かせたところ人間の国の幾つかが戦争していて外に目を向けられない今の情勢を見計らって徐々に侵略を開始したのだと。賢い賢い。或いは人間が馬鹿。

 辺鄙な村だ。滅んでも村を統治する領主が気付くころには本格的な魔人の侵略が始まっている。一先ず情報が伝わらないように村人を皆殺しにして、簡易な拠点でも築き上げ街に攻め入るってところだったんだろう。朝に魔獣を狩りに行って、昼休憩しようといったん戻ったときこれだからそうとうな侵略スピード。伝令を出すなんて判断する暇すらない。何に襲われたかわからずに殺された奴が大半だろうよ。魔人にとっては運悪く、領主にとっては運よく俺がいたことで村が壊滅する程度で済んだわけだ。生き残りが領主様に泣きつきに行くし、魔人は予定より早く人間の軍隊と戦い始めなければならない。


「ニンゲン……オマエ、ワガグンゼイにクダルキハナイカ?」


「ほう?」


 情報を吐かせるだけ吐かせてさて殺しましょうねと言ったときに魔人が命乞いのように吐いた言葉を聞いて俺は選択肢を得たのだと気が付いた。


 つまるところ人間側につくのか、魔人側につくのか、だ。


 どっちにするか正直なところ迷ってはいたが、どちらでもいいというのが本心であった。

 人間側についていても恐らく戦争に巻き込まれ、逃げるか無理矢理戦わされるかの人生になる。

 魔人側についた場合、どういった歓迎のされ方をされるのかわからんが居心地の悪い人生になる。

 ようは目くそ鼻くそである。


 一見人間側の方が安全に見えるが、このあと領主様との面談となり何かしらの言いがかりをつけられて前線送りだろう。

 魔人側は危険は当たり前だが一応魔人サイドからの引き抜きなので殺される確率は少し減る。


 残るか、去るか。

 いっつもそんなことを考えてばかりだなと自嘲する。

 選択肢は自分にあるがいつも望んでいない結末ばかり迎える。

 やってらんねーよ、ほんと。


「――どうせ戦争するならば、全部吹き飛ばせる側につくのはどうかしら?」


 俺が命乞いする魔人とそれを聞いて憤る村の生き残りの間で板挟みになっているその最中、その女は俺の耳元でそう囁いた。


 咄嗟に魔術を放った。

 自慢じゃないが俺の魔術を打つ速度は異常だと感じている。

 反射で小さな林を吹き飛ばす程度の魔術を放てる。

 振り返るのと同時に魔術が完成しているなんて、魔術を詳しく学べば学ぶほどその異常性がわかる。

 特に、俺の十八番おはこは異次元を作り、そこに相手を飛ばすという転移と空間の複合魔術。初めて使った魔術であり、開拓村を全壊させた無茶苦茶さを持つ。仕組みや理論はその頃分かっていなかったが放てば殺せるという確信だけはあった。


 だからその女に、魔人も村人も魔術師の俺も気が付かない、真っ白なローブに金髪のオッドアイなやたら胸がでかく筋骨隆々な女?……女に、必殺の十八番を放つのは割と正当な防衛反応だったと思う。


「人間にしては速いけど、ワンダ私たちにとっては遅い。ていうか身体(からだ)鍛えてなさすぎ。詠唱しなくても打てるからって、筋肉つけなきゃ戦場じゃあ使いもんにならないよ」


 その女は俺の魔術をすり抜けて、いや、あまりに速く動いて近づいてきたためすり抜けているように見えただけで、魔術は女の真後ろを消し飛ばし、女は片手で俺の首を鷲掴みにして持ち上げた。馬鹿げた怪力だ。


「……ワ、ンダって……あの、戦闘民族か……。ぅう、なんたって、こん、な、処に……くっぅ……いやがる」


 お伽噺のように流れる噂がある。

 帰らずの樹海。

 魔人の国と人間の国を隔たてる山脈からずっと西。

 巨大な巨大な樹海がある。

 多数の魔獣とよくわからない不気味な動植物、そして戦闘民族が住み着く樹海。

 その戦闘民族は女しか生まれないが全員が人間を遥かに超えた怪力で、強い戦士の男をさらい子を産むと。

 女は殺される。

 見逃されるのは子供と老人。

 名高い冒険者も、

 歴戦の傭兵も、

 龍殺しの英雄も、

 名君と呼ばれる王も、

 そのお伽噺に誑かされ、樹海に挑んで誰一人として帰ってこなかった。

 そんなお伽噺にもなりきれない噂。

 西の方で戦士が消えると、ワンダに攫われたって皆が言うらしいが。

 ここは山脈が真北に見える辺鄙な村だ。

 こんなところに強い戦士なんていないし、そもそもワンダの民族のテリトリーからだいぶはなれている。


「家族で喧嘩して家出してきただけよ」


「不良娘かよ」


 地面に叩きつけられた。

 肺から空気が全てたたき出されてせき込む。

 アバラ折れたんじゃねえの?

 死ぬほど痛い。


「いい魔術使うわね。吸引? 転移? でも人一人殺すには派手すぎ。知ってる? 人を殺すにはナイフがあれば事足りるのよ?」


「は、は、は、ナイフよりも確実で安全だろ?」


「うーん、確実だけど安全ではないわね。範囲ミスったら自爆するでしょ、これ?」


 一目で欠点まで見抜いているようで。

 ただの脳筋じゃないことは会話で大体わかった。


「で、あんたこれから私の下で魔術結社の一員になってもらうわ」


「……いや」


「はい、または死ぬ?」


「はい」


 怖い。

 頭を踏みつけられて死の恐怖を感じる。

 恐らくこいつ脚力だけで人の頭を潰せる。

 ゆっくりと力が籠められていく恐怖は何物にも代えがたい。


「ん? ああ、そういえばあんたたちもいたわね」


 周りをみて、村人と魔族たちを思い出すと女は言った。


「じゃあ、見てくれのいい女だけ選んで後は魔獣のエサね。処女の子は手を挙げて、優先的に残すから。男は皆殺しよ。私、もう処女を捧げる相手決めてるし。アンタの性奴隷用に数人残せば足りるでしょ? ――騒がない、喚かない。弱い奴が負けてから吠えるな。強く成ろうと努力もしないでこの世界で死に様を選べると思うなよ」


 辺鄙な村は完全に消滅し、魔人の先遣隊も全滅。

 ついでに領主も何故か死んで、この地域は暫く統治されていない無法地帯となった。

 まあ、そのあとのことは俺は知らない。

 俺は女に無理矢理魔術結社に入れられて、無理矢理世界破壊のために魔術師として特訓することになったのだから。


 そこから先は地獄よりも地獄だった。

 魔術の特訓という名目で筋トレをする毎日。

 戦争が起きれば単独で真っただ中に放り込まれる。

 そして筋トレする。

 朝起きて牛乳飲んで筋トレして朝飯食って戦争に行って、昼めし食って牛乳飲んで筋トレして戦争して、夕飯食って筋トレして牛乳飲んで戦争して。

 そんなことを繰り返していたら魔術結社において三番手の実力者になった。

 ちなみに性奴隷として連れてこられた女性たち(魔人も含む)とはほぼ毎晩やった。女性たちからすれば俺から気に入られなければあの女(名前はマリーゴールド・グレイと言うらしい)に不要と切って捨てられると怯え、必死になって俺に媚を売りにきたのだ。まあ、俺がいらないと言えば殺されて魔獣のエサなのは確定だろう。実際、男どもや好みではない(マリーゴールドの)女たちは森の奥に四肢切断で放置されたのだから。

 マリーゴールドが鬼畜な奴かと言われればそうではないと答えられる。なんていうか無駄が嫌いなのだ。それでいて弱肉強食。力あるものは全てを所持してよいを素でいく。

 女性たちは恐怖で、俺は戦争の興奮を発散するため、お互いの利益が合致したとは言えないし、正直自分でも屑なことをしていることは理解しているが割り切るしかなかった。

 魔術結社のなかで頭角を現し、贅沢ができる身分になると女性たちの態度も軟化した。まあ、お金や地位は偉大だってことだ。


「……俺、戦争なんて嫌いなんだけど」


「じゃあ、アンタが戦争を止めればいいじゃない」


「いやいや、そんなことができれば苦労しない」


「ならとっておきの魔術を教えてあげる。魔術というよりは呪術だけど。戦争を止める、戦争するものを、争おうとするものを止める呪い。ま、使いづらいけどうまく使いなさい」


「はあ」


「そうね、アンタはこれから平和な世界の創造主グリーン・グリーンを名乗りなさい。戦争を止めたいなら戦争を無くすのが手っ取り早いもの」


「でも、アンタの目的は世界をぶっ壊すことだろう?」


「世界を壊せば戦争も終わるわよ?」


 いや、それはどうだろうか。

 コイツの場合世界をぶっ壊すこと自体も手段に過ぎないからな。

 本当の目的が何なのか。

 わからないしわかりたくもないが。


 拝啓 天国か地獄の父さんと母さんと兄へ


 しんどい


 草々不一

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