第5話 代償の代償

 淵から様々な話を聞いていった。

 主な内容は僕が死んだ後どうなったのかということ。


 ただ、収穫は殆どなかった。

 淵は僕が死んだあとすぐに周囲との繋がりを切って(祖母との契約すらも破棄して)、僕の魂を追いかける旅に出た。そのため淵は何も知らないままに前いた世界から離れてしまい、僕がいなくなったことによる変化を知らない。

 

 わずかながら得た情報としてはまず僕を殺した犯人は全員死んだということ。

 淵は魂を吸収し転生すら不可になった。

 僕の祖母は僕が死んだことでそうとう動転してたこと。

 どうにも一連の事態を起こした連中を制裁する流れになったかもしれないとのこと。

 そして淵以外の僕が守った四人のことはどうなったか全く知らないとのこと。

 僕を生き返らせようとはしてくれたみたいだけど不可能だったらしい。


「まあ、淵が僕を生き返らせることができなかったのなら無理だろうな」


『力が及ばず、申し訳ございませんでした』

 淵が俯いて言う。

 震えているのがわかる。あの淵が、だ。

 

 全能に近い淵をもってしてでも僕は生き返らなかった。

 それは僕の死がほぼほぼ覆らないような事態であったことを示す。

 僕が死んだことはどちらかと言えば当たり前だなあとも思ってはいる。

 特に右目を銃弾が貫いた瞬間。あの時のことは何故か今でも鮮明に思い出すことができ、あれで即死しなかったことが逆に不思議でたまらないくらい。

 

 尤も、最たる不可解な点は僕が死んでしまったことよりも、僕が彼女たちを庇って死んだというところにある。


 どうしてあの時、淵も誰も動けず気が付かず、僕だけが動け庇うことができたのか。


『……重ね重ねお詫び申し上げます。あのとき何も把握できませんでした。敵の気配も、銃弾が発射されたことも、主の身に危機が迫っていたことも。……本当に、本当に、申し訳ありません』


 淵は声を震わせて泣き出した。

 

 僕はそのあと何も尋ねなかった。


 淵との時間はこの先たくさんあるのだから。

 

 唐突に死んでしまった僕が言う台詞じゃないかもだけどね。


 ま、死んだ後のことを気にしても仕方ないといえば仕方ないし、ね?



◆ ◆ ◆


 平然としているようで、実のところ淵が僕を追いかけてきたことにもの凄く驚いていたりする。


 死んでしまったらそれまで。来世で再び会おうなんてどれほどのロマンチストでも夢想しまい。言葉で言う程度で本気でしようとは思わないし思えない。昔話ではよくよく黄泉の世界とか地獄から帰ってくるものはあるが、あくまで死んだ側の人間が戻ってくるだけで生きている側の人間が輪廻転生に呑まれて再会するなどそうそうない話である。

 火の鳥とかで似た話が有ったような気もするけど。火の鳥は何でもありだしな。

 

 淵という火の鳥もかくやというべき超越している存在だからこそ成し得た埒外の奇跡ではあるが、驚愕こそすれその驚愕をなんと表すべきかなど僕にはわからない。

 

 驚天動地し号哭に崩れ淵を抱きしめてめぐり逢いの奇跡を喜び称えるべきなのかもしれないが、如何せん自分が転生したことも含めて実感というかあまりにもキャパを超える出来事が起きすぎていてリアクションに困り果てているのだ。

 淵が僕のために文字通り命を賭してやってきたのだから僕も何らかの形でそれに応えたい。

 僕は鈍感難聴ハーレム主人公ではないので(どちらかといえば人の好意はよくわかる方であり、悪意の方が疎い)淵が僕に対して単なる主従の忠誠心だけでここまで追いかけてきたなどとは露ほども思っていない。思ってはいないのだが……。


 僕にとってはもう十五年と死後のあれこれを挟んだ大分昔の話なのだ。

 過去の出来事。

 歴史と言ってもいいほど感動と実感がない。


 淵の声は覚えているが、淵をしっかりと黙視するまで僕は明確には思い出せなかった。

 あれ程近くにいて、周りの中では間違いなく最も個性的であったはずの淵を僕はあろうことか忘れていた。


 いや、逆に問うけどさどうやったら死んだあと転生して十五年たってからも前世の人物(淵は悪魔であるが)との思い出やら人柄やら顔や容姿を明確に覚えていることができようか?


 見れば思い出しただけ、僕は覚えている方だと胸を張って言いたい。


 異世界転生した人間が十年ぐらいたった後に前世の人間と再会する話は少なくない程度にはあるけれど、皆々やけに記憶がしっかり保たれているものだと関心する。僕は忘れた。

 完全に忘却の彼方ではないが半分以上のことは覚えていない。

 

 都木萩としての記憶は僕の中では他人のアルバムを見ているような感覚で思い出され、今の僕であるクロハ・グレイとしての記憶が主体となっている。

 僕の幼少期はあくまでクロハとして生まれて生きてきた記憶であり、萩はもう一人の僕みたいな感じで記憶として知識として残っている。


 都木萩もクロハ・グレイも同一人物と言えば否定できないけれども、現在の僕はクロハ・グレイとして生きている。


 だからこそ難しい。僕はどうやって淵の思いに応えるべきなのか。

 ここまで駆けつけた淵に。

 声を震わせて泣いた淵に。

 僕はどう報いればいいのだろう。


「――今日中にこの拠点の荷物をまとめてここを発つわけだけど。淵、あとどれくらい魂が残ってる?」


 淵と僕が過ごした日常のその殆どが魂の回収に充てられていたといっても過言ではない。淵の能力は優秀であるが車のガソリンの如く魂を消費する。車よりは燃費はいいがガソリンなどよりも入手は遥かに困難である。

 

 エコではあるけどね。

 魂自体は有り余ってるし。


 淵曰く魂それ自体には貴賤や価値の差はなく一定であるとのことだが、量や質に関して言えば生き物や個体によってかなりの差があるようである。そしてその魂の量や質(密度と言い換えてもいいのだが)を見極めるのは実際に魂を手に取ってみないと分からないとのことで、実際に生き物を殺してみないと分からないそうだ。これは善悪や才能の有無や霊や神仏に好かれるなどといった特殊なステータスを度外視して、淵が燃料として魂を見定めている結果なのでその生き物の行い等は関係ないらしい。つまるところいっぱい生き物が死ぬところに行けばいっぱい確保できるとのこと。戦争、紛争地帯はもちろんのこと、ホスピタリティや発展途上国の病院、災害や大規模な火事が起きた現場、払い屋の仕事場、死霊術師の工房などなど。色々巡ったけれどもどれも一長一短であり同じ場所に続けていくのも不審がられてしまうので時と場合を鑑みて選んだりしていたものだ。え? そもそも淵の能力を使わなければ魂を集める必要もないって? その通りで最初は事なかれ主義で通していたのだけれども、立場故か祖母のせいか或いは見た目が貧弱そうだから僕はよく命を狙われた。その度に淵が一切の禍根を残さず襲撃者を排除するのだけれどもその数が減ることはなくむしろ増えていく一方。結果週末は旅行気分で魂を集めに行くという我ながら気狂いじみた真似をしていたのだった。


『現状、私自身の魂しかありません。現地調達を行えば戦闘可能です』


「あー、やっぱり使い切ってしまってるか」


『……主に航路の特定と魂魄化、そして新たな肉体の生成と定着に使い果たしてしまいました。申し訳ございません』


「謝ることはないよ。寧ろそれだけで済んでよかった。本当に会えてよかったよ、淵」


『……ありがたき幸せ』


 淵は再び俯いて震え出す。


「暫くは戦闘を避けた方がいいか。できるだけここで敵対したくないんだよね。獣を狩るのも目を付けられそうだし――いっそのことこの森を出ていくかな」


 ワンダの部族の領地から抜けて他の部族が入植していない空白地帯にでも住み着ければベスト。小競り合いが続く他部族との緩衝地帯とかでもよし。

 何しても何も言われない土地に住み着ければそれでいい。


「淵、魂を収集するまでは僕の体に憑け。力を使うときも僕の魂を使え。出力は十分の一でもあれば十分だろ?」


『百分の一で事足ります』


「へ?」


『先ほどの豚ども程度ならば現状の全力の百分の一程度の出力でも余裕をもって対応できるかと』


「いやいや、いくら何でもそれは無理だろ? 淵一人ならばどうとでもなるだろうけど、

僕はあの戦闘民族を目の前にして大立ち回りなんてできないからね?」


『何も問題はありません。我が主は私が守り、主の敵は私が排除するだけ。何も心配などいりません。我が主、ただ私に命令すればよい。|やれ≪殺せ≫と』


「…………。」


 何だか知らないがやけに淵さんが殺気立っていますね。

 これは僕や淵の心配よりもワンダの皆を心配した方がいいかもしれない。


「分かった。なら淵は百分の一の出力のみで敵対するものを制圧しろ。殺してはいけないが圧倒しろ。僕らに二度と楯突かぬよう完膚なきまでに叩き潰せ」


『承りました』


 仰々しく跪いて淵が頭を下げる。

 前世の時からそうではあったが淵は所作が大げさで中世ヨーロッパみたいな主従関係を彷彿とさせる。


「ああ、あともう一個命令≪オーダー≫追加で」


『はい、なんなりと』


「髪型はツインテールに変更すること」


 眼鏡ツインテールメイド秘書悪魔。

 あと巨乳。


 属性マシマシで。



◆ ◆ ◆ 

 どこかにツインテニーソ眼鏡金髪巨乳術死秘密結社系ドジっ娘というマシマシ属性がいた気がするけど、僕の日常とそれらのあれこれは全く関係ありません。個人的にツインテ眼鏡がツボ。


 と、どうせ淵と再会できたのだから平和なうちに淵の着せ替えショーでもして楽しもうと画策している僕とそんな僕の趣向に一切の文句を言わずに付き合ってくれる淵(ツインテ眼鏡秘書メイド悪魔)は現代日本風に言えば夜逃げ(現代日本で夜逃げという言葉はまあ聞かないけれども)、別名蒸発の準備をせかせかと行い、十五年間の新たな人生のうちの三分の一程度を過ごした住まいを片付けていた。片付けるとは言っても時と場合によっては戻ってくる可能性もあるので道具類はある程度残したままにして置き、生ものや交易材料になりそうな毛皮などは持っていくことにしている。実際、ナイフと罠の材料と数日の食料さえあれば生き抜くことはそうそう問題なく、一番の懸念材料である護衛手段が淵という核ミサイルよりも抑止力となる戦略級兵器(軽く世界を滅ぼせるのでワンサイドゲームがほぼ確定なのだが)を保有しているため安心を超えた余裕感すら出てきている。黄金色をした髑髏のヒーロー並みの安定感である。


 じゃあそんなことを描写している暇があるのだったらとっとと夜逃げシーンまで場面を映してしまえよと言われそうなものだけれども、拠点外の道具や干してある毛皮類を片付けて中にあるいくつかの道具を持ち運ぶだけだなーと拠点内に入ったときのこと何かの生物が拠点内にいるような気配を感じたのだった。急遽淵と合図を交わし淵と一体化することで(他意はない。鎧を纏うイメージ。これが一番安全です)中に入ることを決行した。中に何がいるのかは確かに気になるが淵がいるだけで怯える要素が何一つなくってしまうあたり、僕も相当淵に対して信頼的な依存をしているんだなと実感する。前世で危ない橋を渡るときはおんぶにだっこではあったからあまり気にしてはいない。なんとなしにヒモという単語が頭をよぎるが似て非なるものというか、残機が無限にある安心感と常に無敵バリアが貼ってある安心感のような差はある。どちらがいいかは人次第。


 と、拠点の奥へ進むと住居スペースである塒≪ねぐら≫につく。場所としては少しだけ広い空洞があるだけで、適当に敷いた草木を布団代わりにして近くに保存食の干し肉を置いてあるだけの簡素なつくりになっている。入口から若干朝日と月明かりが差し込むため時間は把握できるつくりになっている。


「…………。」


 何かいる。

 見た感じでは何もいない、けれども僕ではなく淵の瞳を介して伝わってくる情報には何者かはここにいるという結果を現している。

 気配の隠蔽か、視覚の阻害か、或いは認識から消えているのか。

 いずれにしても淵の前では無力なので動揺することはない。

 ただ、姿を消すなどというまどろこっしいやり方しているので少なくとも脳筋一筋のワンダではないと僕は判断した。

「淵、やれ」


『了解しました』


 決断は迅速に。

 僕は命令を下すだけ。

 淵は僕の契約下においてはどれほどの使い魔よりも優秀で利口であり使い勝手がいいため僕は淵の行動を決定してあげるだけでいい。

 なんせ淵は何が来ようと負けないし何が起きようと僕を守れる。基本的に緊急事態という単語と縁がないのが淵なのだ。後出しで必ず勝てるそんな恐ろしいワイルドカード。負けた勝負すらも引っくり返せるので焦る必要すらない。

 ま、僕は死んだわけだし淵にも何かしらの弱点というか対処できないことはあるがそれはそれ。


 僕が察知できる程度の外敵に負けるとは思わないけど。


 淵は命令と同時辺りに飛び散った。

 黒い液体のようなものが飛散し広がり拠点内を覆い尽くす。

 音もしないし匂いもしない。

 数秒した後に何やら手のひらぐらいの大きさの青白い光塊が拠点内に浮かび上がり僕の右目に映り込む。


『終了いたしました。これいただいてもよろしいですか?』


「……ちなみにワンダの人じゃないよね?」


『皮鎧と弓を携えた獣臭い成人男性のような身なりをしていましたが、よろしかったでしょうか?』


「あー、多分大丈夫。記憶はしっかり抜き取ってる?」


『ええ、おおよそ二十二年分の記憶を保管してあります』


 享年二十二歳。この世界で初めて会う男性は顔を見る前に魂となり果てました。

 


 ま、不法侵入は仕方ないよね?


 にしてもいったいどこの誰でどうやってここに入り込んだのか。

 

 僕は少しだけ興味が出てきたので夜逃げの最中にでも淵に話を聞こうと考えつつも、当初の目的である拠点の撤去作業を再開した。

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