第4話 歪んだ悪魔
彼岸淵。
僕が名付けた
真名は不明で、正確な姿かたちも分からない
もともとは僕の祖母の使い魔であったが僕が都木家本元を離れるにあたって僕の護衛に祖母がよこした悪魔。
能力は不明を操る能力でタイプは万能型。
祖母の使い魔でありながら祖母が使いこなせていなかったほどの実力を持つヤバい奴。
能力は科学や魔術といった既存の学問では説明できない何らかの何かを操る、クトゥルフ神話らしき何か。SAN値は当然削れる。
万能型のタイプでありながら格闘型に格闘で殴り勝ち、魔術型に魔術で打ち勝つスペックを持っており、彼女(一応。性別はない)に相応しい名前がないため
彼女の欠点を挙げるならばスペックが高すぎるゆえの燃費の悪さ。
契約時必ず魂を要求し、力を発揮するたびに魂を一つ捧げなければならない。1日1個は人の魂を必要としていたので結構大変だった。前世ではテロリストが活動する地域に行ったり内紛している地域に飛んだりといやな海外旅行をしたものだ。魂自体はストックができるようで、取り込んでおけばため込めるらしい。取り込んだ時点でその魂が輪廻転生することはないようだが。
良くも悪くも僕の身の回りの中では親族含めて一番僕の話を聞いてくれる者だった。
契約には絶対的に従うようで、逆に契約以外のことは大抵無視される。
良好な関係を築けたのはあくまでもお互いの暇つぶしに会話したりボードゲームをしたりしていたからだ。
悪魔ゆえに僕以外のことに関して基本無関心であり、僕の敵に対して容赦をせず、人の命を軽く見ている節がある。優しくないのではなく優しさをかける相手がかなり限定されているという感じ。
何にせよ僕はそれが契約によるというものだと分かっていながらも、表面上従ってくれることに対して信頼に似た何かを感じてしまっていた。向こうからすると僕がどういった主に映っていたのかは僕にはわからないが少なくとも僕は無茶な命令や嫌悪をさせる行為はとらないように自戒していた。相手は悪魔の中でも格の違う大悪魔とも呼べる存在。少し間違えて契約違反でもしてみたら一瞬で消し炭になるのは目に見えていた。
僕はその偽りの信頼を心地よく思えてしまっていたし、淵の方も特にこれといった不満を見せておらず、時折見せる笑顔は大人っぽい淵の人間の女性姿からするとギャップのある乙女のような笑顔で可愛らしかったことは前世の記憶でありながらも鮮明に覚えている。
なんだか気持ち悪いな、僕。
まあ、僕と淵は主従関係で僕としては親友かそれ以上のなにかだった。
それだけの――はず。
『――それでは我が主。契約に従い主に害をなすもの
僕の背後に立つ淵は右手で僕を抱き寄せるように抱え、左手でワンダの女帝の拳を事も無げにつかんでいる。
淵の声は低い女性の声で、そこには一切の緊張はなく感情がこもっていない。
しかし聞くものすべてを恐怖させるような悍ましい声であり、いるべきではない存在を見てしまった不安感と頭の中で膨れ上げる狂気に対する警報がその声に威圧が含まれているようなものだと錯覚してしまう。
淵の本気の威圧はそれこそ聞くだけで全ての生物が怯え逃げまどい発狂するので、これは日常会話をしている雰囲気と変わりないと僕だけは知っている。
「……淵、えっと、なんだろ……久しぶり、かな?」
僕はなんて声を掛けようか迷い、けれども予期しない再会に果たして何と言えばいいのかなど分からず、感動的な言葉も綺麗な文句も何も思いつくことがなく、口から出たのは平凡な再会の語句。
涙しながら言いたいことがあるはずなんだけども、死んだ後もまた出会えるなんてそんな奇跡を僕は想像できなかったわけで。だけれども思いを伝えたいという気持ちだけは募っていた。
こんな言葉じゃ、淵に笑われてしまうだろう。
『……ふふ、お久しゅうございます。愛しき我が主。最果ての先、地獄の底のさらに奥、深淵の始まりより御身のもとへとはせ参じました』
案の定淵は笑い僕の顔の隣へ自身の顔を摺り寄せる。
僕を抱える右手は圧力こそ少ないものの身動きが取れないほどしっかりと抱えられ、ワンダの女帝の拳を掴む左手は女帝が拳を放った体勢のまま一切動くことができないよう拘束している。
一切の余念がなく、油断もなく、完璧な立ち回りを見せる淵に対して僕は一抹の違和感を覚える。ここまで淵は用心深い性格だったか。彼岸淵はもっと超越的でありそれ故の絶対的強さと余裕があった。なんだもしかして――
「……なにものじゃ?いや、何だ?人ではない、ましては生き物でもない。魔物や幽鬼にも程遠い。いったい何だ?」
僕と淵の一時の逢瀬、久々の会話、或いは他愛ない雑事。
そんな些細な出来事を妨げたのは、ワンダ一番の強さを持つ女帝であるバーネット・デイ・ウォーリア。
周りの戦士たちは皆淵の放つ雰囲気に戦いているにもかかわらず、女帝はいつも取らない態度のまま恐れることも慌てることもなく堂々としている。
『……ああ、愛しき愛しき我が主。私に
淵は淵で全く女帝のことを気にせず、見向きもせずただただ僕に寄り添う。
懐かしい感覚。
淵は一切合切のことに興味がないが、ただひたすらに僕を守ること専念していた。
しかし、ここまで必死ではなかった。
淵にとっては全てが片手間で終わる範囲内の些事であり僕にここまで執着することもなかった。
「淵、落ち着け。君がいきり立つような状況ではない」
「なるほどのう。それが其方が今まで生きてこれたカラクリか。得体は知れぬが強い存在であると分かる。かような存在を従えていれば生き抜くことなど容易かろうよ」
女帝が何かを勘違いしたかのように頷く。
いや、僕はちゃんと一人で五年間森の中で生きていましたよ?
「いえ、これとは今さっき出遭ったばかりで――」
『我が主との絆は永遠。前世も現世も来世も。さあ、命令を。私に御言葉を』
「しかし興ざめじゃな。一人で生き抜いておる逞しい男がいると聞いて訪れてみればこんな奴に守られながら生きている情けない奴だとは」
まあ、それは否定しない。
淵とは前世の縁だけど、前世はとことん守られっぱなしだったし。
見下されるのもいつも通り。
舐められるのもいつも通り。
貶されるのもいつも通り。
情けないのもいつも通り。
――ただ、淵をこんな奴扱いされるのは少し気に障った。
「淵、
『――かしこまりました。我が主』
静かに淵は首を垂れる。
どろりと、人の形を崩し、淵は僕の体を取り込むように纏わりつく。
既に生物の枠を超えたその動きを見せ、見るもの全てを震え上がらせる悍ましさ。
本能的に生物はその存在を許しておけず、全身が蛆蟲に集られたかのような生理的な嫌悪を感じる。
祖母がそんな風に称していた。
魔術とか超能力とかそういった
常人には到底扱い切れず、悪魔の専門家も歯が立たず、人知を超越的しているものでも発狂しかける。
淵とは確か、そういった存在。
そんな淵が僕のことを何に変えても守ってくれる。
前世では当たり前だったこと。
今の僕に果たしてその権限があるのかは知らない。
それでもまあ、淵が僕のことをもう守るべき存在として思わなくなっていたとしても、前世のときの淵とは変わってしまっていても、それで僕が死んでしまっても、
淵ならば別にいい、許せる。
僕を守るために僕に淵がまとわりついたため、ワンダの女帝バーネットの拳を放してしまっている。
女帝はそれを見逃さず音もせず僕の目では追うことのできない速度で後ろへと下がる。
僕は僕でその行動を見逃さなかった。
女帝の淵に対する警戒で容易には攻勢に移れない、僕は淵の圧倒的な防御のおかげで周囲も女帝も気にせずに行動できる。その差を利用する。
先ほどから用意していた対格上用秘密道具の一つ。
淡閃石と臭塵草をボール状に固めたもの。
淡閃石は魔力を流すと一時的に発光する石、臭塵草は刺激を受けると強いにおいを放つ塵を飛ばす植物。
これを思い切り魔力を流したまま地面に叩きつけるとどうなるか。
強い光と臭い、そして煙が舞う。
いうなればスモークグレネードと催涙弾とフラッシュバン。
「では皆さん、さようなら――」
一人でも生き残るコツは一つ、勝てなければ戦わなければいい。
僕は地面へとそれを投げつけ、辺りは閃光に包まれた。
◆ ◆ ◆
「――逃げたはいいものの、流石に集落の近くに居つくわけにもいかなくなったなー」
結局逃走していつもの拠点まで戻り、一息ついているものの心中は穏やかではなかった。
逃走が成功した理由は二つあり、一つは淵という不確定な要素があったためワンダの戦士たちが動くに動けなかったこと、二つ目は格上用秘密道具の効果で身体能力が高く嗅覚視覚が鋭敏すぎるワンダの戦士は、真っ当に追跡することができなくなるということだ。しかしながらどうしようもないことにこれらの要素は一時的にしか効果をなさないものであり、恒久的には通用しない。
荷造りをして何処かに拠点を引っ越す必要がある。つまるとこ夜逃げである。
ま、今五体満足で生きていることを喜ぶべきであり、女帝の拳が僕に向いた時点で死んでおかしくなかった。女帝の拳が恐らくは手加減されたものであったとしても、女帝に拘束されれば間違いなく今程の自由な暮らしは出来ない。死にたくないけど、身の安全が保障された不自由な暮らしがしたいわけではない。自然の中でのサバイバルはワンダで少し鍛えられればたいしたことがない。安全とかいい暮らしとか望んでいない僕としては死の危険を冒してでも欲しい自由だったわけで。
こうして逃げ切れた幸せを噛みしめてあまりネガティブにとらえることは止めよう。
寧ろあの戦闘民族の更にトップが集まった場所で囲まれながらも逃げおおせたことを誇りに思うべきではないのだろうか。
『……我が主、我が主。愛しております――』
「そして目下の問題はこのメイド秘書悪魔なわけだが……」
眼鏡を掛けたメイド服姿で手帳のような何かを持つ悪魔がそこにはいた。
「久しぶり、かな。他に何を言えばいいのか、分からないけど。……また会えて嬉しい、淵」
『……お久しぶりです、我が主。再び貴方にお仕えするため世界を超えて参りました。万感の思いが溢れるばかりです』
仰々しい態度で淵が跪く。
僕との再会までに果たして淵に何があったのか。
それは僕には分からない。
僕が知っていること、それは僕が生きていたときのこと。
今の淵のことを僕はどれだけ知っているのか。
それでも、そうであっても、僕は淵を受け入れなきゃいけない、受け入れたい。
「淵……もしも、もしもよかったら、また僕と契約を結んでくれないだろうか」
僕は昔、なんと言って淵と契約を結んだのか。
前世のことなど聡明になど憶えていない。
僕が死んでから何年たったのか。
僕が生まれ直すまでに何年かかったのか。
この再会はいったいどれだけの隔たりを経て成した再会なのか。
淵のもとへ近づいて同じように膝をつく。
淵の赤い目をしっかりと見据える。
『……喜んで』
淵が僕の手を握る。
淵の体からしみ出すように溢れた黒い何かが僕を取り込むように引き寄せていく。
体に沁み込んでいくようで、体が溶かされていくようで。
まるで捕食されている様な。
…………。
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