第2話 戯言と幻聴

 夢か現か分からない、右目に移り込んだ光の塊を見た後、二度寝するかのように寝落ちして目覚めると既に朝日が昇っていた。住処の洞穴を出て確認すると太陽はまだ東の空を少し昇った高度に位置しており、夜が明けてからまだ幾ばくも経っていないようだった。

 朝早く起きる必要はこれと言ってないのだが、日の出ているうちにやっておいた方がいいことは幾つもあるので、必然早起きの方が損か得かで言えば得だった。

 とはいえ、割と安定した生活を送れている僕にとっては早起きして朝からせっせと狩りやら採取やらその他の用事に努める必要もなく、早起きできるときは早起きをして早起きが早起きができないときは早起きをしない。そんな生活をもう三年近く送っている。問題としては将来の展望が何一つないというところだ。自給自足な日々は安定してくるとやることがなくなる。夢もなければ目標もない今の僕には、余裕をもって毎日を生きることは出来ても成長をし大成するなんてそれこそ夢のまた夢だった。

 アマゾネスであるワンダの一族の中で大成するなどということはどうあがいても無理ではあろうが、だからと言って他に何かしらの道があるわけでもなく、成りたいものやりたいことなどが一切今の僕には無かった。――いや、前世の僕にもそんな大志があったわけではない。

 欲がなかったわけではないし、ぼんやりとした将来への願望はあったが、自身の立場に甘んじて大きく動くことも日々積み重ねることもしてこなかった。それでも曲りなりに高校まで生きてこれたのはそこそこの頭脳をもった体で生んでくれた両親と、ほぼ保護者の代わりとなって追放された後も援助してくれた祖母と、祖母の使い魔で身の回りの世話や護衛を行ってくれた悪魔のおかげではある。

 何かを成さぬにはあまりにも長いが、何かを成すにはあまりにも短い。

 『山月記』ではそんなことを嘯かれているが二度目の人生のうちの十五年を使い切ってしまった今の僕にとっては既に何かを成し遂げようとかいう気概は湧かず、だからと言ってだらだらと生きていくにも、娯楽に乏しく張り合いのない毎日は酷く退屈でどこか寂しいものもある。

 それは多くの男子が思春期に思うテロリストが学校を襲撃して占拠しないだろうかなどといった荒唐無稽な妄想を抱くようなもので、所謂ところの非日常への憧れに近い。前世では立ち位置としては異能力を持つ家系に生まれるという、よくよく思えばおいしいポジションであったにもかかわらず、ただ漠然と流されるままに行動を何もせずに生きていたら突如として人生の終焉を迎えてしまったわけだ。

 これはなんとも前世の焼き直しに近いのではないかと僕は思った。

 だらだらと時間だけが過ぎていく日々に自身の境遇に甘んじて何も為さずに流されている今日この頃を鑑みるに、恐らくまた唐突な幕引きにによって僕はあっけない死を迎えるのかもしれない。

 それを嫌だと思う自分と、それでもいいやと思う自分がいる。

 二律背反。

 つまりどう転んでも自分は余り悔んだりしないのだろう。

 成功も失敗もそこまで興味を引き立てない。

 まあこの考えが死ぬといったところにまで及んでいる辺りが、実際に死んだ弊害かどうかは知らないが自分自身がずれていると言えるところなのだとは思う。

 

 そんなわけで今日何するかなど碌に決めもせずに一先ずは顔でも洗いに行くかと川へと歩く。

 洞穴よりすこし北側。ワンダの集落が使う場所よりも上流で彼女らと顔合わせないで済むため使い勝手がいい。


「――待っていたぞ、クロハ」


 胸にまかれた晒のような布地に毛皮を使った腰巻だけの一年中を通して熱帯気候が保たれるこの地域でなければ成立しない衣装を着た褐色肌の体つきのいい金髪の女性が、いつも僕が使っている川岸の手前で仁王立ちをして胸の前で腕を組んで待ち構えている。

 ギラリと光る瞳は虎のようで、僕よりも頭一つは大きい長身でほそっりとしたモデルに近い体型でありながらしっかりと筋肉がついている。

 帯剣をしていてここらじゃ珍しい鉄の曲剣に背中に弓を背負うありふれたイメージしやすいアマゾネスの格好をしている。


「やあ、五年ぶりかな。ローズ姉」


 彼女は僕の実の姉であり、ワンダの二十の大戦士の一人であり、僕に集落の追放を言い渡した張本人である。

 正直言って少し遠くから彼女の姿は把握できていてその時点で僕が気が付かれていることもまた分かっていたので、下手に逃げるような真似はせず違っていたらいいなという甘い願いを抱きながらも警戒しながら近づいていった。

 ワンダの集落の中で長や祈祷師の次に偉い地位であり、実質的な発言権はトップに位置する大戦士の一人が僕の姉であるローズマリア・グレイ。

 超人的な戦士の一人であり集落の中でも五指に入るほどに強い。


「……お前はまだ、私のことを姉と呼ぶのだな」


「集落は追放されたけれど家族の縁を切ったわけではないからね。まあ、そっちが切りたいのならば切って結構だし、姉と呼ばれたくなのならば二度と呼ばないよ」


 意外そうな顔をして仁王立ちのまま離す姉に対して、僕は嘯くようにきりかえす。

 姉が僕に対してどういった感情を抱いているのかは知らないが、姉はあくまでも姉でありそれ以上以下の関係性はないし、思い入れも特にはない。

 向こうからすればこちらは出来損ないのしかも男であり、厄介者の邪魔者であるため恐らくはよい印象など何一つ持ち得てはいないのだろうとは憶測する。


「そのままで構わない。……いや、そのままがいい・・


「そうかい。――それで、こんなところに何の用?」


 僕は敢えて尋ねる。

 僕を待っていたとは耳にしたけれどその先を促すために質問する。

 

 ローズ姉は基本的には寡黙な人であるため問わなければなかなか話してくれない。

 受け答えははぐらかさずにする人なのできっちり質問すればちゃんと応えてはくれる。


「お前を待っていた。私はお前を集落へと連れて行かなければならないからだ」


「僕を、かい?またなんで。僕は追放された身だぜ」


「帝(女帝)がお前を呼んでいる。理由は知らん」


「へ?」


 ワンダの女帝トップがまたなんで。


 ◆ ◆ ◆ 


 女性だけの部族ワンダは僕が追放された集落以外にも森の中にいくつかの集落がある。

 その中でも俺が追放されたところは人数こそ少ないがワンダ全体でも二十人しかいない大戦士が四人も所属している集落である。女帝の住む集落は森の中で最も規模の大きな集落であり大戦士の数も武器や食料も最も豊富にある。

 女帝はそのワンダの集落を全て率いることのできる権限を所持しており、基本的に女帝の命令は絶対であり従うほかにない。女帝は五年に一度ほど開かれるワンダ全体の大戦士を集めて殴り合う(競い合うではなく)祭りの優勝者に送られる実力者の最たる証であり、その結果文句なしで実力主義のワンダでは女帝の命令に従うという構図が出来上がる。

 ヤバいほどの脳筋社会、怖い。


「帝(女帝)はなんでこんな辺鄙な集落へと訪れたのさ?」

 

 ローズ姉に連れて行かれながら(強制連行)、僕は情報を抜き出してみることにする。

 ローズ姉は頭は悪くないけど基本やれと言われたこと以外やれないタイプの人間なので、色々聞きだすと簡単にぼろが出る。

 寡黙なワンダの戦士ほどこういった傾向が多いと思う(僕調べ)。

 ワンダの部族の女性は基本的に二つのタイプに分けられてお喋りでサバっとしている姉御肌か寡黙で落ち着いている仕事人のどちらか。偶にやべー奴いるけどそれは一人しかいないから保留。面白いぐらいこの二つに分けることができ、面白いぐらいこの二つしかいない。そしてどちらにしても脳筋。やべー。

 脳筋だからからめ手に弱いとかは全くなく、卑怯な手段を使っても力か技か予期できない爆発力か冷静な洞察力かで突破されてしまう。最終的に相手にしないが一番楽だということに気が付いてからは僕はいつも不戦敗していた。懐かしい話だ。絡まれたら食料差し出して逃げろ。


「視察と近頃森の外に魔物の群れが頻繁に出現しているらしい。それの対応でいくつかの集落から戦士を引き抜く」


「なるほど。ローズ姉も行くの?」


「……母さん次第」


 じゃあ無理だ。

 ローズ姉は集落の中では大戦士としての強さは最も低い。故に最も発言力が弱い。母さんは集落で同率一位の猛者。やべー。こういった脳筋なシチュエーションはワンダの一族大歓喜なので強い戦士がこぞって機会を奪っていく。他の集落なら一人ぐらいしかいない大戦士が必ず行くのだがこの集落は大戦士四人で、集落内の掟で大戦士一人は残らなきゃいけないからローズ姉さんがいつもその貧乏くじを引いていた。

 心なしかローズ姉さんの表情が曇っている。

 この話題振らなきゃよかったかな。


「何人ぐらい連れて行くの?」


「大戦士二人。大戦士一人につき戦士十人」


「奴隷とか含めて三十人ぐらいか」


 百人近くしかいないのでまあまあの人数が引き抜かれることになる。


「人が足りなくなるんじゃない?」


「大丈夫、今は人も増えた」


「ふうん、そーなのか。よかったじゃん」


「うん、赤子が皆元気。クロハのおかげ」


「なんかしたっけ? 記憶にないけど」


 そんな大したことは事はしていない。

 いくら現代人だからって育児の経験や知識は殆どないので特に何かをした覚えはない。


「クロハの世話した子みんな元気。強くたくましい戦士になる。皆真似をした。赤子みんな元気でたくましく成った」


「そうなんだ、それはよかった」


 何をしたっけか。妹とか隣人の赤子の世話ぐらいはしたけれども。精々衛生に気を配り部屋を清潔にして風邪をひかせないように温度を一定に保ったぐらいだが。


 赤子を死なせないように最大限に気を配りはしたが、その程度のことしかしてないけどな。

 その程度で死亡率が下がったのならばまあいいか。

 悪いことではない。


「着いた」


 と、ローズ姉が言う。

 目の前には木で作られた大きな門。

 これが集落の目印で柵や堀など何一つなくこれ以外に目印がないのがワンダの部族の特徴である。

 

 襲えるものならば襲ってみろ。

 獣が裂けて通るワンダの一族はやっぱりやばい。


 門を抜けて集落の中へ。

 縄文とかの時代はこういった家だったのかと思うような小屋がいくつも並んでいる。

 日本とかと違うのはツリーハウスがごく当たり前にあることぐらいか。

 

 少し前に交易で訪れているので別に目新しいものは特にない。

 女帝の連れてきた戦士らしき人がうろついていたことぐらい。

 それらを抜けて少しもしないうちに目的地が見えてくる。

 

 出雲大社を思わせるような大きな建物。

 これは村の長が代々使う住居で神殿や集会場、他にはお偉い来客を宿泊させる場所にもなっている。


「…………。」


 正直あまりいい思い出がない場所でもある。

 追放処分を言い渡された場所でもあり、厄災を呼ぶ可能性があるとして僕が死刑宣告をされかけて議論になった場所でもある。


「行くぞ」


 躊躇して足を止めていた僕をお姫様様抱っこ(抵抗をさせないための処置。ワンダ的には人を運ぶ自然な持ち方)をして、僕を建物内へと連れて行く。

 

「それにしても……」


「なんだ?」


「いや何でもない」


「そうか」


 僕の言葉に反応するローズ姉。

 今のはローズ姉に言ったわけじゃない。


『――愛しています。愛しています。我が主』


 ずっと僕に熱烈なラブコール囁き続ける君は一体誰だい?

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