4:道に迷えば屑が儲かる? 03

「ゴレモラサ人の船から、撃たれました。幸い被害はありませんが、こちらへ逃れてきた次第です。記録されていませんか?」

 こちらの記録データを送りつつ問いかける。

 しばらくの沈黙。

『記録は確認した。ただそなたら炭素系生物は助けられん。後々問題になる』

 向こうからの返事は予想されたものだった。

 この銀河では、炭素系と珪素系はすこぶる仲が悪い。似て非なる点が多すぎて、何かと衝突を繰り返している。

 だがそれを乗り越える切り札が、エルヴィラとイノーラにはあった。

「その件は承知しています。ですが私たちは、ベニト人のドドアムキヴに助けられた、例の『二人の地球人』です。どうかまたお助けを!」

「なんと、本当か?!」

 切り札の効果は絶大だった。

 珪素系生命体の中では、地球人ペットの立ち位置は非常にややこしい。というのも「敵対する炭素系の下等さぶり」を表すものとして見られているからだ。

 もちろんだからといって、虐待されたりはしない。それは岩のように長命で堅牢な珪素系として、プライドが許さないのだという。

 ただエルヴィラたちの飼い主は少々変り種で、単なるペットととしてではなく、我が子のように扱ってくれた。そして銀河の高度な教育を与えてくれたのだ。

 この話が珪素系の中では、大変な美談として広まっていた。どうも「下等な炭素系がやったくだらない真似から、子供達を救い出した」ということらしい。しかも話が広がったあとは、地球人ペットを迎えて教育を与える珪素系がずいぶん増えたという。

加えて元祖とも言えるエルヴィラたちは、その後銀河市民権を取り、船を手に入れて独り立ちした。そのことが「炭素系の連中は、高い知能を持つ同じ炭素系の種をも虐待する」と――まぁ事実だが――され、「炭素系生命体の下劣さの証拠」として話の広がりに勢いを付けたらしい。

 エルヴィラとしては色々複雑な思いもあるのだが、ともかくこれを利用しない手はなかった。

「炭素系のゴレモラサ人から、追われているんです。助けてください!」

『了解した』

 思惑通り、今度は歯切れのいい答えが返ってくる。

『船団の中に入られよ。珪素系の名に賭けて、炭素系の暴虐から今回もそなた達を守ろう』

「ありがとうございます」

 これで一件落着だ。

 今頃ゴレモラサ人は歯噛みしているだろうが、こういう流れになってしまえば非は向こうにある。泣き寝入りするしかないだろう。

「イノーラ、あとは向こうの船団の指示に従ってね」

「了解です」

 エルヴィラたちの船は、ヨーヨーア人の船団内に導かれていった。

 指定された位置にほとんどの誤差なしで船が止まると、すぐに通信が入る。

 ガラスの破片を何重にも重ねて作った独楽に、何本ものガラスの紐をつけたような、妙にキラキラした生き物がスクリーンに映った。ヨーヨーア人だ。

 今もそうだがたいてい高速で回転していて、鞭のようなガラスの鱗付き触手でなぎ払われると、炭素系は大怪我どころではない。

「『二人の地球人』の片割れは、我ら同様数字に秀でていると聞いてはいたが……素晴らしい操船技術だ。賞賛する」

「ありがとうございます」

 イノーラが嬉しそうに返す。

「皆様の船も、素晴らしい定位置です。これだけきちんとした幾何模様を描けるなんて、皆様よほど数を理解なさっているのかと」

「炭素系にしておくのは惜しいな。そなたはとてもよく物事を理解している」

 姪っ子とヨーヨーア人の軽快な(?)やり取りを見ながら、エルヴィラは置いてきぼり感を味わっていた。

 珪素系の間では、数字に強いイノーラのほうが評価が高い。

 彼らはエルヴィラたちを育ててくれたベニト人はじめ、生きたコンピューターのような種族が多かった。だから地球で言う「理系」が優勢で、何でも数字が基本なのだ。

 もちろんエルヴィラも、その機転や駆け引きの上手さを認められてはいる。だが数字が苦手なせいで、イノーラに比べて評価は低かった。

 あの時は気づかなかったが、自由になりたかった理由の一つに、「評価されたい」というのもあったのかもしれない。そんなことを今更ながらに思う。

 重厚長大で論理と数式が評価される珪素系と、短小軽薄でスピードと機転が評価される炭素系。エルヴィラに向いているのは後者の世界だ。そして商売の世界の主力は、機転が利く炭素系だ。だから自分はこの道を選んだのだろう。

 もっとも自分の隠れた本心に今頃気づいても、後戻りなど出来ないのだが……。

「いずれにせよ、そなたたちを歓迎する。そして守ろう。それにしても、何故あんな輩に追われる羽目になったのだ?」

 ヨーヨーア人から問われて、姪っ子がこちらを見た。こういう交渉ごとは、やはりやりたくないのだろう。

 一息置いてエルヴィラは話し出す。

「この近隣にあるベテルギウスという星が超新星爆発を起こしたのは、ご存知ですよね?」

「もちろんだ」

 当然の答えが返ってくる。エルヴィラたちのように不慮の事故で遠方から突然来たなら別だが、宇宙を航行する際に周辺の情報を逐次チェックするのは必須事項だ。

「で、その超新星爆発があのゴレモラス人共と、どういう関係がある?」

 エルヴィラは、今までに起こったことをかいつまんで話し始めた。ここへいきなり飛ばされたこと、移住の仲介をしたこと、報酬として本来立ち入り禁止の第四惑星へ着陸を許可してもらったこと……。

「で、その際に私たち、とある座標を教えられたのです」

 詳細は伏せたまま、エルヴィラはそう告げた。

「それは何の座標だ?」

「分かりません。ただネメイエスにずっと言い伝えられてきた、とても重要なもののようです。だから行ってみようと思っていたところ、いきなりゴレモラサ人から言いがかりをつけられて、挙句に砲撃されてしまって……」

 やはり詳細が無いが、嘘は言っていない。

 聞いたヨーヨーア人がため息をついた。

「まったく、あの連中は。対価が必要なことをなかなか理解せん。まぁ炭素系だから、ルールが守れぬのも無理はないが」

 炭素系のエルヴィラとしてはカチンと来る台詞だが、指摘しなかった。それを言ってしまうと、「やはり炭素系だ」と非難されてしまう。

 本当はそんなもの炭素珪素関係なく、その人と種族によるはずなのだが……。

 そんな思いを抱きつつも、違うことをエルヴィラは口にした。

「ゴレモラサ人は、第四惑星におりたがってました。だとするとその惑星には何かあると思うのですが、どう思われますか?」

「おそらくそうだろうな。何かでその惑星に秘密が有ることを知って、狙っていたのだろう」

 見解がまとまる。

 ヨーヨーア人が訊いてきた。

「で、そなたらはこれからどうする? 当分は守ってやれるが、永遠には無理だ」

「それは理解しています。ですのでまず、その座標へ向かおうかと」

 瞬間、宇宙船の操縦室にかすかに羽音のようなものが響いた。ヨーヨーア人が興味を惹かれたときに出す独特の音を、集音機が拾って伝えてきたのだ。

 脈ありと踏んでエルヴィラは持ちかける。

「もし差支えなかったら、一緒に行っていただけませんか?」

 ヨーヨーア人の船団がなぜここに居たかは知らない。が、興味を示したなら可能性はある。

 炭素系のことをいろいろ揶揄していたヨーヨーア人だが、珪素系の中ではかなり高速で動くせいなのか、「軽率」なことで有名だ。ゴレモラサ人のようにキレて交渉のテーブルをひっくり返したりはしないが、よく好奇心に駆られて衝動的な行動をとる。

 それが岩のようなどっしりした種族が多い珪素系の中では、短慮で軽率と取られていた。

 ただあくまでも「珪素系の中で」であって、遙かに高速で動き衝動的に振舞う種が多い炭素系と比べれば、よっぽど深慮と言っていい。

(価値観の基準って、いろいろおかしいよね……)

 そんなことを思いながら、エルヴィラは交渉を続ける。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Space Shop! ~売られた地球を買い戻せ~ こっこ @kokko_niwa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ