4:道に迷えば屑が儲かる? 02
「通信、繋がります」
「分かった。あと、短距離ジャンプで行ける範囲に居る船団、探して教えて」
そうイノーラに頼んで、エルヴィラは姿勢を正した。
映ったのは、コンパスのような生き物だった。要するにゴレモラサ人だ。
相手に合わせた合成映像を送ったりという、ネメイエス人のような細やかな心遣いは感じられない。その彼等が口を開いた。
「我々が誰だか分かるな」
「申し訳ありませんが、分かりません」
思わずそう答える。交渉をいきなり決裂させる気はないが、こんな言い方をされると腹が立った。
「なんだと! 第二ソドム人である我等を知らないと――」
「そうは言っていません。ただそちらのお名前は伺っていないので」
適当にはぐらかす。
これがソドム人なら間違いなく問題にされて慰謝料を請求されるところだが、所詮はゴレモラサ人だ。あっさりと丸め込まれた。
「確かにそうだな、名前はお前に教えていなかったか」
「ええ。ですから分からないと申し上げました。それで、ご用件は何でしょう?」
慇懃無礼を絵に描いたような態度で、エルヴィラは対する。もっとも向こうは星からして違うので、そういった皮肉な態度は伝わっていないようだった。
「用件はだな、お前達が第四惑星で知りえたものを渡して欲しい」
聞きながら、ずいぶんと常識外れだなと思う。
何かほしいなら、相応の対価を支払う。銀河のもっとも重要なルールだ。なのにそういった交渉を全くせず、いきなり「渡せ」とは。
いずれにせよ、ほいほいと乗るのは面白くなかった。
「景色の画像でしたらありますよ。お売りしましょうか」
「誰がそんなことを言った!」
予想通り、いきなり相手が激昂する。
(商売ヘタだなぁ……)
ゴレモラサ星人はすぐ「キレる」ことで有名だ。だからちょっと挑発すると、すぐ交渉のテーブルをひっくり返す。
――それこそが狙い目なのだが。
銀河文明は交渉のルールを厳密化することで争いを回避しているから、交渉のテーブルをひっくり返した場合には何も手に入らない。それどころか持って行きかたによっては、賠償金騒ぎになる。
それをゴレモラサ人も分かっているはずなのだが、種族的に近視眼なのか、交渉が決裂することも少なくないとの話だった。だから逆手にとってみたのだが、大当たりだ。
「第四惑星の秘密を、と言ったのだ!」
「初耳です。あの惑星に、そんな売れるような秘密が?」
エルヴィラの言葉に、息を呑むような声を相手が上げた。こういう返答は想定してなかったらしい。
「綺麗な惑星に見えたので、ネメイエス政府に掛け合って着陸許可を頂いたのですが……これはもう一度調べないと。政府のほうにもきちんと言わないといけませんね」
「ま、待て!」
相手が罠にかかった。
「星系政府に言われては困る。そ、そうだ、金を払うから、我々を第四惑星へ降ろしてくれ」
「それこそ、星系政府に掛け合わないと。あの星は原則、立ち入りが禁止ですから」
エルヴィラたちがネメイエス政府に頼めば、あの英雄扱い振りからして、たぶん許可が出るだろう。が、頼む気はなかった。何故かはよく分からないが、「それをやってはダメだ」という気がするのだ。
たぶんゴレモラサ人はどこかに残った記録の断片から、あの惑星に「何か重要なもの」があると判断し、そこから出てきた自分達を狙っているに違いない。
「ダメだ、星系政府に知られてはダメだ!」
「……でしたら尚更です。ここは発生星系で、星系内のすべての権利はネメイエスに帰属します。なのに勝手なことをしたら、私達がどれほどの損を蒙るか」
ゴレモラサ人が黙る。
権利の境界を侵すのは、銀河文明ではご法度だ。だからこれを正論として出されたら、強要は難しくなる。それを承知の上での、エルヴィラの台詞だった。
そして彼等が黙っている間に、小声で地球語を使ってイノーラに話しかける。
(近くに船団、居た?)
(はい。六光年の距離にヨーヨーア人が。それから銀河第十五区商連社が十八光年のところに)
上々だ。これなら助けを求められる。
銀河第十五区商連社は、いわば商社だ。大規模に輸出入等をしていて、構成員も複数の星系から来ている。そしてもうひとつのヨーヨーア人は、珪素系生物だった。
エルヴィラからしてみれば、どちらを選ぶか明白だ。
(イノーラ、ヨーヨーア人の船団近くへワープ用意。あたしは交渉するフリして、時間稼ぐ)
(りょ、了解……)
意図が分からないのと、かなり危険なこととを頼んだせいだろう。姪っ子の声が震えている。
一方ゴレモラサ人は、哀願するような調子――翻訳機がそうしているわけだが――で話しかけてきた。
「もし我らの要望を聞いてくれたら、権利をやろう。だいたいのことは出来るぞ。船団が欲しいか? 交渉優遇権か?」
第二ソドム人を名乗るだけあって、出してきた条件はかなり魅力的だった。だがそういう利権をヘタにゴレモラサ人から受け取ったら、それをネタにどこでどう強請られるか分からない。
とはいえ、単に突っぱねても話が面倒になるだけだろう。
「そうですね……では交渉だけはしてみますから、その対価として、この船に銀河航行権を付与していただけませんか? たしかあれは、推薦さえあれば割と簡単に取れたかと」
銀河航行権というのは、各星系の領有宙域を申請なしで航行できる権利だ。地球で言うなら「ビザ免除」が近いだろうか。ただあくまでも「航行」が可能なだけで、それ以外のことは一切出来ない。
それでも持ち出したのは、簡単に取れる割に、エルヴィラたちには見返りが大きいからだ。
ソドム人をはじめ銀河の有力種族は「持っていて当たり前」なのであまり感じていないようだが、エルヴィラたちは銀河政府に加盟していない地球出身なので、この権利がない。だからどこかの星系へ行くたびに宙域外で申請をし、許可が下りるまで待機していなければならなかった。
それでも用事があって行ったなら我慢もできるが、目的地へのルートの関係で「ただ通りたいだけ」の場合は悲惨だ。酷いと何日も待たされた挙句、許可が下りないことさえある。
それが全て無くなるのだから、エルヴィラたちにはかなりの恩恵だった。
「ほう、そんなものでいいのか?」
尊大な口調でゴレモラサ人が訊いてくる。
と、イノーラが地球語で囁いた。
(おばさま、ゴレモラサ艦隊のエネルギー値が、おかしな動きをしています。何か仕掛ける気かもしれません)
予想通りだ。
(イノーラ、もう飛べる?)
(はい、いつでも)
準備が万全なことを確認して、エルヴィラはゴレモラサ人に返した。
「銀河航行権だけで構いませんよ、交渉するための対価ですから。成立した暁には、改めて別の報酬を頂きます」
「それは出来ないな。航行権を報酬に、何としても着陸許可を取ってもらおう」
同時に、ゴレモラサ人の砲門に灯がともる。
間髪入れずエルヴィラも叫んだ。
「イノーラ、ワープ!」
どうせこの攻撃は当たらない。何しろ他星系内で勝手に武器を使用したら、銀河連盟から厳しい追及を受けるのだ。
ただ抜け道はあって、一発だけなら誤射で押し通せる。その際に相手艦を撃沈するとまたややこしいのだが、それさえなければ厳重注意だけで終わりだ。だからそれを逆手にとって、一発脅して交渉を有利にし、後で誤射と言い張るヤツが居る。この船を買ったときから懇意にしている、偏屈な整備屋が教えてくれた話だった。
その種明かしを知っていれば、この一発は怖くない。
――もっともそれでも、ひやひやしたが。
ただ幸い予想通り攻撃は外れ、船はワープした。全方位スクリーンが一瞬暗転し、すぐに先ほどまでとは全く違う景色を映し出す。
ゴツゴツした感じの宇宙船軍が、ほど近くに停泊していた。
そしてすぐに、緊急通信が入ってくる。
『貴船の行動、航行協定違反であるぞ!』
即座に通信回線を開き、エルヴィラは返した。
「申し訳ありません、攻撃を受けているのです! 助けてください!」
協定違反になるような危険行為をしたのだから、文句が来るのは当然だ。ただこちらは、それどころではない。
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