4:道に迷えば屑が儲かる? 01

 惑星の滅亡の理由を知った数日後、エルヴィラとイノーラはこの星系を離れる事にした。

 もともと偶然に近い形で、宇宙蝶にこの星系へ連れてこられたのだ。本来から言えば、壮大な寄り道だった。

 ――思いもかけず大仕事を引き受け、惑星の調査までしてしまったが。

 とはいえ儲けられたのだから、万事問題なしだろう。

「いろいろ、ありがとうございました」

 例のネメイエス外交部の交渉担当に、挨拶をすると、満面の笑顔(合成映像だが)が返ってきた。

「移住先を見つけてくださったあなたがたは、我らにとっては救世主ですよ。これからも何かありましたら、遠慮なく言ってください。出来る限りの事はします」

 何やら背中が痒くなるような台詞を言われる。情報屋が「救世主」と言った時は半信半疑だったが、本当にネメイエスの救世主にされてしまったようだ。

「船の具合はいかがですか? 旅立つにあたって、足りないものはございませんか? 星系中の者が心配しております」

「あ、いえ、大丈夫です、はい」

 しかも話の内容からするに、数日の間にさらにに噂が広まってしまったらしい。

(勘弁してほしいんだけどなぁ……)

 これならどんな要求も通るだろうが、自分はそんなご立派なモノではないから、どうにもこそばゆかった。

「これから、お二方はどちらへ?」

「地球にでも寄ろうかと。一度顔を出しておいたほうが、何かといいでしょうし」

 本当はそんなつもりはないのだが、当たり障りの無いことを答えておく。

「そうですね、お二方は地球出身でいらっしゃるわけですし。宇宙図はございますか?」

「ええ、あります。ありがとうございます」

 まさに至れり尽くせりだが、やはり落ち着かない。早々に立ち去って、ほとぼりを冷ますほうがよさそうだ。

「名残惜しいのですが、できたら中継ステーションにも立ち寄りたいので、これで失礼します」

「これはお引止めして申し訳ないことを! 旅の幸運を祈っております」

 そこでやっと、通信は途切れた。

「つっかれたー! あぁもう救世主とかナニソレ」

 持ち上げられて悪い気はしないが、それにしたって救世主は無いだろう。

 自分は間違っても、そんな品行方正な人間ではない。単に商売のチャンスと見て挑み、モノにしただけの話だ。なのに救世主だなんて、どこをどう取ったらそうなるのか。

「いいじゃありませんか。これからネメイエスの方相手なら、取引が楽なのですから」

「そーでもないってば」

 この辺が交渉下手のイノーラだな、とエルヴィラは思う。

 いくら向こうがこちらに対して好意を持っているからと言って、一方的な取引ばかりしていればいつか破綻する。商売はそれではダメなのだ。好意を持ってくれている相手に対しても、サービスする。それでこそ長いお付き合いになって、儲けは大きくなる。

 だがこの辺の事をイノーラに説明しても、よく分からないだろう。彼女に理解出来るのは、数字で記述できるものだけだ。

「さ、行こうか」

 と、姪っ子から横槍が入った。

「本当に地球へ行きますの?」

「あれは社交辞令。あんなことあった後で、〝例の座標に〟なんて言えないって」

「そうですか……」

 微妙に不満気だ。

「あれ、座標行くの嫌?」

「そういうわけじゃありませんわ」

 口ではそう言っているが、やはり不満そうだ。

(ちょっと可哀想なことしたかな)

 恐らくは今のネメイエスとのやり取りで、地球に行くかもしれない、と思ったのだろう。

 姪っ子にとって、地球は夢の星だ。もしかしたらそこへ行けるかもしれないと、ヌカ喜びさせてしまったらしい。

「ごめん、地球はこれが終わったら寄ろう」

 素直に謝る。こういうことをヘンに誤魔化しても無駄だというのは、エルヴィラは今までの経験で思い知っていた。

 商売もそうでない人間関係も、こういうときはヘタに隠さず言い訳をせずぶっちゃけて、最初から謝ったほうがずっと早い。

 だから頭を下げる。

「イノーラが地球に行きたいのは分かるけど、先にあの星で見つけた座標へ行ってみたいんだ。じゃないとなんか、二度と行けない気がして」

 本心だった。

 理由は分からないが、そんな気がしてたまらない。そしてエルヴィラのこういう時のカンは、異様によく当たるのだ。

「――分かりました」

 イノーラが折れる。基本的にあやふやなものは当てにしない姪っ子だが、エルヴィラのカンの鋭さは今までに幾度も目にしてきている。だから根拠の無いまま、従う事にしたのだろう。

「ありがとね」

「別に。けれどそう思うのでしたら、後で何かお礼を」

 やっぱりひねくれている。

「……一応考えとく。で、例の座標へは行けそう?」

「当然ですわ。銀河系の中ですし」

 実際には「銀河」と言っても途方もなく広く、容易に行けない場所もあるはずだが、姪っ子にはあまり関係ないようだった。実際危険区域と称されるところでも、彼女はすいすいと通り抜けてしまう。

「じゃぁ可能域まで出たら、超高速飛行お願い」

「了解です」

 イノーラがいつになく素直なのは、彼女も例の座標に何があるかを確かめたいからだろう。

 眼下の惑星が遠ざかっていく。このまま超高速飛行の可能域――惑星近くでは危険なため禁止――まで出れば、後は目的地へ向かうだけだ。

「超高速飛行可能域まで到達、これより準備に――」

 そこで急に、イノーラが言葉を切った。

「どしたの?」

「次元波を確認。船団が来ます」

 姪っ子が厳しい表情で計器類を見る。

「すぐ近く?」

「恐らく。囲まれます」

 さすがのエルヴィラも緊張する。何の前触れもなく船を取り囲むなど、間違っても友好的とは言い難い。

 動こうとは思わなかった。こんな不安定な状況でうっかり動いたら、何が起こるか分からない。最悪、こちらの船がおかしな異空間に迷い込む可能性があるのだ。

 まずは様子を見て、隙をついて逃げ出すしかないだろう。

「――来ます」

 イノーラの言葉と共に、全方位モニターに揺れる空間が映し出された。船が出てくる前兆だ。

「多いね……」

「ですから、船団と申しましたわ」

 言っているうちに揺らぎの中からぼやけた船体が現れ、形が定まっていく。

「どこの船か分かる?」

 相手の素性が事前に分かれば、ある程度の予測が立つ。交渉を少しでも有利に持っていくためには、必須の情報だ。

「――出ました。船体の特徴から、乗員はゴレモラサ人と思われます」

「あいつらか」

 評判の良くない連中だ。

 見かけは地球にあった「コンパス」そっくりだった。ただ上の部分に長い紐のような触手が何本か付いていて、それが手の代わりをしている。

 けれど嫌がられているのはその容姿ではなく、信条だ。

 ゴレモラサ人もかつて、ソドム人に騙されて支配下に置かれた。だがその先が変わっていて……驚いた事に、誰もが身も心もソドム人に捧げてしまったのだ。

 ソドム人が右と言えば右へ行き、左と言えば左へ行き、まるで召使いのように振舞う。しかも他星人に向かっては「我らは第二ソドム人」と名乗り、威光を盾に暴利を貪っては、ソドム人に献上しているのだ。

 安楽な暮らしを捨ててまで独立を望んだエルヴィラにしてみると、全く理解できなかった。

 とはいえ、けして舐めてかかれる相手ではない。それにぶち切れるとムチャクチャな行動に走るので、その辺も危険だ。

(まぁ、ソドム人よりはマシか)

 あいつらが相手では勝ち目が無いが、ゴレモラサ人なら出し抜けるだろう。

 問題は、何故こんなことになっているかだが……。

「通話の依頼が入りました。応答しますか?」

「お願い」

 答えながら、囲まれた理由を考える。

(やっぱり、この星系のことだろうなぁ……)

 他にもいろいろ商売は重ねてきたが、どれも些細なものばかりだ。わざわざ船団で取り囲むには値しないし、だいいちそれなら、もっと以前にやられているだろう。

 ネメイエスの移住先を零細の自分たちが見つけてしまったことか、それとも第四惑星の秘密を発見してしまったことか……ともかく、そのどちらかのはずだ。

 ただ移住先に関しては、もう動かしようがなかった。

 なにしろ既に契約済みで、両方が破棄しない限り覆せない。しかも個人間ではなく、星系政府同士の取引だ。仮に破棄されるとしても地球側には違約金が入るから、大して問題にはならないだろう。

 だとすれば、狙いは恐らくあの次元接続何とか理論だ。

(でも、渡せないよね……)

 もしあれがソドム人の手に渡ったら、それこそ銀河系の危機だ。

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