3:誰もが逃げ出す大冒険? 15
操縦室へ入る。
「遠くありませんから、すぐ着きますわ」
「そだね」
心なしか姪っ子の口調が、浮き立っているように聞こえた。よほど見てみたいのだろう。
不思議に思って理由を訊いてみる。
「なんでそんなに見てみたいの?」
「おばさまは見てみたくありませんの?」
質問に質問で返された。逆に言うならそのくらい、イノーラにとっては「見に行って当然」のものらしい。
とはいえそれだけでは、姪っ子が行きたい理由は分からない。なのでエルヴィラは、再度訊いてみた。
「あたしも、そりゃ見てみたいけどさ。なんでそんなに急ぐのかなって思って」
「急ぐというか……」
イノーラが一旦言葉を切る。表現を探しているようだ。
少し経って、彼女がまた口を開いた。
「急ぐ理由は特にありませんけど、何というか……その見つかった石の出す波長というのが、出来たら知りたくて。それが分かれば、再現できるかもしれませんし」
「あ、それ止めたほうがいい」
エルヴィラは気づいたときにはそう言っていた。
たちまちイノーラの顔が険しくなる。
「なぜですの? 全てのデータが目の前にあるじゃありませんか」
「違う違う、えっとね、調べるの自体が悪い、ってワケじゃないんだってば」
慌ててエルヴィラは姪っ子をなだめた。
「そうじゃなくて、もし安定して再現できたら、ほらなんていうか……絶対、兵器に転用するバカ出ると思うんだ。だから気を付けないと」
その言葉にイノーラが拍子抜けしたような顔になり、ちょっとの間を置いてから頷いた。
「なるほど、一理ありますわね。おばさまがそんな理に適ったことを言うなんて想像しなかったから、すぐには分かりませんでしたわ」
本当にこの姪っ子、どうしてこう毒舌だけは得意なのだろう? ただそれでも「分かった」というならラッキーだ。彼女に分からせるために延々説明するなんて、何かの精神耐久レースになってしまう。
「まぁそういうわけだからさ、しばらくはどこにも出さないでしまっておこうよ」
「ええ、そういう理由でしたら」
あっさりイノーラが合意したのは、たぶんエルヴィラの意図を理解したのではなく、「数式を独り占め」出来るからだ。
頭のいい姪っ子だが精神的には幼いところもあって、特にこういうオモチャは自分だけのものにしたがる傾向があった。
この年になってそういう態度はどうだろう……とエルヴィラは思うが、こと今回に限っては、かえっていい具合だ。これでしばらくは、あの数式が外へ出まわることはない。
そうこうしている間に、全方位スクリーンに映る景色が動かなくなる。着いたようだ。
「またけったいな形を……」
「そうですか?」
異星人感覚の姪っ子には違和感がないようだが、太い柱を二本立て、やはり太い梁をその間に渡し、中央から半端な柱のようなものがぶら下がった、ニホンの教会の入口のような何か。そしてその下には、巨大な丸い物体がごろんと転がっている。
「あの球体がぶら下がっていたようですね」
「相変わらず、なんでそう何でもぶら下げるかなぁ……」
確かに実験の場所としては悪くないのかもしれないが、安定性やら強度を考えてしまうと、やっているうちに落っこちてしまうのではないかと心配になる。
船が球体の傍に着陸した。
「大きいねぇ」
「そうですわね」
こうして見てみると、船の数倍は軽くある。
エルヴィラたちの船はけして大きい方ではないが、それでも百メートル近い。その数倍なのだから、数百メートルはあるだろう。
球体は割れたりはしていなかったが、落ちた時の衝撃でだろうか、一部が外へめくれるように壊れていた。あるいは出入口だったのかもしれない。
「どう? 何か分かった?」
「今計測してます。かすかにエネルギーが放射されているようなのですけれど、ともかく弱くて……」
やはりこの中には例のヨなんとか言う星で見つけた、石があるに違いなかった。
「近づけば、もう少し良く分かると思うのですけど」
「じゃぁ行ってみよっか」
言うと姪っ子が嬉しそうに頷いた。
「ここの住人は飛べましたから、斥力場ベルトつけてかないといけませんわね」
「そだね」
二人でいそいそと用意をし、エアロックへ向かう。
「計測器持った?」
「おばさまじゃあるまいし、持ってるに決まってるじゃありませんか」
そんなやり取りをしながら、エルヴィラたちは外へ出た。
イノーラが機械を作動させる。
「どう?」
「まだ弱すぎて。もう少し強くなれば……」
「なら、もう少し」
少しずつ、慎重に近づく。
「あ、もう少しで分かりそうです」
そう言って姪っ子がもう一歩進みだしたとき、いろいろなことが一度に起こった。
通信が来たという知らせが入り、イノーラの計測器が波長を捉えた旨を告げ、エルヴィラの背筋を嫌なものが這う。
「イノーラ、ダメっ!」
彼女の身体を横抱きにするように抱え、一足飛びに宇宙船の方へ戻り――斥力ベルトを付けていなかったら出来なかった――同時に叫んだ。
「イノーラ、船のエンジン始動! 離脱っ!」
「は、はい」
あまりのことに思考が停止しているのだろう、姪っ子がすんなりと従う。
航行法違反だが、ハッチが開いた状態の船が動き出す。そこへイノーラを抱えたまま滑り込んだ。
「全速で大気圏から離脱っ!」
「おばさま、いったい?」
「いいから早くっ!」
有無を言わさず指示を出す。
気迫に押されたのだろう、イノーラが急いで船の高度を上げた。その間にエルヴィラは、さっきからうるさく鳴っている通信要請の方に答える。
「ごめん急いでるの、何か用?」
「いや、気になる情報、手に入れてな」
例の情報屋だ。ただ幸い今は映像を出すシステムがないので音声だけで、それがありがたかった。
「何かそこの致死性のヤツ、休眠してるだけって話が出て――」
「今逃げてるっ!」
確証があるわけではないが、多分間違いない。なぜならハッチの向こう、既に見下ろす距離になった地上で、植物らしきものが次々と枯れているのだから。
「お、おばさま、何が……?」
まだ事態を飲み込めていない姪っ子に、エルヴィラは顎で地表を指し示した。
イノーラが顔面蒼白になる。
「ど、どうしましょう」
「ともかく逃げる! やつら、惑星の外へは出てないから、そこまで行けば逃げられるからっ!」
「はいっ」
船がスピードを上げた。常に何かがズレている姪っ子も、さすがに状況を理解したのだろう。
操船をイノーラに任せつつ、操縦室へ向かう。
情報屋の心配そうな声が聞こえた。
「お前ら、大丈夫なのか?」
「分からない、でも逃げきる!」
イノーラが踏み出した際に一瞬でも反応が遅れていたなら、どうなっていたかわからない。同様に外からでも動かせる操船端末をイノーラが勝手に作っていなかったら、やはりどうなったかわからない。
だがそういう幾つもの偶然を重ねて、今は無事だ。ならばまだ、運は逃げていない。
「操縦室行くよ」
「はい」
二人で慣れた操縦室に入り、席に腰を下ろすと、全方位モニターが船の周囲を映し出した。
「うわ、なにこれ」
「微妙なエネルギーの差異が、視覚化されたものです」
「ひぃ……」
黒い不定形の這いよるモノ。視覚化された〝それ〟は、そんな風に見えた。
それが、追ってくる。
「逃げきれる?」
「分かりません」
イノーラがそう言うのなら、危ないのだろう。
ならば、とエルヴィラは操縦桿を握った。
「回避する!」
あとはカンだ。
全方位モニターを見ながら、伸びてくる触手のようなものを次々と躱す。スピードはほぼ互角、小回りはこちらが上。ならば操縦の腕さえよければ、分はこちらだ。
横にスライドさせ、加速し、減速し、急旋回し、捉えようと迫る腕(?)をかいくぐりながら、エルヴィラは船を上昇させた。
「もう、来ないようですわ」
姪っ子の声で我に返る。
「逃げ切った?」
「おそらくは。ですけど、もう少し離れたほうがいいかもしれません」
「分かった」
イノーラの言葉に従って、惑星から距離を取る。
(――距離に制限があって、ホントによかった)
エルヴィラは心底思った。それがなかったら、今頃船ごと捕まっていたはずだ。
ほっと息をつくと、やけにのんびりした声が聞こえた。
「おーい、だいじょーぶかー?」
例の情報屋だ。そういえばさっき一言返したあとは、ずっと放置だった。
「うん、大丈夫。何とかなった」
「そりゃよかった」
映像を入れる気にはならなかった。もしかしたら向こうは、また趣向を凝らした格好をしてくれているのかもしれないが、今は見るだけの気力が無い。
ちょっとだけ申し訳ないと思いつつ、エルヴィラは情報屋に言った。
「何とか切り抜けて、ごめん疲れた。急ぎじゃないなら、情報あとでいい?」
「いいぜ。さっきの〝休眠状態〟ってのが、急ぎの情報だったからな。それが何とかなったんだったら、あとは急ぐ物はねーよ」
「そっか、ありがと。じゃぁ申し訳ないけど、また後でね」
言って通信を切る。自分でも驚くくらいに疲れていた。
隣で姪っ子がぽつりと言う。
「これじゃ、放置されるわけですわね……」
「だねぇ……」
考えてみれば、この星に調査隊や救出隊が来なかったわけがない。なのに当時のまま放置され、データが抹消されているのだ。危険度は推して知るべしだった。
「まったく、なんであんな危ない実験、地上でやるかなぁ……」
宇宙空間なりなんなり、もう少しやりようがあるだろう。
そこまで考えて思い出す。
式と一緒に見つかった座標。それを記録していた人物は、「なぜ先にそこを調査しなかったのか」と言っていなかっただろうか?
しかもその座標には、見覚えがあるのだ。たしかネメイエス政府からもらった座標のもう一つが、それだったはずだ。
――だとすれば。
動き出したら最後、あの〝何か〟は押し止めようがない。けれどあの座標を調べたら、止められるのではないか。
もしそうなら行ってみる価値があると、エルヴィラは思った。
すぐさまイノーラに話す。
「――だから、行ってみようよ」
姪っ子からは、まだ毒舌が返ってこなかった。よほど怖かったらしい。
そんな姪っ子を可愛いと思いながら、エルヴィラは続けた。
「あんなものが普通に使われだしたら、銀河大戦どこじゃなくなるよ。だからさ、止められる可能性があるなら、調べてみない?」
「そうですわね」
今度はイノーラも同意する。あれだけの体験をしたあとだけに、止められる手段があるなら欲しいらしい。
「じゃぁ決まり、行こう。でもその前に、ネメイエス政府だね」
言ってエルヴィラは、船を動かした。
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