3:誰もが逃げ出す大冒険? 14

 情報が取れたことで、解析は一気に進んだ。例の駆動方法を書いていた人物の端末内に当時の状況が克明に、しかも途中から銀河標準文字で記されていたことが大きい。

 一方で数式の方は、すべてが銀河標準数字で書かれているものはなかった。兵器用にどうとかいう話があったから、漏洩を恐れてわざと現地の数式だけにしていたのかもしれない。ただそれでもイノーラに言わせると、式の全てが一目で分かるようになったことで、相当違うのだそうだ。

『シールド、不安定』

『コアが異常暴走』

 そういった切迫した言葉が幾つか並んだあと、長めの文章が入っていた。

『これを読んでいる誰かへ

 これが読まれてるということは、我々の実験は失敗して、惑星全土が全滅したのだろうと思う。そうでなければ、私はこれを消すつもりだから。

 この星で何が起こっているかを、ここに記しておく』

 ところどころ誤字脱字があるのは、急いで記録したためだろう。

『我々は近隣のレドイス星系の侵略に晒されており、この星が植民地になるのは戦力や科学力の差から見て、ほぼ間違いないと思われた。

 よってそれを回避するための方法を模索し、切り札を作り上げた。

 きっかけは、五十年ほど前にとある惑星で発見された石だ。調査隊がヨロラヒエヌ星系第二惑星から、一連の式と一緒持ち帰った。それは未知の物質で出来ていて、長年謎となっていたが、ある時偶然、特定のエネルギーを放出していることが観測されたのだ。

 また一連の式――平行宇宙接続式と呼んでいる――の解読も完了し、一定のエネルギーを与えれば次元の壁を越えてワープするだけでなく、違う世界との通路を作ることが可能なことが証明された。

 この二つを利用し、なるべく致死性の高い世界と繋ぎ、彼らを葬り去る。これが計画の概要だ』

 ここまで読んで、エルヴィラは顔を上げてため息をついた。植民地になりたくなかった、というのは理解できる。地球だってヒドいことになっているのだから。

 ただそれを回避するためにここまでするというのは、エルヴィラの発想にはなかったのだ。

 記録は続いていた。

『計画自体には、反対意見もあった。だが侵略が現実のものとなり、計画は実行された。

 まず実際に繋げられるかどうかから始まり、それが成功したあとは幾度となく繋ぐ先を変える実験が、繰り返されている最中だ。ただまだ、どうすればどこの次元に繋がるかはよく分かっていない』

 どうやら実験は、ここまではなんとか順調だったようだ。そしてこの先で失敗したのだろう。

 記録にはその辺のことも書いてあった。

『実験は隔離施設を全面シールドで厳重に覆い、繋いだ時の機器の状況と繋いだ先がどういうところかを検証し、要求に合わなければ一旦切って別のところに繋ぐ。そのプロセスを繰り返している。

 だがある世界へ繋いだところで、予想外の事態が生じた。我々に都合のよい世界が見つかったところまでは良かったのだが、次元の向こうから出てきた何かとが、シールドと拮抗し始めたのだ。

 今回繋いだ世界は調査した限りでは、こちらの世界の生物は生命力とでも言うものを急激に失い、死滅する。ある意味兵器としては優秀だが、極めて危険だ。

 今はシールドの出力を上げることで抑えているが、向こう側からの圧力(と言い換えていいだろう)は上昇する一方で、早晩突破されるだろう。そうなれば圧から計算して、実験場から離れているこのモニター場どころか惑星全土でさえ、数分経たないうちに死滅する可能性が高い(そんなことを今考えているのは、私だけのようだが)。

 ただその場合でも今までの実験から見て、暴走後しばらくすれば収束するはずだ。あの隕石を使ったシステムは維持装置が止まると、そう長くは作動できない。故にその後は問題なく暮らせるはずなので、心配しないで欲しい。

 今にして思えば何とか政府を説得して、あの式と一緒に見つかった座標を調べてから、この研究に着手すべきだったのかもしれない』

 この人物、なんでこんな研究に参加していたんだろう? そうエルヴィラは思った。ここまで冷静に行動できる人なら、実験を事前に止めさせるとか、自分は早々に星系外へ退去するとか、いろいろ出来そうなものだ。

 まぁそういうことが出来なかったからこそ、あの会場でみんなと運命を共にしたのだろうが……。

 文章はそこで終わり、そのあとには発見された座標と、幾つか単語が続いているだけだった。

『シールド出力低下』

『浸潤開始はほぼ決定』

『数式の書き留めを提案』

 それで記録は終わっている。

 いつの間にか止めていた息を、エルヴィラは大きく吐いた。

 何か大ごとだろうとは思っていたが、こんなものを見つけるとは思わなかった。

(イノーラにも、教えなきゃ)

 彼女が扱っている数式は、一つ間違えば同じ結果を引き起こせるものだ。単独ではどうということはないのかもしれないが、いつか誰かが気づいて、同じ過ちをするかもしれない。

 だからといって隠してしまうのがいい、とまでは思えないが、少なくとも知る必要はあるだろう。

(あの子、自室かな?)

 重い気持ちのまま、エルヴィラは立ち上がった。


「――そういうことなんだけど」

 エルヴィラの説明に、イノーラはしばらく無言だった。

「どう思う?」

「どう思う、と言われましても。何に対してどう思うのか、主語を言っていただかなければ分かりませんわ。先日も同じことを言いましたのに、もう忘れまして?」

 思わぬ方向性の返事が返ってきた。何というかこの姪っ子、本当に情感というものには縁が遠い。

 違う意味でため息をつきながら、エルヴィラは訊き直した。

「今の話、本当だと思う?」

「壮大な創作という可能性もありますけど、あの状況で出来たら違う意味で才能を感じます。ですから、恐らく事実ではないかと」

 何やら回りくどい言い方だが、要するに「真実だろう」と言いたいらしい。

 エルヴィラも、これに関しては疑う気はなかった。このネメイエス第四惑星が壊滅したのは事実だし、言い伝えや見つかった資料とも辻褄が合う。

 正直信じたくはないのだが……。

 そう思うエルヴィラの耳に、思わぬ言葉が飛び込んできた。

「それよりもおばさま、私その実験場とやらが、見てみたいのですけど」

「え?」

 冷静な姪っ子がそんなことを言うとは思わず、一瞬頭の中が固まる。

「実験場って……つまり、この災害の根本だよね?」

「ええ。でも見つけた報告からは、ある程度時間が経てば無害のようですし。それに私たち自身が何も問題なく過ごせているのですから、推測通り無害化したと思われますわ。ですから、その現場を見てみたいのですけれど」

 エルヴィラは考え込んだ。

 確かにイノーラの言うとおり、現在は無害化しているのだろう。だったらそう危険ではないはずだ。

 ただ、エルヴィラとしては気が進まなかった。本能的な恐怖と言っていい。

(でもねぇ……)

 毒舌の姪っ子だが、これで案外「ねだる」ということをしない。彼女は物心ついた頃には親から引き離されて、ペット生活が始まっていた。だから自分の境遇を他者と比較することもできず、ただただあるがままに受け入れるクセがついてしまっている。自主性が少ない、自我が薄い、とも言えるかもしれない。

 だがそのどれも、イノーラに罪はないのだ。彼女は与えられた理不尽な運命に適応しただけだ。

 そんな姪っ子が、珍しく「行きたい」と言う。それを無碍には出来なかった。

(時間が経ったら問題ない、って言うしね)

 だいいち本当に問題があるならイノーラの言うとおり、自分たちなどとっくに死んでいるだろう。

「――分かった、行ってみよっか」

「では、準備をしてきますわ。そこまで船を動かさないと」

 エルヴィラが身を翻してリビングルーム(と言ってもかなり狭いが)を出て行く。毒舌が返ってこなかったところを見ると、相当行きたかったようだ。

 ダメと言わなくて良かったと思いながら、エルヴィラも立ち上がった。

 駆動音から察するに、珍しくイノーラが船を動かしている。だが居住空間に居ると、音以外では全くわからなかった。その辺の慣性制御は銀河では当たり前だが、車でさ

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