3:誰もが逃げ出す大冒険? 13

 読み始めた文字たちは、数式の解読など比べ物にならないほど簡単だった。

 というのは、ほとんどが銀河標準文字だったのだ。引っかくように、そしておそらくは急いで書いたためにひどく歪んでいて、ぱっと見たときにそうとは思えなかっただけだ。

 いずれにせよ銀河標準文字なら、エルヴィラには難しくない。しかも読み取った文字の整形は機械がやってくれたから、さっと読める程度にはなっていた。

「何であの子、こっちを先に読まないかなぁ?」

 数字が苦手なエルヴィラにしてみると、至極謎だ。

 だがあれが珪素系生物の中へ入ると、エルヴィラよりずっと高く評価される。彼らはほとんどが地球で言う〝理系〟で、数字と数字に強い人間を尊重するのだ。

「えぇっと……」

 ひとつひとつ読んでいく。

「この中にデータを、って、あの端末だろうなぁ」

 けれどその端末は、動かし方が分からないのだから手に負えない。それに時間が経ちすぎているから、動くかどうかも怪しい。その点、数式を引っかいて書き留めたのは正解だったと言える。

 何かヒントはないかと次々読み進める。

『時間、無い』

『失敗、惑星全滅』

『実験中、暴走』

『安全なはずだった』

 並ぶ物騒な言葉は、当時の状況をよく現していた。

 情報屋やイノーラの言うとおり、ここで何かの実験が行われていたことは間違いない。そして噂どおり致命的な失敗をし、星をあっという間に全滅させたのだ。

 そうやって読んでいくうち、少し長めの文をエルヴィラは見つけた。

『星間戦争に備え武器を開発中、失敗。理論自体は重要にて、皆で書き残す。経緯詳細、端末内。駆動形式は……』

 思わず小さくガッツポーズをとる。これで端末から情報を引き出せるかもしれない。

 エルヴィラはすぐに船のメインコンピューター(地球のそれとはずいぶん機構が違うのだが)に、今見つけた駆動形式を入力した。

 今度は該当星系が出る。

「そっか、そういうことだったんだ」

 データでは、ごく一部で使われていただけの、しかも今は使われていない古い型だとある。たぶんネメイエス第四惑星の、仕事や何かで星系外に居た生き残りが、この型の動力を使っていたのだろう。

 そしておそらく、銀河連盟と交流を持ってから日の浅い文明だった可能性が高い。だから植民惑星もなく、星系外へ出ていた人数も少なく、故に容易にデータベースから消せたのだ。

 そうなると今度は、銀河連盟が何を消し去りたかったのかが気になってくる。まぁ状況から見て、開発していた武器なのだろうが……。

 ともかくヒントは得た。あとはこの形式に従って、端末を動かしてみるのが吉だろう。

 エルヴィラは急いで貨物室へ向かった。端末を引っ張り出し、判明した駆動形式に従ってエネルギーを充填する。

(動くかな……?)

 エルヴィラが心配しながら見守る中、端末がかすかな音を立てて動き始め、パネルに明かりが灯った。

「動いた!」

 思わず声をあげる。が、それも一瞬だった。

「……読めないじゃない」

 こともあろうに、中身が現地語だったのだ。

 だがそれでも、データが生きていたことには変わりない。急いでエルヴィラは、端末のデータを片っ端から取り込んだ。

(これで、何かわかればいいんだけど)

 そう思う目の前で、端末のパネルから明かりが消えた。

「あれ、壊れた?」

 慌てて簡易スキャンをかけてみると、予想通りの答えが出る。あまりに古いものを稼働させたために、あっという間に壊れてしまったようだ。

(まぁ仕方ないか)

 それにデータは既に転送してある。これだけでも相当違うはずだ。

 こうなると残る端末も回収してこなくてはいけないが、それは明日以降だろう。機械を見ていたり通信が入ったり文章を読んでいたりでつい忘れていたが、地球で言うならもう相当遅い時間だ。

 明日は起きたらすぐ動こう、そう思いながらエルヴィラは、動かなくなった端末を片付けた。


 動くもののない、何も音のしない巨大ホール。エルヴィラはまたあの場所へ来ていた。

 昨日はあのあと、もう少しだけ写し取った文字を読んだ。

『反対したのに』

『実験場壊滅、ここも時間の問題』

『生体エネルギーを取られる』

『コントロール不能』

 出てくる言葉はやはりどれも物騒で、絶望的な状態だったことがよく分かる。

 ――勝つためのはずの実験の、結末。

 書いてある言葉が本当なら――嘘とはとても思えないが――この星はどこかと一触即発の状態で、起死回生の兵器として新しい理論を使うことを思いついたのだろう。だがその矛先が向いたのは皮肉にも自分たちだった、ということのようだ。

(本末転倒じゃない)

 そんなことを思いながら、辺りを見回す。

 ここの住人らしい残骸がずらりと並ぶホールなど、気味悪いことこの上ない。初日は半分逃げ帰ったようなものだ。

 ただ出入りを繰り返すうち、さすがに慣れてしまった。これといって体調に変化もないし、何度スキャンしても何も居ない。念のために索敵網を警戒状態にしているが、それも無反応だ。

 本当に何も居ない、棄てられた都市。そうとしか言いようがない状態だった。

 ひとつため息をついてから、エルヴィラは作業にとりかかった。

 昨日まず回収してみようと思ったのが、例の少し長い文章を書いていた人物の端末だ。経緯詳細は端末内と、自分から銀河標準文字で書いていたのだから、何が起こったか分かる可能性がいちばん高い。他にも少なくない数の人が同様のことを書いていて、その端末は回収するつもりだ。

 持ってきたメモを頼りに、端末を選び出す。

 本当は全部回収すべきだとは思う。だがなにしろ、この巨大なホールだ。居た人数も相当数で、それが持っていた端末全てとなると、エルヴィラたちには荷が重すぎた。というか、宇宙船の空きスペースがすべて埋まりかねない。

 ある程度の数だけ回収してデータを取って、それで分からなければ入れ替える形で、違うものを回収するより他ないだろう。

 結果、片っ端から端末を壊す羽目になるかもしれないが、その辺はエルヴィラはもう割り切っていた。

 持参した箱状の反重力カートに、回収した端末をそっと載せていく。それをたっぷり二桁は繰り返して、やっとリストの最後にたどり着いた。端末の駆動方法を書いていた人物のところだ。

 たぶんこの端末が、いちばん有望だろう。

 慎重にいちばん上に乗せ、カートのカバーを閉める。

(よし、っと)

 これでもう船に持ち帰るまで、落としたり壊したりということはない。

 あとは長居は無用とさっさと部屋を出ようとして……エルヴィラは立ち止まった。

 何かやはり、後ろめたい。この記録が日の目を見ることを、死んだ人たち――たぶんそう――が望んでいたとしても、泥棒まがいはイヤだった。

 少し考えて、エルヴィラはペンを取り出した。そして機械が置かれていた辺りに書く。「この記録はいただきます。残してくれてありがとう」と。本当は何かお礼の品も置ければいいのだが、あいにく持ち合わせが無いので、それは勘弁してもらうことにした。

 書いたからといって、どうなるわけでもない。単に自分の気持ちの問題で、要は自己満足だ。姪っ子が見たら、「無意味なことを」と盛大にバカにするだろう。だがそれでも、エルヴィラはそんな自分の行動が嫌いではなかった。それに銀河にだって、死者を悼む星はたくさんある。

 思えばこの星のかつてを知る宇宙蝶に導かれて、ここまで来たのだ。非科学的だが、これも何かの縁だろう。

 なんとなく気が済んで扉へと向かい、最後にホールの中へ向き直る。

「ありがとう。さよなら」

 ぺこりと頭を下げた瞬間、エルヴィラは何かの気配を感じて顔を上げた。

 ――たくさんの、カマキリのような姿の影。

 だが一瞬「見えたような気がした」だけで、見直してみると何も居ない。先ほどと変わらぬ、ただ静かで広いホールのままだ。それでもエルヴィラは、きっと記録の主たちだろうと思った。なぜなら聴いた気がしたのだ。「ありがとう」と。

 喜んでもらえてよかった、そういうことにしておこう、などと思いながら、エルヴィラは建物を後にした。

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