3:誰もが逃げ出す大冒険? 12

「ねぇ、原因はわからないにしてもさ、〝こうじゃないか〟っていう推論もないの? ほら、例えば隕石とか」

「隕石じゃ一夜はないだろー。そりゃ地殻地震起きるほどなら、惑星壊滅も有り得るけどさ。でもそれじゃ、遺跡なんて木っ端微塵じゃね?」

 イノーラまでが横から口を出した。

「そもそもおばさま、そんな大きな隕石なら、事前に発見して壊せましてよ」

「だよなー」

 情報屋も頷く。

 このへんの感覚が自分はやっぱり違う、エルヴィラはつくづくそう思った。

 確かにワープ航法まで持つような文明なら星系内は庭のようなもので、侵入した宇宙船を察知できる程度の警戒網は持っている。そういう文明が、星を滅ぼすような隕石を見逃すわけがない。

「じゃぁ、いったいなんだろ……」

「さーなー。てか分かったら、噂のまんまになってないだろ」

 情報屋の言葉は明るかったが、状況を知っているだけに、エルヴィラには事の大きさがよく分かった。

 と、姪っ子が珍しく自分から口を開いた。

「その滅びた原因、次元理論かそれに類するものに関係する、という推測はありまして?」

「あれ、よく知ってるな。そういう説あるぜ」

 情報屋が感心しながら話し出す。

「一応出処は、当時星系外に出てた人物が、死ぬ直前の友人から受け取った一連のメッセージってなってるんだけどさ。何でも、大掛かりなその手の実験をしてたらしい」

 聞けばその人物は友人とかなり仲が良かったらしく、結構な量のメッセージがあったのだとか。そしてそれには、異次元と繋ぐ実験をするとか、それがこれから行われるとか、そんなやり取りが記録されていたという。

「で、最後に〝実験が失敗したようだ。暴走して惑星が死滅するかもしれない〟で終わってたそうだ」

「へぇ……」

 エルヴィラは初めて聞く話に感心しきりだったが、イノーラのほうは無言だった。

 情報屋が軽く付け加える。

「けどこれも、噂だからなー。何か裏付けでも取れりゃ別だけどさ。ま、脱線しまくったけど、だいたいそんなとこだ」

「ありがと、また何かわかったらよろしくね」

 頷く姿を最後に、情報屋からの通信が切れる。要は自滅したことと、それが一夜にして起こったということを、知らせたかったのだろう。

 となりの姪っ子はまだ無言だった。何かを真剣に考えているようだ。

「イノーラ、どしたの?」

「おばさま、今の話ですけどね……おそらく、本当ですわ」

 そして彼女は「おばさまに理解できるか分かりませんが」と毒舌を前置いて、説明しだした。

「あの写し取った数式、ありましたわよね?」

「あの山のようなやつ? 何か分かったんだ?」

 エルヴィラにしてみれば数式など、何があっても関わりたくないものの筆頭だ。だがその中にヒントがあるというのは、ありえない話ではない。

「あの数式は大統一式からの派生と変形がかなり多く散見されます。そしてその最終行は次元理論の式に酷似していますのよ」

「えっと……」

 それが滅びることとどう関係あるのか。エルヴィラが悩んでいると、案の定姪っ子から冷ややかな視線が返ってきた。

「やっぱりおばさまには無理でしたわね。――つまりあの会場では、平行宇宙か異次元に関するものを、研究していた可能性があるんです」

 そう言われてもまだピンと来ない。

 イノーラが大きくため息をついた。

「先ほど情報屋の方が、噂を披露してくださいましたよね?」

「あー、そうか」

 やっと繋がる。

 何か大規模な実験をしていた相手と、今回の会場。両方に共通して出てくる理論。

「あそこで研究されてたことが、滅びた原因かもしれない、ってことね」

「理解するのが遅すぎます」

「しょうがないでしょ、分かんなかったものは」

 姪っ子は気づいた側で、こちらは説明を受けている側なのだ。同じ速さで分かるわけがない。

 そもそもイノーラにだって苦手なことも出来ないことも山ほどあるのにそれは棚に上げて……とも思ったが、エルヴィラは言わなかった。言えば言ったで後が面倒だ。

 ――それにしても。

 地球人が考えつくような事態をはるかに上回る災害とは、なんだったのだろう。もしかしたらここにこれ以上留まるのは、ブラックホールのシュヴァルツ半径ギリギリを歩き回るくらい、危険なことではないだろうか?

 だが、とエルヴィラは自分に言い聞かせた。

 過去には確かにそうだったかもしれないが、今は何でもないはずだ。そうでなければ、自分たちなどとっくに、わずかな時間で死んでいる。

 何よりこの惑星は、あと七年したら消えているかもしれないのだ。そうでなくても、あの建物群が無事で残るという可能性は低い。

 だったら逆に、調べてみるのは悪くないはずだ。

「イノーラ、もいっかいあの会場、行ってみない?」

「それはどうでしょう? あの数式を解いてからでも問題ないと思いますけど。今までずっとあのまま残っていたのですし、今更逃げるようなものではありませんし」

 何やら長い説明だが、要は「先に数式を解きたい」と言いたいらしい。

 考える。

 姪っ子の言うことは一理ある。確かにあの数式の内容が分かれば、何が行われていたかも検討がつくだろう。

 ただ問題は、それにどのくらいかかるかだ。

「その数式、すぐ解けそうなの?」

「数日で目処はつくかと。式自体はある程度読めるようになりましたから」

 つまり、すぐには解けないということだろう。

 となると、何が一番良い手なのか。

 数式が解けるのを待ってもいいが、時間がかかりすぎるのが問題だ。一方でイノーラの言うとおり今更あの会場へ行っても、数式や使い方がわからない端末以外は、特に見つからない可能性が高い。

 他に何かあれば――そこまで思ったとき、イノーラがふと思い出したように言った。

「そういえば、書かれていた文章にもそんな内容があったような……」

「え?」

 驚くエルヴィラに、イノーラが事もなげに言う。

「あらおばさま、言ってませんでしたっけ?」

「言ってない! というかそんな重要なこと、どうして黙ってるのよ!」

「数式のほうが重要ですから」

 床に突っ伏したくなる。なぜ読まないと心底思うが、彼女に行っても無駄だろう。ともかく文章と数式を並べて置いておくと、文章を無視して数式を読み始める性格なのだ。

 内心呆れながらもエルヴィラは訊いてみた。

「それ、もうまとめてある?」

「画像からデータベースにまではしましたけど、特にまとめてはいませんわ」

 だがエルヴィラにはそれで十分だった。一応でもデータベースに載っているのなら、あとは読んでいけば済む話だ。

「じゃぁさ、それ、あたしが読んでいいよね?」

「どうぞ」

 この言い方だと、やはり全く興味がないのだろう。カケラも読む気はなさそうだ。

「じゃ、イノーラ、あなた数式お願い。あたし部屋に戻って、文字の方読んでみるから」

 そう言ってエルヴィラは操縦席を後にした。

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