3:誰もが逃げ出す大冒険? 11
「これですわよね?」
エルヴィラが部屋へ入るや否や、姪っ子が勢い込んで訊いてくる。
「そだよ。たださっき言ったとおり、一通り詳細スキャンまでしたんだけど、動力とか使い方わかんなくて」
イノーラは考え込み、二度目の詳細スキャンをかけた。
「だからそれ、さっきやったんだってば」
そんなエルヴィラの声は無視して、機械が手順を踏んで行く。結果は当然だが同じだ。
「本当に該当星系無しなんて……」
「だから、分からないって言ったのに」
いくら頭がいいからと言って、人の話を無視しすぎだろう。
だが今度はいつものペースが戻ったのか、姪っ子から毒舌が返ってきた。
「おばさまでは、スキャンしたと言っても信頼性が低いですもの。自分でやるのが一番確実ですわ」
言いながらイノーラがまた考え込む。
「けれど本当に該当星系が無いとなると、やっぱりこの星は――あら、通信ですわね」
船の機能をすべて把握している姪っ子が、いち早く反応する。
「例の情報屋ですわね。どうします、おばさま。ここで受けますか?」
「操縦室行く。向こうにもそう伝えて」
言いながら歩き出す。
確かこの船を購入した時には無かったはずなのだが、いつの間にかイノーラは、この船の携帯コントローラーを作っていた。何でも簡単な機能は、すべてそこからも操作できるらしい。
何をどうやったらそんなものが出来るのかエルヴィラにはよく分からないが、極めて便利な代物だった。
まぁそれも、ボロ船なのがそもそもの原因なのだが……。
銀河系の大体の船には、人工知能による自動操縦のシステムが載っている。そしてそのシステムはエルヴィラが子供の頃地球で見たSF映画ではないが、乗務員が船内のどこにいても合図を送れば応答し、伝えた要求を叶える方向で代わりに操作してくれるのだ。
が、この船にはそれがなかった。だからこそ安かったのだ。
結局携帯端末を自作するのなら、素直に自動システムの載っている船にすればよかったのに……などと思いつつ、エルヴィラは操縦室のドアをくぐって席にかけた。
一歩遅れて着いた姪っ子が告げる。
「通信、繋ぎます」
その言葉に身構えて――その甲斐なく、エルヴィラは悲鳴をあげた。
「何そのお化けっ!」
「なんだそりゃ」
心外、という感じの情報屋の声が響く。
「ふつうに地球の演劇の格好を、真似ただけだぞ?」
「そ、そうかもしれないけど……」
映ったのは顔を真っ白に塗りたくって紅をさし、髪を高く複雑に結い上げ綺麗な髪留めを幾つも刺した上、金銀で刺繍したキモノを着たゲイシャだった。
――但し顔は例のオヤジ顔で、体格もやたらと逞しく、ついでに立派な髭のある。
「この役の格好、華やかでいいセンスだよなー」
どうやらこの情報屋は派手なものが好みらしいと、今更ながらにエルヴィラは気づいた。とは言えこの格好を見続けろというのは、ある種の拷問だ。
「た、確かに華やかだけど……それやめて……」
「なんで」
ある意味至極当然の答えが返ってくる。
どう説明しようかと少し考えて、エルヴィラは諦めた。この情報屋の「センス」を正すのは、おそらくちょっとやそっとの労力ではできないはずだ。
なので、代わりの手を使う。
「その格好、あたし好みじゃないの。だから交渉するにも、なんだかねー。変えてくれたら、やり易いんだけど」
「んー、しゃーねーな、分かったちょっと変えるわ」
言葉とともに一旦映像が切れる。
相手に合わせて情報をより多く引き出すのが、情報屋の種族の常套手段だ。だから彼らは、相手の好みを知ると敏感に反応する。その特性が今はありがたかった。
だが再度映った映像に、またエルヴィラは唖然とする。
「ちょ、それ、映画の……」
「面倒だから、地球人がよく知ってる〝異星人〟にしてきたぞ」
情報屋は得意気に言うが、エルヴィラは違う意味で頭がくらくらしていた。
地球人の幼児程度の身長で、ややくすんだ黄緑色の肌。耳は長く横に張り出し、頭髪はなく、地球の老人のように皺の入った顔をしている。手足の指は三本で猫のような長い爪が有り、杖をついて質素なローブを着て……。
どう見てもかつて大ヒットしたという地球のスペースオペラの、某グランドマスターだ。
「ヤーシェム人は地球じゃ知られてるんだな。ちょっと美化され過ぎの気もするけど」
「うそ、あれってホントに居たんだ?!」
「え? あの記録映像、伝説の銀河連盟創設以前の戦争の再現だろ? 地球風アレンジ入ってるみたいだけど」
どうやら嘘から真、という話のようだ。
「地球って案外侮れないよなぁ。あんなのまでよく知られてるなんて」
「いやあれ、ただの想像……」
今度は情報屋の方が、唖然とした顔になった。
「想像って、じゃぁあれ全部作り話ってことか?」
「うん。っていうかそのヤーシェム人だの銀河史だの知ってるって言うなら、ずっと昔から地球、銀河と交流あったことになるじゃない」
「あー」
やっと矛盾に気づいたようだ。
「地球人ってワケわかんねぇ……」
「あたしもそう思う」
その点に関してだけは同意だ。まさかあれだけの壮大な作り話が、実は歴史に似た事例があるなど誰が想像するだろうか。
なんとなく疲れを覚えながら、エルヴィラは情報屋に訊いた。
「で、何か分かったの? あなたの方から連絡とってきたってことは、そういうことなんでしょ?」
「まだ途中だけどな。でも一応知らせとこうと思ってさ」
内心緊張する。
この情報屋、時間が相当かかるとか、かなりコトが大きいと判断したときくらいしか、自分から途中で連絡してこない。
逆に言うなら、そう判断するほどの事実を見つけた、ということだ。
「何がわかったの?」
「なんつーか、かなりとんでもねーわ」
そう前置いて、情報屋は話し始めた。
正規のデータベースに情報が無いのと、呪われるという噂がメジャーなことから、まず情報屋は地球で言うオカルト系に強い情報屋仲間に当たったのだそうだ。
「まぁもちろんそいつ、例の噂は知っててさ」
有名な噂だというのだから、その手の情報に詳しい人物なら確かに知ってて当然だろう。
そしてその人物は、面白い話をしてくれたのだという。
「なんでもさ、呪われたって話とデータから消されたってのは、関連性があるってんだよ」
「まぁねぇ」
むしろこれで「関係がない」と思う方が、どうかしているだろう。けれどこれが、そんなに重大な情報とも思えなかった。
だからこちらから訊いてみる。
「要するに、なんかとんでもない理由があるってことでしょ? それ何? というか追加料金取らないわよね?」
「取らない取らない」
情報屋が笑いながら手をひらひら振ってそう答え、ついで真面目な顔になった。
「――もしかしたらもう気づいてるかもしれないけどな、その星、自滅したらしいぜ」
「やっぱり……」
ただの想像だったものが、いよいよ現実味を帯びてくる。
「理由、何か聞いた?」
「そこらはさすがに、よく分からんらしい。ただ残った資料を研究したヤツの話じゃ、一夜で滅びたって伝えられてるとか」
「何そのどこぞの伝説みたいなの……」
地球にも、そんな言い伝えはあった。いちばん有名なのはたぶんエルヴィラも慣れ親しんだ聖書に載っている、ノアの方舟の話だろう。あとは伝説のアトランティスが割合有名か。
実際に起こったこととしては、ヨーロッパの方の街が火山で一瞬で滅びたとか、近年ではツナミで海岸沿いが一瞬にして持って行かれた、だろうか?
ただ神話の話ならともかく、惑星の壊滅など現実にはそう簡単に起こりえない話だ。ものすごい被害が出た自然災害でも、惑星全体から見ればごく一部の話になってしまう。
(――あ、でもあったか)
そこまで考えてエルヴィラは思い出した。確か昔、恐竜が隕石で滅びたと教わらなかっただろうか?
もしかしたらと思い、一応訊いてみる。
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