第5話 Frain
あっという間に青白い雲がかかって、雨が降り出した。スコールだ。
ボクが地球で住んでいた地域は冬に雨が多いところで、この星に来てからも雨に見舞われると微妙に寒気を感じる。
Lv3のフラグメント(象のような姿だった)を倒したばかりで、そこかしこに白い立方体が積み上がっている。幸い、そんな積み木の中でも、上手く雨をしのげそうな少し広めの場所を見つけ、ボクらはそこでこの夜の群青色が薄まっていくのを待つことにした。一晩待てば流石にこの雨も上がるだろうし。白い積み木の隙間から僅かに雨漏りがあったが、大したものではなかった。
頭痛のせいで、あまりよく眠れない。やたらと目が冴える。
頭上の隙間から差す青い明かりをミラーで上手く反射し、その明るさを頼りにホバーキャブ、護身用の拳銃、ライフルと順に点検していると、暇そうにしていたブルーが近寄ってきた。差し出された栄養飲料を受け取って、マスクを少しずらして一息に飲む。子どもの頃に飲まされた、シロップ薬と似たような、少しクセになる味。
「眠れないの?」
「うん、まあ。薬を取ってくれないか、ブルー」
「ええ、待っててちょうだい」
ブルーが荷物から持って来たのは、小さな青いカプセル状の頭痛薬だ。あまり飲み過ぎると効かなくなるらしいので、辛い時以外は飲まないようにと散々ブルーから言われている。彼女が服用しているA-22型薬もそういう類の薬らしいから、互いに気をつけてはいるつもりだが。頭痛薬とA-22型薬だと、どうしても後者の方が減りは早い。確かA-22型もカプセル状だ。
ブルーは傍にしゃがみ込んで、ボクが薬を飲むのをジッと見ていた。
「どうした?」
「眠れないんでしょ? そんなに酷いの?」
やっぱり彼女にはお見通しか。何となく答えたくなくて黙っていると、
「ここ数週間は特にそうよね。眠れたとしても、うなされている。でしょ?」
やれやれ、誤魔化しきれないらしい。最後の抵抗で肩をすくめてみせると、彼女も大袈裟にその真似をした。
「この空がどんな青色をしていても、ずっと私はあなたと一緒にいるのよ。見くびらないでほしいわ」
「悪かったよ」
「うん、よろしい」
ニカっと笑う顔に少し気分が良くなる。地球で浴びた日の光を思い出した。
「ちゃんと謝れたご褒美に、私が歌ってあげましょう」
道具はしまっちゃって、と彼女に促されるまま片付けをして、更に促されるまま寝袋に包まって横になった。
積み木の洞窟、その出入口を背に彼女は立つ。
「 ♪ 」
『My favorite things』だ。あるいは『私のお気に入り』なんて題名の曲。ミュージカル『The Sound of Music』の中で、雷を怖がる子どもたちをマリア先生が励ますために、お気に入りのものを歌う。自分のお気に入りをちゃんと覚えているなら、きっと雷だって怖くはない、と。
雷はなく、ただ静かに雨が降る。時折風が強く吹いて砂の波が鳴いているけど、怖がるほどではない。
うなされているのは、本当だ。
何か怖い夢を見ているはずなんだ。でもはっきりとはしない。起きたら何もかもがなくなっていて、何が怖かったのか分からなくなっている。そして、ただ彼女が朝の挨拶をする。
他愛ない会話、キャブでの旅、それからフラグメント退治。そんなものが、ボクの日々。
さて、ボクのお気に入りは何だろう?
彼女が楽しげに砂の上を踊り、歌うのを見て自問する。
しかし答えは出なくて、そんなことを考えているうちに意識が混濁してきた。眠い。
せっかく眠れるのに、眠るのが惜しいと思う自分もいた。
何故そんなことを思ったのだろう?
ダメだ。
もう考えるのは止そう。
「ごめんね、エコー」
意識の切れ端を撫でるような声がした。優しくてどこか悲しい声が。歌が止んでいる。
それを最後にボクは、意識を手放した。
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