第4話 Beating of your heart

 昔から頭痛持ちだったが、この頃さらに酷くなっていた。


 日によっては、自分の心臓の音すら響いてきてフラグメントを倒すどころではない。まあ、その心臓さえ動いていれば怪物は寄ってくるのだから、問題はない。最悪、砂の上で横になっていてもどうにかなるだろう。これまで何千とフラグメントを倒してきて、そんな戦法は取ったことはないけれど。

 ブルーともそれだけ長い付き合いだが、彼女にこんな戦法を提案したなら、飽きれられるに違いない。


 さて、ボクの頭痛は今現在見舞われている“藍染め”によって、さらに悪化の一途を辿っていた。


 藍染めとは、強い風に吹き上げられた青い砂が見境なく辺りを染め上げる自然現象だ。天地の区別すらつかず、尚且つ計器類、通信機が軒並みイカレるというのは厄介さ。おまけに、周囲を囲むフラグメントである。大きさはLv1以下、少し大きめのヒグマくらいといったところだが、いかんせん数が多い。こちらを警戒してか、一定距離からは近寄って来ない。


“私の音が貴方の音を消してしまうのよ。相性が良くないのね”

“私の歌はフラグメントの活動を停止させて破壊するものだけど、は、むしろフラグメントを遠ざけるものだし”

“フラグメントをギリギリまで貴方の心音で誘き寄せる。それから私は彼らを壊す歌を歌う。ね、簡単でしょう?”


 ブルーの提案でボクらがこの星でしてきたことは単純明快だった。彼女に危険が及ぶのは嫌だったし、言うほど簡単ではなかったけれど。


 ボクを囲む白い怪物たちは四つ足で、俊足そうな見た目だ。下手するとホバーキャブじゃ逃げ切れないかもしれない。状況だけ見れば、これまでのフラグメント退治の中でワースト3には入る。


 ブルーには既に少し離れた地点で待機してもらっている。そこまで行ければどうにかなるが、方角すら分からない状態だ。とりあえずはこの藍染めを抜けるしかない。


 腰に挿してある拳銃を抜いてボクは、あまり狙わずに群れの中にそれを撃った。小気味いい乾いた音と共に、フラグメントが僅かに怯む。その隙にホバーキャブをオートパイロットモードで対数螺旋軌道にセット、急発進した。

 予想通り、奴らは素早かった。ひとまず、意表を突いた分、距離を稼げている。その隙に、マスクを上げて頭痛薬を一掴み放り込み、ガリガリ噛み砕く。

 背後に迫る怪物たちに向き合い、今度は背中にかけていたライフルを構えた。頭痛と砂塵が視界の邪魔になる。

 耳を澄ませても、風の音、砂が互いに擦れる音、ホバーキャブの軋む音がうるさい。頭痛薬が効いて、だいぶ感覚はマシになる。ブルーのマネをして、歌でも歌おうか。


「 ♫ 」


 正直言って、音程もリズムめちゃくちゃ(とブルーに言われたことがある)だろうが、歌えば少しは気分が高揚した。

『Do You Hear the People Sing』という歌。『民衆の歌』なんて呼ばれることもある、その曲の力強さをまあまあ気に入っている。


 リズムに合わせて、引き金を引いていった。青い世界を割いて現れる白に向けて、手向けの歌と弾丸を。

 ブルーの歌以外、フラグメントに致命傷は与えられない。ボクの歌にも弾にも意味はないのかもしれない。だが、怯ませるには十分だ。


 乾いた弾丸の音。またフラグメントが吹っ飛んでいく。しかし数秒の後には、もうボクを追って駆け出している姿が。


「ははっ!!」


 いつのまにか笑い声すら上げて、ボクは撃ち続ける。ここまでの無駄な足掻きに付き合ってくれているフラグメント共に、礼を言いたいくらいだった。マスク越しのボクの声は怪物たちに届いているだろうか。


「 ♫ 」



 濃い青に満ちた砂漠で、藍が染める世界で、先が見えない中を走る。前に進んでいることを祈りながら。歌うことで、ひとまず自分が生きていることを確認しながら。


 弾倉を替えるタイミングで、ボクは周囲に目をやった。少しずつ藍の切れ目が見えてきている。計器類も微弱ではあるが反応を見せていた。

 そして、イヤモニから聞こえるノイズの向こうだ。微かに声がする。


 ボクは息を詰めた。そして、視界は唐突に開ける。藍の世界を抜ける。


「……!」


 砂と空の青の違いに驚く。長いこと眺めているはずの景色が、胸に響く。上空では綺麗に弧を描く雲があって。

 調子の外れた歌は忘れ、代わりに世界は広かったのだと思い出した。


「ハローハロー、ブルー。こちら、」

【あなたが見えたわ、エコー!】


 それから、キミがいたということも。


【方向そのまま。30秒後】

「了解」


 時同じく藍の壁を抜けてきたフラグメントに、立て続けに撃ち込む。

 自分の口の端が釣り上がっているのが分かった。彼女がいるだけで鼓動が高鳴るんだ。


 ぴったり30秒。一陣の風のように、彼女は現れた。ボクを追ってきたフラグメントの群れに飛び込むのを見届けて、ボクはまたホバーキャブを急停止、砂に体を投げた。


「 ♪ 」


 戦う者の歌が聞こえる。


Les Misérables噫無情』はミュージカルを観に行ったっけ。あの時は、コゼットが良い芝居をしていた。『哀史』の訳も嫌いじゃない。

 いつかブルーとも観に行けたらいいな……。




「終わったわよ。いばら姫さん」


 いつのまにか寝ていたらしい。藍染めよりも濃い青空を背に、ブルーがボクを見下ろしていた。呆れつつも、少し困ったように笑っていた。さっきまで心が踊っていたのに、今はやたらと凪いでいた。


「……体、かなり怠い」

「こんなところで寝るからよ。ほら、起きて」


 ブルーがこちらに手を伸ばしてきた。


「エコー、どうしたの?」


 そして何故か、怪訝な表情。


「いや、えっと?」


 正直、困惑しているのはボクの方だった。


「その手はなんだい?」

「え?」

「手を出しているのは、何でかなって」

「あ……」


 ブルーは視線を彷徨わせ、手を引っ込めた。結局理由は言ってくれなくて、彼女は俯くばかりで。

 砂を叩いてどうにか立ち上がり、少しかがんで彼女と目線を合わせる。


「ブルー、大丈夫?」

「え……ええ。平気よ、エコー」


 あまり平気じゃなさそうだったが、ブルーはボクから目を逸らしてしまった。


【ハローハロー、エコー。こちらはブループラネットです。応答願います】


 そのタイミングでイヤモニから声がした。


「ハローハロー、ブループラネット。こちらエコー。聞こえている」

【フラグメント討伐、お疲れ様でした。藍染めの発生を予測できず、ご迷惑をおかけしました】

「この星の気象データは、まだ解析中なんだから、仕方ない。そもそも予測自体しづらいだろうし」

【恐れ入ります】


 その他、メンテナンス部品やら消費した弾やらの報告・申請をして、ボクは通信を切った。振り返ると、ブルーが砂の中に倒れていた。慌てて駆け寄る。


「ブルー!?」

「……うるさい。喚かないで」


 良かった。どうやら生きているらしい。

 口調から考えるに、具合が悪いわけでもなさそうだ。

 一瞬、肝が冷えた。心臓の鼓動が一段と早まった。


 ブルーの目がパチリと開く。ボクを映す。さっきまでと、まさに正反対。


「じゃあ、行こうか、ブルー」


 ブルーに声をかける。


「今晩の寝床を探さないと」


 そして、ボクは踵を返した。まだ倦怠感があったが、不思議と気分は悪くなかった。砂漠と空は、静かに風に揺れているようだった。

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