第3話 Once upon a time
『 昔々、あるところに、随分と型の古いホバーキャブが、砂漠を滑るように走っていました。滑空するそれには、奇妙な二人組が乗っています。
ハンドルを握った男は、全身黒づくめ。手足の先まで手袋とブーツで覆い、顔すらマスクで隠していました。おまけにそのマスクは鳥のような嘴を携えています。黒いつば広の帽子は、黒い彼を更に黒くしています。このホバーキャブにおけるフラグメント用の囮です。
もう1人の搭乗者は女で、男のロングコートにしがみついています。今運転中なので見えませんが、白いブラウスと淡い青色のスカートを上品に着ています。スカートを自身とキャブの間に上手く挟み、茶色のロングブーツの足をぶらつかせているはずです。見た目は大人と少女の間くらいです。このホバーキャブにおけるお姫様(戦闘系)です。 』
……なんて、ふざけなきゃやってられないほど、もう随分と長いこと青い砂漠を走っていた。風紋さえない、平らな土地を見ていると、走っているんだか止まっているんだかも分からなくなる。幸い、今日はホバーキャブの調子は良い。計器類もご機嫌である。
「うーむ」
ボクは唸る。
「『運命』かなあ?」
「不正解。あと一回ね」
エンジン音に紛れて、背後から聞こえる声。実は、ブルーと無音イントロクイズをしている。彼女がボクの背中を指でトントン叩いて、ボクが当てるという、ヒマな時にやる遊び。
「……ダメだ。降参」
「『Think of me』よ。あなたって、やっぱりリズム感はないのね」
「バカにしてるのか?」
「そういうんじゃないわ。気を悪くしたなら謝る」
「そういうんじゃないよ」
「あら、そう?」
ブルーがくすくすと笑っている。どうやらお姫様の機嫌も良いらしい。
話がひと段落したところで、腰にある通信機に手を伸ばす。イヤモニからのノイズ混じりの音をツマミで調節していると、しばらくしてその音が止んだ。
「ハローハロー、ブループラネット。こちらエコー。応答願う」
【ハローハロー、エコー。こちらはブループラネットです。定時連絡ですね】
はつらつとした女性の声。
【これより次のフラグメント座標のデータを送信します。併せて、 メディカルキット等のサルベージポイントを送信します】
「了解。ありがとう」
【どういたしまして、エコー。貴方の歩みをサポートすることが我々の責務です】
「助かる。グッバイ、ブループラネット」
【貴方が行く先に幸あらんことを。グッバイ、エコー】
「機プラとの通信は終わった?」
そんな背後からの不機嫌な声にボクは再び苦笑した。結局のところ、彼女の機嫌は、この砂漠の天気なみに分かりやすく変わりやすい。それが何とも愛おしい。
「悪かった、ブルー。けど、ブループラネットの名前をそうやって妙に変えるのは感心しないな」
「だって、私の名前と被るんだもの。ブルーって部分が。それにね、妙じゃないから。生存機関ブループラネット、そこから不必要な部分を削ぎ落としたってだけの話よ。名称が無駄に長いのはダメだと思う、私」
「そっかそっか」
「何よバカにして……。エコーのバカ、貴方の名前だって縮めてやるんだから」
「へえ、どうやって?」
「え? そ、そうね……」
言ってみせると、ブルーは少しどもって視線を彷徨わせた。青い砂の中には答えは埋まっていなかった。
「……今まで通りで良いわよ! それ以上短くしたら、イニシャルくらいしか残らないじゃない! 流石にEとは呼びたくないもの」
「そうかい。ボクもキミをBと呼びたくはないな。いつだってキミのことはブルーと呼びたい」
「ああ、そうですかっ」
うん、そうだ。いつだって君の名前を呼ぶボクでありたい。
「好きだよ、ブルー」
「やめてよ」
そういう恥ずかしい言葉はやめて。
「恥ずかしくないよ、ボクは」
「私が恥ずかしいのよ。だから、あんまり言うのはやめて」
「ここにはボクとキミしかいない。誰かに聞かせるでもなし、」
「心拍数が上がるから、本当にやめてちょうだい。さ、この話はおしまい。物資の座標は?」
この話はおしまい。
つまり、これ以上続けたら許さないという彼女なりの線引きだった。このセリフを言った彼女は、いつもにも増してかなり強情である。
頭を切り替えて、ホバーキャブの計器類と一緒に付いている、マップ用端末を見る。
「……このまま進むとオアシスがあって、そこに落としてくれているみたいだ。内容はいつも通り……じゃないな」
ボクはできる限り静かにエンジンを止めた。これは、彼女と面と向かって話さなければならない。キャブを降りてブルーの方を見れば、彼女は空を見上げていた。
地球と同じか、それよりも濃い青の空。地球と違うのは、この濃淡で昼夜を見分けることだ。この濃さなら地球で言うところの夕方あたり。そのうち群青色の夜が来る。
「メディカルキットのA-22型薬が、倍近く強いものになってる」
「そうね」
「そんなに調子が悪いなら、何故言わなかった?」
「……貴方だって私に言わないで、あの錠剤……頭痛薬、少し増やして申請したじゃない。バレないとでも思ったの?」
「ブルー」
こちらを向かないブルーに焦れて、彼女の肩を掴んだ。彼女の肩が華奢なのは知っていたが、心なしかさらに最近痩せた気がする。
こちらを向いたブルーは、特に何の表情もなかった。今日は瞳に空を抱えていた。さっき見上げていたときに写し取りでもしたのだろうか。その中にボクは独りで浮かんでいて。
それに耐えきれなくなった。
「……エコー、泣いているの?」
さっきまで目を合わせて話をしたかったというのに、今は視線から逃げるように彼女を抱きしめていた。今は彼女を離したくなかったし、放したくなかった。
耳元で囁く彼女の声に、やっぱりボクの心臓は耐えられなくなっていた。それから背中を撫でる柔らかな手も。
どうやらボクの頭はちっとも切り替わっていなかったらしい。
「ブルー」
「うん」
「ブルー」
「ええ、分かっているわ」
『 死が二人を分かつまで。 』
昔の書物の古い言葉を、ボクは思う。
どうしようもない。怪物のように倒したり逃げたりできない。
「 ♪ 」
彼女の歌は、彼女の槍は、フラグメントを倒す。しかし恐ろしいモノは、そんなことでは消えてくれない。「
薬も、それを多少先送りにするだけで解決まではしてくれない。
「 ♪ 」
彼女は『星に願いを』を静かに歌っていた。どこか穏やかで晴れ晴れとした歌声が恐ろしかったし、常に星が見えないこの青い砂漠で、それはあまりに残酷だった。
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