8 ワンダーステラ 後編
※更新再開です!
休んでいる間、公募のために同じタイトルでリブート版を書いていました。
よろしければそちらもご覧ください。
https://kakuyomu.jp/works/16818093075054104071
内容は半分くらい書き直していて、結末が違います。
数字の結果で選考通過の是非が決まるので、お願いします……!
≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡
「あんまり淑女を夜に連れまわすもんじゃないからね」
外聞を理由に出されると、貴族令嬢のはしくれとしては弱い。
ひどい臭いに顔をしかめながら、ヴァイオレットたちは急かされるようにして喫茶室を出た。ホールでは難しい顔をした大人の男たちが、テーブルを囲みながら機関車のように煙草の煙を吹いて部屋を曇らせている。
煙のカーテンを抜け、大きく息を吸い込んだ。
「行くよ」
ステラは、カッ、カッ、とヒールを鳴らして構内を先導した。数時間前に歩いたばかりのはずの順路は、夜で人気が引き、見覚えがあるのかも分からなくなっていた。
ステラはどんどん先に進んでいく。わざと速足にしているかのようだ。
すると、とつぜんステラが「走るよ」と言った。
「えっ、おばさま? 」
「車は表に手配してる。気づかれるのも時間の問題だ」
「気づかれるって、誰に? 」
「誰かもわからんから困ってるのさ。いいかい、ヴァイオレット。サリヴァンが乗った列車が襲われた。あっちはもちろん無事さ。だからさっき列車から手紙が届いたんだ。
いいかい。そいつらはね、たとえ陽王様であろうと、目的のためなら命を奪うだろう。私たちは、そんな敵の顔を知らないんだ。そいつがどんなふうに何をするかも分からない。分かっているのは、そいつらはおそらくこの近くにもいて、おまえたちがここにいると危ないってことだ」
ステラは返事を待たず、振り向きもしないで、先に進むことと必要なことを告げることに専念しているようだった。
いつもは明るい音楽のように流れる声が、硬く緊張した声色で続ける。
「王都の壁のなるべく近くまで行くから、そこからアルヴィン皇子と飛んで、サリヴァンたちと合流するんだ。あっちといるほうが安全だからね」
「おばさまたちは!? 」
「身を隠す。夫人もこうなることは覚悟の上だ」
ヴァイオレットは思わず振り向いた。
おっとりとして見える老婦人は、ひどく緊張した顔のまま、ぎこちなく笑って頷いてみせた。
いつしか道は、路地裏のような様相になっていた。空気は外気に変わり、細い建物の裏手にある小道を一列になって進む。明かりは少ないが、じゅうぶん互いの背中は見えた。
とつぜん大きな通りに出たかと思うと、歩道を跨ぐようにステラの車が止まっているのが見えた。
ステラは困惑する運転手に降りるように言うと、一度も振り返らずに運転席に乗り込んだ。
「お嬢様、いけません! 」
「いいから、あんたにはクラーク夫人を頼むよ。言っている意味、分かってるだろう? 」
「アイリス令嬢、いけませんわ! 」
「クラーク夫人、あんたがいたって仕方ないだろう。子供たちを安心させるために先に逃げといてくれ。万が一があっても、あたしは『鍵』を使って逃げるように言われてるんだ。大丈夫だよ」
そのやり取りを片耳で聞きながら、後部座席に乗り込んだヴァイオレットは身をよじってアルヴィンのフードを下に引っ張った。
「ちょっと見えないようにしてて」
襟のボタンに手をかけると、意図がわかったのか、アルヴィンは狭い車内で体を窓の外に向ける。
袖のあるコートを着てきたことが悔やまれた。手袋を一緒に脱ぎ捨て、一度コルセットを解いた下着姿になってシャツを引っ張り出し、背中を露出するように布を手繰っては脱いでいく。
タイツとブーツも脱いだ。いっそドレスのスカートも脱ぎたかったが、あまりに見苦しくなるのでやめた。
密室でも冬の夜の空気は冷たかった。鳥肌が立つ腕を擦りたいのを我慢して前を向くと、アルヴィンが頭を指す。
髪を結い直しているところで、ステラが慌ただしく運転席に乗り込んだ。
「――――行くよ。ヴァイオレットは合図したら窓から出て。アルヴィン皇子の光に向かって飛ぶんだよ」
ヴァイオレットは緊張で言葉もなく、頷くことだけしかできなかった。
猛然と空へと飛び出した車に、まばらなほかの車は驚いたようにブレーキを踏んだ。どうやらかなりの危険運転らしかった。車はぐんぐん町明かりから遠ざかり、フロントガラスからは、王都の壁と星ばかりが見えるほどになった。
王都は壁で囲まれている。
中央に向かって標高が高いが、一番低い外壁沿いはそのぶん高波のようなかたちでカーブを描く壁が、切れ間なく、どこよりも高くそびえている。
「来てるな」
舌打ち交じりのステラの言葉に、こんどは返事ができた。
「――――うん。見える」
それは、眼下の街明かりの中から湧いて出たように見えた。
――――鳥の群れだ。
翼あるものに親しむヴァイオレットは、こんな夜に集まってギャアギャアと鳴いて車に乗った人間相手に狩りをするカラスの姿を知らないし、こんな高さまで追いかけてくることも無いと知っている。
ほんとうなら彼らは、とっくに巣で家族と眠っているはずなのに。
「うわっ! 体当たりしてきやがった! 」
バン! という音と衝撃と共に、窓ガラスにべったりと黒い跡がつく。
「ぎりぎりまで窓は開けるな! 」
ヴァイオレットは、また喉が引きつって声が出なくなった。
隣を見ると、アルヴィンもマントを脱いでいる。
すでに鎧を出す準備をしているのか、輪郭が熱で揺らめいていた。
まだ手袋ごしの手を握る。握り返されて、前に向き直ることができた。
――――星空が見える。
ドン、ドン、ドン、と、絶えず車体を叩く音がする。
じゅうぶん上昇したのか、座席が平行になった感覚があった。
「合図するよ。さん、にい、いちだ。まっすぐ飛ぶんだよ。線路には誘導灯が灯ってるからね」
「おばさま、お気をつけて。無事に帰ってね」
「大丈夫だ。おばさまには秘密の抜け道が用意されてるんだから」
ぐん、とスピードが上がった。カラスたちを振り切るためだ。
「窓開けな! 」
ハンドルを握って力いっぱい回す。
「全開になったわ! 」
「よし! いち―――――にぃ―――――」
翼の早い一羽が、するどいくちばしをねじりながら開いた窓に向かって突進してきた。
腐った肉とヘドロのような臭いがする。瞳は白濁し、ぶつかった衝撃でくちばしが割れていた。
(――――この子、もう死んでる)
「――――さん! いけぇ! 」
飛び出す瞬間、自身も窓から杖を突きだしているステラがちらりと見えた。
外気へと転がり出て翼を広げ、くるくると回りながら重心を取ると、鷹の眼には星明りも分からない。
眼下の街の光はここまで届かず、密度のある闇が覆いかぶさっていた。
ぐるぐると首を回して、ようやく明るい光をとらえる。
アルヴィンの青い炎を芯にした深紅の炎は、冬の夜気を切り割きながら、ヴァイオレットの眼を導いた。
「ヴァイオレットを頼んだよ――――! 」
風の中に声がして、思わず振り向きそうになったとき、アルヴィンの輝く腕がさっと自分にむかって差し出されるのが分かった。
チカッと一瞬大きな光が暗闇を染める。ステラの杖から飛び出した光は、雷が落ちたような音と爆風を立てて二人を何十mも押し出した。
―――――おばさま!!!
アルヴィンが空を走り出す。見失うわけにはいかない光を前に、ヴァイオレットは迷うことなどできなかった。
門の上を出た瞬間、大粒の雨が翼を打つ。
(外は雨なのね)
冬の雨は氷のように冷たい。
感覚を失くしはじめる翼の付け根を無視して、ヴァイオレットは目をこらした。
アルヴィンのまわりは、雨粒を受けて太陽のように輝いていた。
真っ黒で冷たい雨のカーテンは、永遠に感じられるほど長く感じた。
もう駄目だ、というところでアルヴィンが高度を下げる。
(ああ、よかった。もうすぐなのね)
滑空の姿勢でくちばしを下げる。
雨音の中に誰かの声がする。
人がいるのだ。列車のシルエットがようやく見えてきた。車両の屋根に立って、腕を振る人がいる。
アルヴィンはまっすぐその人にむかって飛んだ。
「――――おばさまたちを助けて! 」
皺枯れた声で叫ぶ。列車の上の人は、その声ではじめてアルヴィン以外の存在に気が付いたようだ。
「おばさまたちを、助けてぇっ!! 」
ヴァイオレットはそのままの勢いで列車の屋根に崩れ落ちた。
冷えたからか、それとも恐怖からか、自分でも分からない震えが全身を覆っている。腕の感覚が無い。
むき出しの肩に、ばさりと温かい布がかけられた。
「もう大丈夫だ」
抱き上げられた腕の中で、そう言う声を聴き、ヴァイオレットは落下するような眠りに落ちて行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます