6 キラーチューン③
「あら、熱い展開」
ふふ、とアリスは小首をかしげてサリヴァンを見た。
ただ『見た』だけだ。ちらりと、サリヴァンを視界に入れた『だけ』。
サリヴァンはその、ふだん幼馴染が向ける視線との違いに、一瞬怒りも忘れ、大きく戸惑った。
「……聞いてただろ。『中身』が違うんだ」
「分かってるよ。……実感しただけだ」
そこで言葉をのみこむ。その先は、本人に言うべき言葉だ。
「聞いてたって、どういうこと? 」
「主人との結びつきが、互いの心の内を見せるのさ。これは魔人の中でも、アンタらの金の眼の機能を一部流用している、ボクらだけにある機能だ」
ジジはするりと立ち上がり、「こういうこともできる」と、影に溶けた。
そのままサリヴァンの足元にある影の中から姿をあらわすと、舌を出して威嚇する。
その身体に、激闘のあとはない。影をトンネルに使って、サリヴァンが差し出してきた魔力を受け取ったのだ。
ふだんのジジは、サリヴァンからの魔力を積極的に受け取らずに自己を運用している。それは主従である前に友情を重視した二人の方針で自然とそうなったことであったが、今回ばかりは、素直に頼って回復につとめた。
(なんだこの部屋)
サリヴァンが心で呟く。ジジは短く指示した。
≪奥の壁は壊さないで。……サリー、いいんだね? ≫
小さく頷き、サリヴァンは握っていた杖を一度ふところに戻した。
「やるぞ」
駆け出す。
曲線を描きながらアリスを囲むように、ジジは右側から
ヒースのすらりとした腕が広げられ、籠のように銀線が展開された。籠は距離を詰めてくる二人に向かって、目を増やしながら拡張して迫る。
サリヴァンは下肢を強化して駆けている。胸板が地面と平行になるほど屈めた姿勢での足運びは、海鳥の滑空のようにも見える。迫る籠目からかばうように、サリヴァンは腕を顔の前で交差した。ジジは『拡散』し、空中に黒煙のように『展開』して、膜のように纏う熱で周囲の景色を歪めつつある籠目に触れる。
サリヴァンから
「きゃあ――――! 」
鋭く短い悲鳴。
その隙を黒煙となったジジは逃さない。命を奪う黒煙は、細い筋となって籠目をくぐってヒースの白い首をとらえた。今度は悲鳴もなく、飲み込んだ息とともに彼女は沈黙して昏倒する。
そのときには、籠はやわらかくたるみ、サリヴァンを中に迎え入れていた。
ヒースの『杖』はもとの形に――――魔術師たちが装身具として収納している形に急速に戻っていき、服の下で冷たく硬い一対の腕輪になる。
サリヴァンは身をかがめてジジの膝に抱えられた頭に手を伸ばし、さらりと指の爪で撫ぜた。そのまま、こめかみと頬の間へと指を滑らせ、呼吸と鼓動を感じると、痛みをこらえるように大きく息をつく。
「……サリー? 」
小さくその唇が呼んだ。
「……エリ? 気が付いたか?」
睫毛が震えて瞳が彼をとらえる。うっすらと微笑んで逃げる手を握りしめ、『ホルスの眼』は、彼をとらえて離さない。
「決めた。あなたにするわ」
艶然と微笑むその口を、ジジの手が塞いだ。黒煙に巻き取られ、その身体はかすかにもがいて、また沈黙する。
「……ごめんサリー」
「いいや。……やらせたのはおれだ」
それきりしばらく、サリヴァンはじっとうつむいていた。
――――カチ、カチ、カチ……。
無数の歯車の音が、鼓膜に戻ってきていた。
それに混ざって、足音が背後に立つ。
サリヴァンは言った。
「……
「ええ……もちろん話すわ」
背中を丸めてうつむく弟子に向かって、エリカは言った。
「おつかれさま、サリヴァン」
そしてジジは、サリヴァンの肩ごしに、悲しげな眼で彼女を見上げていた。
✡
草原は灰色にけぶり、硬質な雲が空を覆っていた。真っ黒な空に、真っ黒な風が吹いている。
「どうしてこんなことをするの? 」
血の匂いのする湿った冷たい風が、丘からヒースを吹き飛ばそうと吹き付けていた。いつしか背後は切り立った崖に変わり、暗黒の死が口を開けている。
「どうして? 」
「夢を思い出したの」
丘の上で見下ろす父が――――いや、
「……ここには
ピーター・パンも、アーサー王も、ヘラクレスも、アリスもキャロルもいなかった。
でもエリカは、ラブリュス魔法学院をつくり、アーサー王のかわりに陽王と陰王をたたせ、フェルヴィンというネバーランドを支援した。
あたしたちは民衆の歌を一緒に歌っていたけれど、いつしか袂を別ったわ。それはあたしたちが、違う未来を、違う目で『見た』から。別のものを愛しているから。別の生き物で、あたしの夢は、彼女にとって受け入れられないものだったから。
知っていたでしょう? 荒れ野で出会ったヒース。未来にいる『エリカじゃないエリカ』。
あたしの名前は土地に刻まれた。始祖の魔女として伝説になった。それができたなら、あたし、前は叶えられなかった夢を、叶えられるかもって希望を持ったのよ。
あたしを知るあなた。あたしを知ってしまったあなた。あなたとの出会いが、繋がりが、言葉が――――この果てしない物語の中で大きな希望になって、あたしにとっての魔法になったの。
アリスは言う。最初に出会ったときと同じ姿で微笑みながら。
「あたしの夢は、もういちど魔王になること。世界征服なんて、今も昔も手段のひとつでしかないわ」
「あなたのなりたい『魔王』ってなんなの――――」
「あはは! 『
最後は耳の後ろで声がした。
絡みつく華奢な腕は、いつもであれば簡単に振りほどける非力な腕だ。しかしその腕があまりにも冷たくて、ヒースは身を固くする。それが間違いだった。
「彼、素敵なヒトよねェ」
ゆっくりと落ちていくヒースを、アリスはじっと見下ろしていた。
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