第三節【特急リオン号王都行き】

3 とても大切で忘れてはいけないこと

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 隆起りゅうきする木々の頭を見下ろして、アルヴィンは大木のてっぺんに腰掛け、風を浴びていた。

 薄雲の空は茜色に染まり、きわには星がにじみ始めている。

 ヴァイオレットは、マントをつくろう手をいっとき止め、視界の端から、それと分かるように歩み寄ってくるアルヴィンに目を向けた。


「毎日日暮れを見てるよね? 日の入りも。星が好きなの? 」


『ふるさとでは見られない景色だから』

 アルヴィンは石板を掲げる。『僕の国には星が無い』


「そういえば下層の他の国じゃ、空は見えないんだっけ。この国は天候を操作する術があるから、雨雲の位置は期間によって決まってるんだよ。知ってた? 」

『はじめて』

「そう。便利でいいわよね。情緒はないかもだけど、景色は変わんないし。――――で~きた! 」


 ぱっと立ちあがったヴァイオレットは、マントを広げて掲げて見せた。

「はい! あんたこれ着て」

 アルヴィンはたじろぐように両手を振る。石板には『?』をたくさん書いて見せた。


「もうすぐ街につくでしょ。そしたら列車に乗るの。さすがに裸の人は乗せらんないわ。そうでしょ? 」

『裸ってわけじゃ』

「胴は見えなくても、手と足が浮いてるわけでしょ。人が見たらびっくりしちゃう。見てて思ったんだけど、あなたって視えない部分にも感覚はあるんでしょ。こっちから触れないだけでさ、あなた自身からだったら、触れるんじゃない? って思ったの」

 言いながらヴァイオレットは、ばさっとアルヴィンの上でマントを広げて手放した。空気をはらんで曲線を描いたマントは、透明な肩に引っかかって止まる。

 ヴァイオレットは、(ほらね)という顔をした。


「長靴と手袋と、あとは帽子があれば、まぁ人には見えるでしょ」

『レティ、なんていったらいいか』

「これは必要経費よ。あらま、あなたの身長、あたしと同じくらいなのね! 調達しやすくて助かるわ。あたしが試着すればサイズが分かるわけだし? あ、せっかくだから、このままいろいろ測っていい? 」

 にじり寄るヴァイオレットに、アルヴィンは慌てて石板を掲げた。

『ちょっとまって! 』

「何よ。胴回りは男女の違いがあるでしょ。あと股下とか」

『どうやって測るつもり』

「そりゃ触ればわかるもんでしょ。もちろん布の上からだけど……」

 文字が並ぶ。

『だめ! むり! いやだ! 』

「ええ~……」

 おもむろにアルヴィンはマントを投げ捨てた。後ずさりながら腕を広げ、背後の木立が陽炎で歪む。鎧を纏ったアルヴィンは、空中を黒板にして『主張』を描き込み始めた。


『その1 沐浴や着替えのさいは一言いうべし。

 その2 お手洗いのときは場所をきちんと教えてから! 注:たいへんな事故に繋がる可能性があります

 その3 むやみに僕の体に触れるべからず。火傷の危険性があります。

 その4 もう少し女性としての慎みを持ってください。←じゅうよう! 』


「アハハなにそれ」

『本気です! ←ほんとう! 』

「いやでも、あなたってほら……」笑いながら何かを言いかけて、ヴァイオレットはハタと表情を真面目なものに変え、居住まいを正した。

「……ごめん。デリカシーのないこと言いそうになったわ。こういうところね。ふむ」

『ありがとう』

「いいの。あたし、あなたを小さな男の子みたいに扱ってたみたい。相互理解のいい機会なのよ。こっちこそありがと」

 さてどうしましょ、と呟きながら、ヴァイオレットは厳めしい顔つきで腕を組むと、落ち葉を踏み荒らしながら円を描くように歩き始めた。

「何をしてんのか分からないとおもうけど、ちょっと待って。あなたへの質問を考えてるの」


 星がすっかり空を覆った。少し欠けた白い月も、その姿を主張し始めている。

 アルヴィンは手持無沙汰に倒木の上に座り、マントを畳んで横に置いた。どうやらこれは、これからアルヴィンが管理すべきアイテムになったようだから。

 ヴァイオレットは、煙が目立たない焚火の仕方を教えてくれた。南西に歩き続けて四日、ミネルヴァ領を出てその下にあるマリサ領に出てからは、火を焚くことを解禁としたのだ。

 

 慣れない手つきで作った焚火に、指先から火をつける段階になってヴァイオレットは戻って来ると、「まあこういうのって、無難なやつがいちばんいいわよね」と口火を切った。


「アルヴィンっていくつ? あと自分のこと、有名人になら誰に似てるとおもう? 」

『きみと同い年。他は知らない』


 さてどんな質問が来るかと身構えていたアルヴィンは、火種のための落ち葉の上に、こたえを大きく書いてやった。


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