3 ハイドタウン駅①
まずヴァイオレットは、アルヴィンの足の向きを確認して、自分の手元をきちんと見ていることを確認した。
「いい? これが今いる国の地図ね」
ヴァイオレットは、小石を使って石の上に大雑把な円を描く。その円のまわりに、溶けたチーズのような歪な楕円を大小いくつも、ぐるりと全体に纏わりつかせた。
「この中心の円が、『尾の島』。円のまわりについてるのが、『頭の島』って呼ばれてる。あたしたちがいた湖が、ここ。尾の島の北の端、その真ん中あたりね」
ヴァイオレットは、地図を大きく十字で区切ると、中心から少し左上にバッテンを描いた。
「あたしたちはこう……真ん中の十字を、下に向かって右斜め方向に進んできたってわけ。現在地はここね」と、こんどは四分割された尾の島の、右下ゾーンの真ん中あたりにバッテンの印をつけた。
「で、目的地の王都アリスがここ」そして、尾の島中央下を少し左へ寄ったところにマルをする。
「あたしはもともと左側の山沿いを行くつもりだったから、右側のプランなんて無かったわけ。右側は平野が広がってて、道が発達してて街も多いのよね。もちろん人里も近い。あたしなら、人目の多い街よりも野生動物に気を付ければいい険しい山を行くほうが、楽で安全だと思ったから。あなたもそうでしょ?険しい山道のほうがまだマシって感じよね。でもいまさら右側を行かなきゃいけないなら、プランを考えなきゃ。だからあたし、いっぱい考えました。山には無くて、都会にあるもの。それを逆に活用することはできない? って。なんとね、右側には――――」
もったいぶって、ヴァイオレットは少し黙った。
遅れて、アルヴィンの手が控えめな拍手をすると、ヴァイオレットは唇をムニムニさせながら大きく頷き、息を吸いながら口を開く。
「なんと、右側には、『王都行き』の、『鉄道』が――――あるのです! 」
ぱちぱちぱち、と一人分の拍手が森に響く。
「ありがとう――――ありがとう――――。いや~、思い出してよかったわ。大丈夫、旅費はあるの。いざという時のために肌身離さず縫い付けてあるんだから。どこにって? アハハ! そこは聞いちゃ駄目なところよ! え? 聞いてない? そうね。出発駅のある駅は、この森を出たら一時間とかからないわ。始発駅はもっと右の沿岸にあるから、そんなに大きい街でもないの。『王都に比べれば』って前提だけど。まあせいぜい、王都の二十ぶんの一くらいだけど、あんたの靴と帽子も調達できるくらいには発展してるわよ。お父様と三回くらい行ったことあるもんね。降りたことはないけど。……で、そこで列車に乗れば、三時間くらいで王都アリスに到着できるって寸法よ。どうよ! 」
ぱちぱちぱち――――。
「天才のヴァイオレット様と呼んでもよくってよ! ――――あ、やっぱヤダ。恥ずかしいからレティのほうがいいわ」
✡
森を出ると、ヴァイオレットが言ったとおり、なだらかな丘が伸びる平野が一面に広がっており、その見渡す限りの田園地帯の中を切り裂くようにして、黒く細長い線路が通っていた。
時刻は夕方。日が傾きかけた午後である。
アルヴィンは初めて見る光景に静かに胸の炎を大きくし、実をいうとヴァイオレットも、自分の足と翼を使って観たこの光景を、十二秒ほど立ち止まって、頭の奥のキャンバスに焼き付けた。
北から追い付いた木枯らしが吹き、立ち尽くす二人をせかす。日暮れまでには、街につく予定なのだ。
街に入るのには、少し冒険をしなくてはならなかった。
ヴァイオレットいわくの『そんなに大きくない街』ながら、きちんと関所が立っていたのだ。
考えてみれば、領地に入ってまず立ち寄れるのが、この『ハイドタウン』なのである。いにしえの領主は、自領のために要所を関で固めるもので、これはその名残りだった。
そうはいっても、ふつうの旅人にとっては、そんなに厳しいものでもない。
『鷹になって、隠れて入り込むべきじゃない? 』
アルヴィンは空から行くことを提案したが、ヴァイオレットが首を横に振った。
「できれば関所をふつうに通りたいの。ちょっと確認したいことがあるのよ」
『大きな危険に繋がる可能性があっても? 』
六日になろうとする付き合いで、彼女にはこうした『確認』が必要なことが、分かり始めていた。(確認しなければ、彼女はノンストップで突っ込むのである)
思惑通り、ヴァイオレットは少し考え込み、自分の案が正しいかどうかを『確認』したようだった。
「この街では、そう大きなことにはならないと思う。根拠はカンだけど……これが当たるのよね、あたしの場合。神々の御導きかしら? 」
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