18-2 Star light
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『魔術師』には入念に猿轡と緊縛を施し、その上からジジが『麻痺』の魔法もかけ、飛鯨船の後部座席に固定された。頭の先までミイラのようにピッチリと布に覆われた少女は、悪趣味な土産物のように無視されている。
エンジンをかけ、安定飛行になったころを見計らって、ジジがグウィンに言った。
「……王様、サリーが作戦変更だって」
「なんだって? どこを」
「プランB。『星』が復活したから、そっちに任せようってさ。飛鯨船組は状況を見て離脱。王様、あなたの任務は、あとは生き残ることだけってこと」
「…………それは」
グウィンの視線が、一瞬、戸惑いにさまよった。
(……いいのだろうか。弟が戦っているのに)
魔人の肩ごしに、ケヴィンと目が合った。すぐ下の弟は小さく笑い、頷く。
「――――わかった。司令官は、彼の仕事だ。僕らはそれに従う」
「ありがと」
ジジは口の端で笑うと、当たり前のように『魔術師』の隣の席へと収まった。
ヒューゴが、後ろを振り向いてギョッとする。
「何してんだ? 」
「寝るから枕にしようと思って。足が痺れたら、とっさに逃げられないでしょ? 」
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アルヴィンの内側に、痺れるような期待が広がった。
右のこぶしを胸に当て、左手を彼に差し出す。
アルヴィンには、あの『花』との戦い方が分からない。この赤毛の魔法使いは、それを知っているのだ。否と言うわけがなかった。
魔法使いは、手繰り寄せるようにアルヴィンの手を取る。
「あの『花』に使われているのは、ミケの銅板だ。魔人と主人の繋がりというのは、一度結べば途切れない。おれがミケの呪文を手に入れて読み上げるよりも、主人である貴方が自ら語り掛けるということが、何よりも大きな意味と、効果を持つ」
(―――――ああ、でも)
今のアルヴィンには舌が無い。言葉を紡ぐ口が無い。
「言葉なら、ちゃんとあてがある」
心を読んだように、魔法使いはまっすぐに言った。
「……”
魔法使いの言葉で、剣が銀色に煌めいた。その光を映して、魔法使いの瞳も薄紫に輝く。
「”とこしえに辿り着きし詩人たちよ””いまふたたび、ここに言葉を紡がん””とわへの剣をたずさえて””その白き手でもって””ここに集わん”―――――”『
金色に輝く板が、魔法使いの周囲を巡る。
「”『
そのひとつを剣先で指し、魔法使いはアルヴィンの方を見た。
「――――”ダッチェス”」
綿毛のように、彼女はふわりと、アルヴィンと魔法使いの前に立つ。
『—————まあ! お早い御指名ですこと! 』
腰に手をあて、巻き毛をなびかせて。
「嘘つけ。今わの際に、そうしろって注文つけたくせに」
『そうでしたかしら? 忘れたわ。おばあちゃんだもの。うふふ。驚いた? 』
語り部ダッチェスは、顔一面で笑いながら、舌を出した。
『ね、アルヴィン様。あなたに、語り部の口をあげるわ』
レースを重ねた白いドレスは、まるで花嫁衣装のようだった。
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瓦礫を背にして、ダッチェスは穴の開いた腹に手をあて、肩をすくめてみせた。
「……これじゃあたし、そうもたないわ。自分で分かるもの。その前にね、魔法使いさん。あとの
「陛下たちと話すんじゃなくて、おれに? 」
「そうよ。ねえ、魔法使いさん。アルヴィンさまを助ける策はあるのかしら? 」
ダッチェスは微笑みながら、そう口火を切った。
サリヴァンは唸りながら、背中を丸めて顎をなぞる。
「……もう一度、降霊の儀式をする」
「それで? 」
「仮説はできてる。皇子は冥界だ。儀式で皇子を呼び出す」
「……あの繭のようなものは? アルヴィン皇子はあそこにはいないって、あなたは言うのね。それで、呼び出してどうするの」
「魂を捕まえるのは簡単だ。名前を呼ぶだけでいい」
「……そのあとは? 」
「……考えてない。いやっ、考えてるけど、『臨機応変に』ってしか答えられない。……今のところは」
「ずいぶんと穴だらけの計画ねえ 」
「仕方ないだろ」
サリヴァンはぼりぼりと頭を掻いた。「もったいぶらずに、知っていることを教えてくれよ」
ダッチェスは喉の奥で、くくくと笑った。
「『銅板』にはね、力があるわ。男前さん」
サリヴァンは視線で先を促す。
体はどんどん前のめりに俯きがちになり、焚火の熱で温まりつつある体は、あきらかに休息を欲していた。
「いいこと? 『銅板』の原材料は『混沌の泥』。無限の可能性を司る素材よ? そして語り部は、そんな銅板に宿る魔人……。寿命は九人の主を看取るまで。どうして九人までか、わかる? 」
「機能限界だろ。寿命だ」
「そう。九人までが、ぎりぎりあたしたちが許容できる人数なの。……その『許容するもの』って何かしら」
「……そりゃ、記憶とか記録とか、あとは魔力とか……—————あっ! 」
サリヴァンはがばりと起き上がった。
「『今わの際の未練』って、そういうことか! 『語り部』の魔力を使えって!? 」
「
ダッチェスの平手が、ばしばしと何度もサリヴァンの肩を叩いた。
「『銅板』にそういう力があるのは、もう実証済みでしょ。
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尾のように伸びるドレスの裾が、風に逆らってなびいている。
ダッチェスは手袋を外し、アルヴィンの白金の鎧に手のひらをあてた。
鎧をすり抜け、彼女の手が心臓の位置にある青い魂に触れる。
『……あたしには、レイからもらった魔力も流れてる。アルヴィン様、それこそ再びあなたに注がれるべき力。あなたの父親が遺した、最後の奇跡が、いまのあたし』
水に氷の膜が張っていくように、青い炎の上に融けた銅板が、薄く張り付いていく。
『もとの通りというのは、あたしだけの力じゃ難しいみたいだけれど―――――』
額を寄せ、そっと口付けを落とした頬に、雫が流れた。
兜の境からのぞく、幼さを残す唇が
「あ――――――」
『お父様の願いはひとつだけ。あなたに、幸福な未来が訪れますように……』
「……ぁぁあ、ああぁ! あああぁあぁあっ!! —————お父さん……っ、ぼく――――――! ぼくは……っ! 」
『—————泣き虫ねぇ。ふふ……さような―――――』
パリン、と、銅板が砕けた。
欠片は砂になって、風とともに消えていく。
涙は僅かな塩の粒となって、頬に白い筋を残した。
この国に、青空なんてものはいらなかった。
アルヴィンにとっての青空は、果てしない世界の外にあるもので、この永遠の『黄昏の国』が、変わることの無い故郷であった。
高い高い群青の空。不思議に明るい星々が散らばる下、白々と照らし出された街並みは、朽ち果てた骨のように、清潔なほどの死が蔓延っている。
アルヴィン・アトラスは、自らの口で呪文を紡ぐ。
「……”天に、しらほし”」
『カチリ』
運命の針が進む音がした。
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