15-9 ✡ 語り部ダッチェス


 ヒューゴ・アトラスの語り部トゥルーズは、自身が語り部として『おかしい』ことを、自覚していた。

 稼働年数が千年を超え、仕え、見送った主は、たったの四人。

 トゥルーズは好みが激しすぎる語り部として、名が通っている。しかも、好みが激しいわりに名を遺す偉人がこれといっていないのも、トゥルーズの名前の影を薄くした。


(そんなにおれの好みっておかしいかなぁ)


 語り部は、様々な基準で、主人を選定する。

 たとえばダイアナは、英雄ジーンやヴェロニカ皇女のような、英傑の素質ある主を好むし、逆に、ダッチェスは穏健な家庭人を好んだ。

 語り部は、生まれる前の子供の魂から、ある程度の素質を嗅ぎ取ることができる。だいたい『こういうふうに育つだろう』という確信をもって、主を選び取る。

 その選定の『好み』は、そのまま、語り部個人が『どういった物語を記したいか』という『好み』に重なった。

 だからダイアナは、旅行記や冒険スペクタクルを書くのを得意とし、ダッチェスは、ただ単純に一人の人間の日常を描ききることを、生き甲斐としている節があった。


 しかしトゥルーズの『好み』は、そういったものではない。

 トゥルーズは単純に、才能のある主が好きだ。

 溢れんばかりの才覚を生まれ持ち、その才能をもって、宮廷でどう生きるのかを見てみたい。

 有能でなくともよい。有能であることと、才能があるということは違うから。


 かつてから今までで、トゥルーズの主の席には、五人の才能ある王族が座った。

 語り部をしのぐ文才を持つ皇女、齢十六にして羆(ひぐま)将軍と呼ばれた皇子、鍛冶に人生を見出した公爵家の次男、無能王と呼ばれた音楽を愛した愚王。

 そして今代は、アトラス王家に産まれた新鋭の芸術家、ヒューゴ・アトラス。


 トゥルーズは、自分の作風にはこだわらない。

 主によっては、記すのは文字でなくても構わないとすら思っているし、実際にそうした。

『王に捧げる鎮魂歌』は、ようやくトゥルーズが『語り部』として名を刻んだ最高傑作だ。


 トゥルーズは、主にはこだわるが、主の人生にはこだわらない。

 最初の皇女は豊かな感受性によって現実に耐え兼ね、三十四歳で自ら命を絶った。

 羆将軍と呼ばれた皇子は、鍛錬中の怪我がもとで二十になる前に夭折した。

 公爵家の次男は、百四十歳まで生きたが、やがて目と心を病んだ。

 無能王と呼ばれた皇帝は、言わずもがな。


 命は儚い。

 とくに、トゥルーズが好む人物は脆(もろ)く散る。

 それは仕方のないことだ。トゥルーズはそう思っている。

 結末がどうであるにしろ、彼らは自らの才能を愛していた。愛し抜いて、向き合い、苦しみ、選択した。

 選択の果てにある結末を、どうであれトゥルーズは尊いと思う。

 そんなトゥルーズの記すものを、面と向かって褒めたのは、ダッチェスただ一人だった。


「あたし、好きよ。あんたの書くもの。あら? 意外って顔ね? あたしがホームドラマしか好まないような語り部だと思っていたの? いいじゃない。あんたの話。いくつか挙げられるけど、簡単にお涙ちょうだいの美談にしないところ、好きよ。トゥルーズ、あんたの書くものは、主人に対してとても真摯だわ」


「まあ、読者は選ぶでしょうけれどね」ダッチェスをそう締めくくり、トゥルーズを見下ろして言った。

 レイバーンの前の主のもと、ダッチェスは女ざかりの姿を保ち、当時の彼女は、月の女神のように美しかった。


 語り部が消えたあと、遺るものは、記(しる)した物語と思い出だけだ。

 語り部たちは、自らの消滅を『死』とはいわない。ただ『消える』のだと、『魔法が解ける』のだと口にする。

 けれど、トゥルーズはこっそりと、こう思っている。


『意志』あるものこそが命なのだと。

 だから、語り部だって、『二度とお話ができなくなる』のなら、遺されたものにとってそれは『死』と同じなのだと。



 語り部が九人目の物語を書ききって消えるとき、他の語り部はそれをいち早く知る。

 ダイアナも、マリアも、ベルリオズも、最も長く生きた『きょうだい』の最期の時でも、主から目を逸らさなかった。

 しかし―――――トゥルーズは『おかしな』語り部であるので―――――少しだけ主から目を離して、空を見ることを、自分に許した。

 フェルヴィンのいつもの空。


 インクを刷いたような黒雲に、不吉な赤い陽光の中、きらきらと金色の光が見えた気がした。



 ✡



「……本当に、いいのか? 」


 ダッチェスの最後の言葉は、実にさっぱりとしたものだった。


「ばかね! 語り部が主に看取られるなんて、そんなの生涯の恥じゃない。やーよ! あたしは今のうちに消えとくわ。あとは任せたわよ」


 そう言って、ダッチェスはひらひらと、手袋をはめた手を振った。

 その瞳が最後にレイバーンがいる門の外の空を見たのを、サリヴァンとジジはしっかりと心に留めた。



 光の粒になって消えた彼女のあとには、古ぼけた銅板が一枚、僅かな明かりの中で、残り火のように輝いていた。





(なろう版には挿し絵があります。)

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