付録:専門用語まとめ
✡多重海層世界
近年の学者たちが定義した、世界構造を端的に表す専門用語。近年の我々がこの土壌を『太陽系惑星』の『地球』と定義したようなもんである。
その名の通り、海洋と大地と大気を備えた皿状の世界が二十枚、重なっているミルフィーユ構造になる。その皿の一枚一枚を、上から『第○海層』と数える。
✡雲海
皿状の世界の間は、『雲海』と呼ばれるもので接着されている。この世界の『雲海』とは、ただ高層から見下ろす一面の雲のことではなく、文字通り、空を覆う雲と、その先の真空世界、さらにそれより上空にある次の海層の最下部分にあたる深海という、隣り合った海層のつなぎ目のことを言う。
✡混沌の夜
人類文明に伝わる最後の神話。細部は地域により異なるが、おおむねは共通した筋書きである。
人類文明に救いを見いだせなくなった神々の王デウスは、人間をひとり残らず滅ぼすことにした。手始めとして、海洋国家アトランティスを沈めたが、その国を治める巨人の海の神アトラスは激怒し、戦乱の火種となった。
長い戦争のうち、太陽や灯りなどの光を司る神々は策略によって幽閉され、世界は闇に沈み、二十に砕かれてしまった。
この暗黒の時代を、『混沌の夜』と呼ぶ。
そんなとき生き残った少ない人類の中から、一人立ち上がった者がいた。その者は類まれな力を持った魔女であった。
魔女は、一人、世界創造の時代からこの世を見守る怪物『時空蛇』のもとを訪れる。時空蛇の協力を得た魔女は、次々に神々や怪物との交渉を行い、世界に明かりを取り戻し、やがて一軍の将として神々の王デウスのもとへと招かれる。
人の身にして数々の苦難を乗り越えた魔女はデウス神に認められ、魔女は人類の延命という条件を飲ませることに成功する。
神々は残らず天上にある神々の庭へと姿を消した。
魔女はその後、人々に知恵を授け、みずからの弟子たちの作った国に魔法をかけ、どこにも行き場の無かった罪人や流人たちを率いて最下層へと至り、そこで静かに暮らしたという。
魔女は預言を遺した。
『いずれ人々が神々を忘れた時、ふたたび人類すべてを試す審判が行われる』と。
✡最後の審判
魔女の預言した『人類を試すために神々が与える試練』。人類はその試練を乗り越え、最上層にある神々の庭へと至り、裁判を受ける。
代表者は魔女がすでに預言しており、資格があるのは二十二人と伝わっている。預言された資格者のことは『選ばれしもの』と呼ばれ、『愚者』『教皇』など、それぞれの功績を象徴する単語がついている。
✡選ばれしもの
『愚者』『魔術師』『女教皇』『女帝』『皇帝』『教皇』『恋人』『戦車』『力』『隠者』『運命の輪』『正義』『吊るされた男』『死神』『節制』『悪魔』『塔』『星』『月』『太陽』『審判』『宇宙』
の暗示を持つ二十二人の『世界を変える(あるいはその素質がある)もの』たち。
二十の大地で生きている人類すべてから選ばれる。
✡混沌
この世界を創った原初の泥。すべてを詰め込んだ可能性という何か。この世界の創造神話は、この混沌から『混沌』という一柱の神と、始祖の蛇と呼ばれる怪物が産まれたところから始まる。
始祖の蛇は兄弟である『混沌』を教育し、世界を創造させることに成功する。そうして(砕かれる以前の)この世界は出来上がったのである。
✡時空蛇
またの名を『始祖の蛇』。原初の泥(混沌)から生まれ、兄弟である混沌(神)を教育し、世界創造を成した怪物。混沌(泥)から、あらゆる可能性を引き出して混沌(神)へと手渡す役目を持っていた。
ある時、『時』を引き出した蛇は、それを天空へと張りつけ、世界に朝と夜、季節などを作った。しかしいくつかを大地に落してしまったので、仕方なく自分で食べた。
それから始祖の蛇は名を『時空蛇』と改め、世界の終わりまでを見通す預言者となった。
世界の終わりを見た時空蛇は、絶望し、長い長い眠りについた。
ふたたび目を覚ますのは、混沌の夜のとき。始祖の魔女に起こされる時になる。
時空蛇は、始祖の魔女の嘆願に共感し、協力することを約束する。
時空蛇は魔女の親友として人類救済に助力し、最後はとぐろを巻いて一つの島となり、その上には彼女の弟子たちの国ができたという。のちに『魔法使いの国』と呼ばれるその島国である。
✡魔法使いの国
第十八海層、エルバーン海にある島国。その地は時空蛇の体の上にあるとされ、国をあげて時空蛇を信仰する。
魔女の残り香が世界で最も濃い『神秘の国』で、固有の人類種として『魔法使い』人が暮らしている。人類で唯一、『魔法』が使え、移動手段に箒に跨ったりと、その技術が生活に根差している。
魔法使いは子供が生まれると、その産毛を芯にして杖を作る。それは『銀蛇』と呼ばれ、同名の専門店が、三千五百年代々製造している特殊なものである。
第十一海層から下(下層と呼ばれる)で最も繁栄した先進国でもある。
✡銀蛇
魔法使い人種が持つ道具。いわゆる『魔法の杖』。銀色をした装飾具の形をしている。持ち主の意志に反映した形になり、呪文や儀式を用いることで、様々な効果の魔法を行使する補助具となる。
同名の専門店においてのみ製造されており、現在の店主アイリーン・クロックフォードは、年間数百万の銀杖をほぼ一人で製造している。
✡影の王
魔法使いの国には二人の王がいるが、王室は一つである。『陽の王』はその王室から選ばれる『人民の王』。
そして、建国神である時空蛇の化身として、建国から三千五百年、存命して君臨し続けているのが『影の王』である。
魔法は時空蛇からの恩恵とされる。その時空蛇の化身であり、神事統括の長であるため、極めて重要な役職であるはずの『影の王』だが、その姿は誰も知らず、なかば御伽噺の存在となっているため、『陽の王』と比べると影が薄い。
その謎に隠された正体は、城下町で小さな工房を構える、とある杖職人である。
✡フェルヴィン皇国
最下層である、第二十海層にある小島国。鉱山を多く保有する反面、農業に向かない土壌と天候に苦しめられ、またその険しい海によって世界から長年孤立していた。
かつて魔女が罪人や流民を率いて辿り着いたとされた地で、『魔女の墓』という異名がある。
多くの人種を先祖に持ち、耳が長く尖り、非常に長身で、生命力が強いという特徴を持つ。
皇族一族は、始祖に『混沌の夜』の引き金となった巨神アトラスの血を引いており、フェルヴィン皇国もまた、デウス神に沈められたかつてのアトランティス王国であるという伝説が残っている。
✡語り部
フェルヴィン皇国の皇族、アトラス一族に代々仕える魔人たちのこと。鍛冶の神と時空蛇の手を借り、魔女によって製造された、24枚の銅板。そこに宿った『意志ある魔法』。それが語り部の一族である。
アトラスの一族の中で生まれる王の素質あるものに付き、その人生を伝記という形で『記録』する。
彼らは筆を偽らず、生まれてから死ぬまでを、一つの物語として編み上げる。王家はそれを、死後に出版し、読み返すことを死者を悼む儀式とした。
現在、語り部が代々書き連ねた王家の物語は、世界中で翻訳され、長く愛される名著となっている。
✡魔人
無機物を核にして、呪文を刻み、魔法をかけた、魔導による人工人間。『意志ある魔法』という別名がある。
発明したのは始祖の魔女。その詳しい製造方法は散逸しており、もはや古代のように人間と変わらない魔人は、フェルヴィン皇国の語り部だけとされる。
近年の魔人は、言われたことだけを動く、高価で珍妙な姿の自動人形、という印象である。
✡『最後の審判』選ばれしものたちについての預言と比較
【魔女の預言】
人々が神々の名を忘れたとき、神々は人類の真価を試すこととする。
――――そのとき、人類には二十二の勇者があらわれると、わたしと予言の神は予言した。
――――勇者とは、世界を変える素質あるもの。さだめられた選ばれしもの。
一のさだめは
二のさだめは
三のさだめは
四のさだめは
五のさだめは我らが
六のさだめは
七のさだめは
八のさだめは
九のさだめは
十のさだめは
十一のさだめは
十二のさだめは
十三のさだめは
十四のさだめは
十五のさだめは
十六のさだめは
十七のさだめは
十八のさだめは
十九のさだめは
二十のさだめは
二十一のさだめは
二十二のさだめは
「天を目指しなさい! 海の外、雲海よりもずっと向こうの空の先。天上の果てに未来がある! 」
【時空蛇の預言】
「時間こそが、わたしの希望だった」
「わたしは最初の命として、ひどく孤独だった。混沌から得た膨大な知恵……自分がやるべき世界創造の手順……。膨大な仕事を抱えながら、孤独の中で飢えていた。自分以外の生命を育むことは、わたしの仕事の中で、最も望み、情熱を知った仕事だった。
まだ生まれてもいない様々な愛を、わたしは自己の内側でうずくのを感じていた。だからこそ、『時』を飲み込んだその絶望を、今もなお忘れられない……。混沌より生まれし原初の蛇は、『時空蛇』となったその瞬間、ひとつの預言をしたのだ。それが何か、わかるか? 」
「―――――それは破滅だ……すべての終焉だ……。新しいものはいずれ壊れる。始まりは終わりへ向かっている。時は、世界にそれを可能にした。
わたしがあんなにも焦がれていた生命は……わたしが膨大な時間をかけて育んできた世界は……いずれ破滅するのだと、わたしは『時』を飲み込んだその瞬間に、理解したのだ。
もはや時は流れ始めていた。いずれ破滅すると知っていて、生まれる生命たちを見ていることなど、わたしにはできなかった。その中には人間たちの姿もあった。『時』を飲み込む前のわたしが、最も望んだ、言葉ある生命たち。わたしは、わたしの中で育ちつつあった愛から目をそむけ、すべてを投げ出して長い眠りにつくことを選んだ。
…………遠い昔の話だ」
「……魔女は、そんなわたしの心を知っていて、預言の中で『星』を『希望のみちしるべ』だと暗示した……。『人間は星をたどって旅をするの』だと言って。星さえ見えれば人々は自分のいる場所がわかる。次に行くべき場所も、見つけられる。
……わたしが打ち上げた『時』が、いつしかそんなものになっていたのだと。歴史のなかで『今』に無駄なものなど一つも無いのだと、わたしは彼女に諭された。その瞬間、わたしと彼女は友となった」
集うは二十二人。
資格を得るのは【世界を変える力を持つもの】。
聴け! すべての資格あるものたちよ!
果てなき旅路の足を止め、顔を上げ、我が名とともに胸に刻め。
新たな旅への航路を【審判】が示すときが来た!
人類は選択する。心して見定めよ!
第一のさだめ。【愚者】に選ばれしものは、扉を開く鍵となるだろう。おおいに迷え。そして躊躇するな。すべての魔法はやがてお前に至る。この旅路の結末は、おまえの選択によって拓かれる。
第二のさだめ。【魔術師】に選ばれしものは、この世の秘密を暴くさだめ。目をそらしてはならない。それは、おまえが生み出したものでもあるのだから。
第三のさだめ。【女教皇】に選ばれしものならば、言わずともわかるはず。おまえは神秘の発芽を見届ける。
第四のさだめ。【女帝】に選ばれしものは、不屈の盾となるだろう。おまえの献身は必ず報われる。
第五のさだめ。【皇帝】に選ばれしものは犠牲となる。志半ばで膝を折るだろう。しかし諦めるな! おまえは継承するものでもあるのだから!
第六のさだめ。【教皇】に選ばれしものこそ、丘に剣を立てるもの。おまえの旅はそれをもって完遂される。
第七のさだめ【恋人たち】、第八のさだめ【戦車】に選ばれしもの。愛を前に目を曇らせてはならない。愛の喪失は時として復讐へと形を変える。取る手を間違えるな。それもまた選択である。
第九のさだめ。【力】に選ばれしものは、自らの役割を誤ってはならない。おまえの過ちが一行の足をくじく。
第十のさだめ。【隠者】に選ばれしもの。おまえは聞き届けるもの。見送り、見守るもの。おまえは無力ではない。
第十一のさだめ。【運命の輪】に選ばれしもの。おまえは唯一、運命の糸を手繰ることができるもの。おまえの求めに奇跡は
第十二のさだめ。【正義】に選ばれしもの。その目前には、もっとも険しきさだめが立ち塞がることだろう。信じよ。選べ。おまえの正義が命を生かす。
第十三のさだめ。【吊るされた男】に選ばれしもの……―――――哀れな羊よ。神々でさえ、おまえに釈明はしないであろう……。その犠牲は必要であったと
十四のさだめ。【死神】。寄り添うもの。秩序を司る同行者。おまえは選択の必要が無い。悪も、正義も、死のもとでは等しく平等である。その役割はもっとも誇り高い。
第十五のさだめ。【節制】に選ばれし気高いおまえは、秩序と正義のはざまで迷うことだろう。喪失は過程でしかない。【力】は答えるすべを持たない。
第十六のさだめ【悪魔】。おまえは鏡。第十七のさだめ【塔】。おまえは試練そのもの。わたしはおまえに語る言葉を持たない。
第十八のさだめ。【星】よ。おまえは航路のしるべ。おまえを求めて人は旅をするのだろう。何人も忘れるなかれ。【星】は行き先を示すだけだということを。
第十九のさだめ。【月】に選ばれしものには注意せよ。これは正しく警告である。【正義】ではその行く先を遮ること敵わず。【力】は屈し、知恵はくじかれ、誘惑は力を持たない。狂気もつものに注意せよ。
第二十のさだめ。【太陽】に選ばれしもの。【月】と【太陽】は引き離してはならない。【月】は【太陽】をもって輝く。おおいなる【太陽】は【月】を従えるもの。【太陽】には何ものも抗えない。
第二十一のさだめ。【審判】。……おお友よ。時は来たれり。わたしは見ている……。わたしは見ている……。おまえが望み、わたしに誓ったその結末を待っている。はじめまして【審判】よ。わたしは見届けるもの。どんな結末であろうとも……。
【世界】よ。おまえは【
……それはおそらく終焉のときであろうが。
人とは不思議なものだ。
ひとつひとつの願いは、あまりに儚く小さなもの。
しかし、一つに重なり結びついた願いは、意思をもって
耳を澄ましてみるがよい。
魔女が告げた時がくる。
審判を告げる鐘が聴こえるはずだ。
わが朋よ! いまこそ待ち望む逆転の時。
われ願う。おまえたちがさだめを打ち破らんことを!
わが
時は来たれり! 時は来たれり!
わが名は【時空蛇】。
人よ。わが目と耳を楽しませよ。
さあ願え!
終末を拒絶しろ!
明日の糧を掴むのだ!
時は来たれり! 時は来たれり!
【審判】の時は来たれり!
わが名は【時空蛇】! すべてを見届けるもの! この世の
約束された時は来た!
時は来たれり! 時は来たれり!
時は来たれり! 時は来たれり!
「――――『星』の子よ! 預言を覆すが良い! 思うがままに望め! 『生きたい』と! 命は、より大きく燃え上がったほうが勝つ! 」
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