13-2 BRAVER

「身を守るために、口をつぐみなさい」



 ”大熊座カリストの方角に、三つの王の血を束ねるものが生まれ出でる”



「サリヴァン。あなたが本当は誰なのか、誰の息子であるのか。誰の血を引いているのか。それだけはぜったいに、誰にも言ってはいけません」



 ”その者、【終末王】と呼ばれ、世界転換を見届けるしるべとならん”



「いい、サリヴァン。コネリウス二世ではなくて、サリヴァン・ライトとして、この『銀蛇』で普通の魔法使いのふりをするのです。時が来れば、本当のあなたを誰もが知るときが来るでしょう」



 ✡





 最初は、自分の目がおかしいのかとサリヴァンは思った。


 《 継承者を認証。グウィン・ランスロー・サーヴァンス・アトラス 認識。受諾。》

 《 継承者の証明レガリアを承認。製造番号15ヒトゴー独立端末ベルリオズ 》

 《 ベルリオズ。詩歌の登録を行って下さい 》

 寡黙な老爺は、ずっと主の斜め後ろで跪き、首を垂れていた。儀式が始まって、はじめて顔を上げた語り部は、ゆっくりと、よく通る声で、自らを司る言葉を口にする。

「”我が名、ベルリオズ” この言葉をもって誓います」


 語り部が詩歌を語り出す。

 そのころからだ。目の前が何度も、瞬きをしたように暗くなる。サリヴァンおれ自身の鼓動こどうと合わせるように、『書斎』が他の違う風景と重なって見えていた。

 《 時は来たれり 》

 幻聴まで聞こえてくる。


 《 時は来たれり。誓いの時は訪れた―――――― 》


 目の前では語り部が自らの詩歌を言い終えて下がるところだ。

 《 証明レガリアを承認。登録。 これより継承者の死亡まで、語り部ベルリオズの詩歌は保全されま―――――― 》

 音が遠い。かわりに、あの声のほうが、より明確になっていく。

 目の前はすっかり暗い。そこで初めて、重なる風景がだと気が付いた。暗いわけだ。


 それは、その星空の天蓋を裂いてできた白い穴のように見えた。


「時は来たれり。この時を私はずっと待っていた……」

 まるで鼓膜に直接呟かれたような、頭の真ん中に響く声で、星の海に浮かぶ白鯨が言う。

「三千五百年―――――長い眠り。長い沈黙。長い忘却……。私が必要となる時がようやく訪れた。つまり、私の終わりにも近づいたということ。……この時をどれほど待ったことか」


 白鯨は、語尾にため息のような吐息を混じらせる。

 白鯨の声は不思議だった。男と女が重なって聞こえるのだ。

 だんだん混ざり合って、気が付けばその声色は、どちらともつかない一つの声になっている。

 すると、いつしか白鯨の巨体は姿を消していた。


 風が無い凪いだ星の海にいて、白髪はくはつをなびかせる人影がある。

 髪が白ければ、肌も光るように白い。華奢な体にまとう服もまた白く、ゆったりとしたシルエットで、性別は分からない。年も、一見して子供のように見えるが、「では何歳くらいだ」と問われると答えにきゅうする。

 切り取られたように白いその人物は、目蓋の下から現れた瞳だけが、鮮やかな左右違いの金と蒼だった。


「―――我が身に与えられた名は《審判》。デウス・機械仕エクス・掛けのマキナ奇跡管理者の一人。中立者として候補者の選定を任せられた異邦人。

 ……『皇帝エンペラー』の戴冠を成したあなたには、『教皇ヒエロファント』の候補者として認められました。


 承認には、『宣誓』が必要になります。『選ばれしもの』となるか……ならないか。いかがなさいますか」



 「なる」と、即答することはできなかった。

 ずいぶん前から分かっていたことだったはずだった。おれには預言がある。

 おれが産まれるずっと前、フェルヴィン皇帝の息子が死ぬというあの預言とともに、『影の王』がした預言が。

 『審判』は言った。


「わたしは語り部たちと同じ。このゲームにおいて、公平を規すために魔女の手により用意された『審判』の選ばれしもの。

 私の役割は運命の代弁者。導かれ、告知すること。もう時間がありませんよ」

「ちょ、ちょっと待ってくれ」


 誓うとしたら、おれは何を誓えばいいのだろうと考える。

 『預言』に導かれ生きてきた。

 それが定められた運命だと。

 運命とやらを疑ったことは……もちろんある。

 あったけれど。


御決断ごけつだんの時です」

 そのとき、ばちりと視界が切り替わった。思いっきり光が差し込んだように、目の前が波打っている。


 もともと、おれは目が悪い。

 しかしこの時は、まるで脳ミソごとイカれてしまったかのような、地獄みたいな光景だった。自分の頭が、こんなにも心もとなく首に乗っかっているのは初めてだった。


 ……めまいの中、男の厳かな誓いの声が聴こえる。


「……我が名、グウィン・ランスロー・サーヴァンス・アトラス。宿る血において『皇帝』の継承を受諾。

 宣誓する。

『我が手、我が口、我が運命は、育むために』

 ”この大いなるさだめの時”

 ”私は躊躇わぬ王になりたい”



 ……ああ、くそ。

「……御決断を。時が迫っております」



 ”いずれ生まれる命のために”

 ”いまここにいる命のために”

 ”いずれ死に逝く命のために”

 ”いまここで生きる命のために”

 ”歴史を成した英霊たちのために”

 ”いずれ礎となる命のために”


 ”歴史を育みたい”」


 とんでもない宣誓だった。

『本当に世界が終わるかも』という時に、そんなことが言えるのか。

 この人が『選ばれしもの』。世界を変える運命を持つ人。


(それなのに……! おれは何してる! )


 手のひらの中に『銀蛇』が戻ってきている。

 魔法使いにとって杖は象徴だ。肉体の延長線上にある、もうひとつの自分。

(サリヴァン・ライト―――――てめえは何してる……! この人と違って、おれは自分が生きているうちに『審判』が起こるって分かってたはずだ!


 覚悟なんて、とっくにできてるはずだっただろうが――!!!!!)


 口から出たのは、自分のものとは思えない擦れた声だった。

「――戴冠は、成された」

 《 ピッ 承認 》



「……我が名において、また……青き魔女の名において。審判の名において承認する。此処に、新たなるアトラスの王が起つ。




 そして――」




『身を守るために、口をつぐみなさい』師の言葉が蘇る。

『……なぜ、彼女が真実を言わなかったのか。それはこちらが承知することではありません』『審判』の言葉が蘇る。

『コネリウス二世ではなくて、サリヴァン・ライトとして、この『銀蛇』で普通の魔法使いのふりをするのです。本当のあなたを、誰もが知るときが来るでしょう』

 ……その【とき】が来たのか?

 覚悟は出来ているはずだった。子供のころから『おまえは特別だ』と、そう師に言われて育った。


 ただの『サリヴァン』として、杖職人の弟子という隠れ蓑をまとった生活で、ときおりそれを思い知らされた。


 子供は学校へ行く。子供には両親がいて、兄弟がいる。同世代の友達と遊ぶ。


 おれには、全部無かった。


 師にくっついて、杖職人として、魔術師としての修行の日々。店を訪れるのは大人ばかりで、同世代の子供なんて、ヒースくらいしかいなかった。

 しかしヒースもまた『影の王』の子として、一般的な子供には程遠い。

 15歳で、航海士として家を出たヒースは、眩しい、孤高の存在のようで。

 ――おれは、どこにも行けないのに、と。


(『ほんとうのおれ』って、何だ? )


『アンタ、いったい何なんだ』


 むかし、相棒にそう尋ねられたことがある。おれは、とっさに答えられなかった。

 『サリヴァン・ライト』は、どこにでもいる孤児で、職人見習い。誰もが騙された偽りの地位。

 でも今さら、ライト公爵などと名乗ったところで、『サリヴァン』はどこに行くのか。『コネリウス二世』に塗りつぶされてしまうのか?


 そんなわけはない。そんな都合のいいこと、あるはずがないのだ。

 サリヴァンおれは学んできた。出会ってきた。この日を待っていた……はずだった。


『なにがそんなにキミを頑なにさせるの。たかだか十四歳のガキが』


 分からない。まだおれには、分からないことだらけだ。分からないままで、いいのだろうか。


「 戴冠は成された。我が名を得たり。我がさだめを得たり……

 我がさだめは『教皇』。


 審判の名において選抜された、知恵授かりしもの……っ」


 苦い唾を飲みこんだ。おれは顔を上げることもできない。

 こんなふうで、本当におれは大丈夫なのか。おれはちゃんとやれるのか。


 おれは―――後悔しないだろうか。




『そんな覚悟で……何のために戦えるっていうの』

 が言った言葉を思い出す。

『……預言のせい? 特別だから? さだめだから? そうして言われるがままに生きて、死んでいくの? そんなの……私は納得できないよ。だって、悔しいじゃあないか。運命がすべて決まっているっていうんなら……あなたがそれでも後悔しない、従うって覚悟してるんなら……わたしには、何も変えられないって言われているみたいだ。悔しい。悔しいよ……』


 おれのために泣いた彼女の言葉を思い出す。


 ……ああ。そうだ。

 おれは顔を上げた。


(……なあ、。おれ、あの時は何も言えなかったけど、今なら少しは、『違う』って言えるかもしれねぇんだ)

『いずれ生まれる命のために』なんて、今のおれには言えない。自分のことでまだまだ精一杯で、未熟者で……。

 でもおれには。


 ―――おれが求めるものは。その覚悟は。

 ―――おれが、この世界に誓えるものは!





 どんな言葉で、この覚悟を誓えばいい!






「―――『宣誓』!!!!!! 」


 《 ピッ 条件を達成しました 》

 《 『教皇』の出現 》

 《 宣誓を 》


「『教皇』として【認証】!

 我が名はコネリウス・サリヴァン・アトラス・ライト……ここに【宣誓】する!

『おれは、運命を受け入れる』


 ”命ある限り、成すべきことを成そう”

 ”歩みは止めない”

 ”託されたものを知っているから”

 ”おれが未来に望むのは、神の奇跡でも、栄光でもない”」


 おれは今、いくつかの顔を思い出している。

 おれが振り返れば、いつだって後ろにはその人たちの姿がある。

 おれがみんなの道を切り開くことができるなら。

 これがそのチャンスなら。

 おれは、まごまごと座って、運命を待っているわけにはいかない。

 運命だと?


 ンないつ来るかわからねえもんッ、クッソくらえだ!!!



「おれにできるのは信じること! “サリヴァン・ライトおれ”を作り上げたすべてを信じることだけ! 」





 《 ピッ 【教皇】の【宣誓】を受諾。記録しました 》


 《 条件を達成しました 》


 床に落ちた自分の影の中に、ぼたぼたと汗が滴り落ちていく。

 ……やってやった。

 ……やってしまった。

 もう戻れないのだろう。じわじわと実感が湧いてきた。

 ああ、エリ。おれは後悔するかもな。

 きみはまた、泣くんだろうか。それとも笑ってくれるだろうか。

 でも、これはおれが決めたことだから、できれば笑って、「仕方ないんだから」と言ってほしい。


 ……もう、考えるのはあとにしよう。


「……教皇の名において、ここに、『皇帝』の戴冠を宣言す」そこで、目の前が真っ暗になったのがわかった。「る―――」


 目が覚めたら、考えよう。

 きっと、なんとかなるだろう。

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