11-2 対『皇帝』戦



「ぶぇーッくしょ! 」

「ちょっとツバ飛ばさないでよ。きったないなぁ! 」

わりわりイ! 」

「どうしたの? こんな時に風邪? 」

 肩越しに、サリヴァンはやけにもぞもぞしながら言った。

「いや? なんか、呼ばれたような気がして」

「なにそれこわ~い」

「おれはこの状況のほうが怖ァ~い」

「確かに生きた心地がしないね」

「だろ? 」

 機嫌よく頷いて、サリーは城壁に空いた狭間さまから空へ視線を走らせる。


 城は爆発音に包まれていた。

 フェルヴィンの城は、三階までが前部に突き出ていて、バルコニーのようになっている。縁にはサリーの身長二人分くらいの塀が備えてあり、ボクらがぴったりと半身を張りつけて外をうかがっているのがそこだった。

 合流したボクらは、一度は避難するように城へと戻った。

 しかし、城上空を舞台に激しく行われる戦闘音に、捜索もそこそこに空が見える場所へ飛び出したのだ。



 肩を預けている城壁は断続的に震え、隣にいても声が鼓膜に届かないので、ボクらは非常事態にしか使わないで、声を出さずにコミュニュケーションを取っている。


(あ~あ……生きて帰れんのかね。おれ)

 これを繋げると、ボクのほうが一方的に受信状態になるので、非常事態以外には使いたくない。サリーがあえて飲み込んだ軽いブラックジョークも筒抜けになってしまう。


 ジーン・アトラスっぽい騎士と、炎の怪物の戦いは、苛烈を増すいっぽうだった。

 雲が低いところまで立ち込める暗褐色の曇り空のすれすれを、赤いのと青いのが、引き合っては離れるオモチャのように激しくぶつかっている。衝突の余波は雷のようにすさまじく、さっきみたいに、どちらかが墜落してもおかしくない。あんなのがあんな勢いで落ちてきたら、城は積み木でできたみたいに崩れてしまうかもしれない。ボクとサリーはこの場を離れるタイミングを完全になくしていた。


 予想以上に情報に飢えていたっていうのもある。あれが『何』で、どういう立ち位置にいて、なぜ戦っているのか。それがまったくの不明。


(あれらの片方が……もしくは両方が……この先の障害になるのだとしたら? )

 ―――――ああ! ダメダメ!

 『繋げる』といつもボクはこうなる。相手の思考に引きずられて、ボク自身の決断力が鈍ってしまう。

 いつものボクなら、とっくに行動に移しているはずだ。


「サリー、らちが明かない。皇子たちを探しに行こう」

 ボクの言葉に、サリーの頭の中がめまぐるしく回転しているのがわかる。

 サリーは小さく舌打ちした。自分の中のハッキリしない部分に苛立っている。サリーがこうして迷うことは珍しいから、余計に苛立つのだろう。いつもなら、こういうときはボク以上に即断即決のサリーだ。サリーの決断を阻害しているものの正体を、彼自身も説明できない。でもボクにはわかる。それはきっと『本能』というやつだ。


 バシン! ボクは平手でサリーの背中を叩いた。痛そうに顔をしかめる彼を鼻で笑い、ボクは入口を顎で示す。サリーは苦笑いして頷いて、身を低くして入口へと走った。

 壁を隔てると、戦闘音が少し遠くなった。

「サリー。地上に出てる部分の捜索は切り上げて、予定の地下へ行こう。地下なら城が崩れてきても大丈夫かもしれない。どっちにしろ、地下に何かあるのは確実なんだ」

「わかった」


 辿り着いたそこは、地下にある講堂のような場所だった。

 おそらく、あの赤い炎の怪物がぶち抜いた縦穴。その直下にあったのが、そこだった。


 床、壁、天井に至るまで白く淡く輝くよう。

 天体を模した高い天井、繊細なレリーフ、奥に添えられた玉座と、玉座を見下ろす祖神アトラスの立像。

 かつての姿はさぞや荘厳で立派なものだっただろう。天井は崩れ、塔のひとつを砕いて吹き抜けになってしまっていた。床の無数の亀裂が、まるで無秩序なパズルのように青い幽玄の光に癒着され、ただ靴底が擦れるだけでも真新しい粉塵をまき散らして空気を汚す。

 サリーは細く長い息を吐き、銀蛇ダガーを取り出すと、逆手に持ち替えて低く構えた。三歩ほど後ろで、ボクも床を踏みしめる。


 吐息が白い。息がそのまま霜になりそうだ。広間の壁の燭台では、溶け切った蝋燭が氷柱のように張り付いていた。


 目の前には、あの黒鉄の兵士が、一、二、三……全部で十一体。

 身長は目測で三m弱。先ほどの鉄巨人には半分以上も大きさに劣るけれど、足の長さだけでボクの身長と同じくらいある。

 大きさはそれだけで脅威だ。先ほどの巨人と違って、機動力も、装備の質も増している。

 纏う装備は、ただの一兵卒のものではなくて、重歩兵の鎧。武器には、両手持ちの大剣、細い片手剣、槍とバリエーション豊か。

 感情の無い顔で楯兵を前列に一丁前の隊列を組んで、こちらを囲むようにけん制している。


 ボクらを見据えている無数の鉄の瞳を右から左へ抜け目なく睨みながら、サリヴァンは玉座に座る老人に問いかけた。

「フェルヴィン帝でいらっしゃいますね」

 石像のように座した皇帝は、重苦しい沈黙とともに、ゆっくりと首肯した。

「城門を暴いた非礼をお許しください。皇子たちを救出にうかがいました」

 対貴族モードのサリーを、皇帝は白く光るような眼球で見つめている。

「……してくれ……」

 老人はまばたきもせずに、サリーを見つめている。

「…………ろして……」

「……死んだはずの貴方が、どうしておれたちの前に立ち塞がるのか。陛下の御身に何が起こったのです」


「―――――殺してくれ……。今すぐここから、わたしという存在を消してくれ。今のわたしが心から望めるのはそれだけ……もう……なにも傷つけたくはないのだ……。我が子を手にかける前に……」

「いったいなぜ……そんなことを」


 項垂れる皇帝の顔には、死者という事以上に、気力や生気というものが無い。

「……今の私は『死者の王』の奴隷。……若き魔法使いよ。この城のものを殺したのはわたしだ。わたしなのだ。

 我がさだめは『皇帝』……この十二機のゴーレムは、『ソードの小アルカナ兵』と呼ばれるもの。審判で『皇帝』である私に与えられた祝福である……」

 皇帝の手が億劫そうに持ち上がり、サリーの銀蛇を指した。


「……その、銀の杖と同じ、私の意思に動く鎧であり、剣であり、楯である。……しかし『死者の王』にここの守護を命じられた私には、もはや意思などありはしない……」

 この黒鉄の兵士たちは、『小アルカナ兵』というのか。

 皇帝の持ち上がったままの腕が激しく痙攣した。指先から始まった痙攣はあっという間に老人の全身に広がり、皇帝の顔が泣きだす前の子供のように歪む。


「…………わたしは亡霊……。冥界に繋がれた数多のしもべに成り下がった……。どうか……! もう! 抗えぬ……!!!!」


 前列の楯兵が床を蹴る。小アルカナ兵の楯は、サリーをすっぽり隠すほど大きい。そんなものでタックルを受けたら、防火扉で殴られるようなものだ。 

 ボクは軽く飛び越えられるけれど、サリヴァンは前を睨みつけたまま動かない。


「サリー! 」

「―――――どうか若者よ! この身もろとも打ち砕いてくれ! 」



 皇帝の叫びに、サリヴァンは短く応えた。

「―――――その願い、たしかに聞き届けました」

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