3-4 ミケ
カラカラと音を立て、アルヴィンの膝を打って、両断された銅板が床に転がる。
霞を掻き集めるように虚空に両腕を伸ばしかけ、それがもうどこにも無いことに気が付いたとき、アルヴィンは膝を折って、語り部の亡骸に――――魔法が解けた銅板に覆いかぶさって
魔術師が手を掲げる。
「っ! 返せぇッ! 」
銅板の片割れが、見えない糸に引かれるようにして、魔術師の手に収まった。
「返しませんよ。
魔術師の足の裏が、地を離れた。巨神の像を背にして、魔術師はミケの生れの果てを掲げる。
「この国は魔女の墓。魔女の亡骸はここにある。墓守の血もここに五人……あとは魔女の末裔だけ。……はははははは! 」
魔術師は膝をつくフェルヴィンの王族たちを眼下に望み、高々と哂った。「はははははははは……! 」
笑い声にあわせ、躍るように亡者たちの青い炎が燃え上がる。
アルヴィンは、目蓋を掻きむしりながら床に額をつけた。視線が勝手に犠牲者たちを数えてしまうことが恐ろしかった。
「さあ……選定が始まる。審判が始まる。我が主が蘇る…………」
魔術師はローブを脱ぎ捨てた。
眼孔に青い炎を宿した
亡者は笑う。その手の中で、
掲げられた手の中で、銅板はその
「……くっ、くふふふふふふふ……」
噛み締めた歯列の隙間から、青い炎が吹き上がる。
「ふふふふふふふふふふ………はははははははは…………! 」
アルヴィンは涙に濡れたまま、ぼんやりとそれを見上げていた。
「逃げろ」と父の声が言う。アルヴィンの身体は氷像のように固まって動かない。動きたくないと思った。ミケを失って得た感情が体を重くした。
今度は下から風が吹いた。
いいや、それは風というよりも波だ。押し寄せ砕ける冬の海の大波に似ていた。
氷のように冷たい冷気を乗せた衝撃。屈強なフェルヴィンの男たちの呼吸が止まる。
アルヴィンは、自身の軽すぎる身体が渦に巻かれながらもがいた。顔をかばって突き出した自分の指越しに、激しく揺らめく青い炎を見る。
その炎の中に見上げるほどの巨大な
アルヴィンはつい、その小枝のような指先へ手を差し伸べ――――髑髏の眼孔と視線を交してはじめて、
その髑髏の腕は、いつしか立派な剣を握りしめている。剣先が上がり、ぬらぬらと煌めく鋼が、アルヴィンの顎の下へとなめらかに添えられた。音のない世界で、炎の向こうで叫ぶ父や兄の姿。
そして――――――。
……魔術師の声が響く。
「冥界より来たれ! わが手駒! ――――月白の金の髪。青銀の瞳。乙女にも勝る白磁の肌……!肉体は滅びても魂はこの墳墓に! 今こそ新たな物語を刻む時! おいで! この手を取るのだ!
ジーン・アトラスッ! 」
視線を
「老いて病に屈した貴様に、再びの美貌と栄光を与えよう! 蘇るのだ! 虚無と絶望の生者、アルヴィン・アトラスの頭蓋骨を糧として! 」
アルヴィンは炎の中に見た。
かの皇帝が、微睡みから覚めるように再び瞼を開き、アルヴィンに向かって悲しげに青い瞳を揺らめかせて遠ざかる。
交差し、結ばれた視線は、アルヴィンの意識が闇に閉ざされていくことで離れ、アルヴィンの意識は銅板の片割れと共に、無音の暗黒を切り裂くように、どこまでも果てしないところへと落下していった。
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