14-3 治療薬

 たとえば、前世の罪によりドラゴン病にかかるという者がいる。また、悪魔に憑りつかれた者が発病するとも、邪悪な者の印として現れるという者がいる。


「どれも根拠のない、浅はかな考えだが、こういうものの方が世にはびこりやすいのも事実だね」


 八七三年のヴィーヴル菌の発見により、ドラゴン病はあくまで細菌が起こす感染症であると分かったが、病者に対する迫害はむしろその後の方が強くなる。


「それまでは王国では遺伝説が有力だったんだ。それだと偏見があったとしても、むやみに恐れはしないだろ。そういう家系なんだとか、案外そういって普通に受け入れていたもんなんだよ。でも感染するとなると他人事じゃなくなる。拍車をかけたのは隔離政策だね」


 始めは路上生活をしていた病者だけを収容した。これは時代の変化も大きい。その頃、王国には多くの外国人が来訪するようになっていた。彼らの目に触れないようにという、見栄から始まった政策だった。


「やがて戦争が近くなってくると、また違った理由で収容するようになったんだよ。ここじゃ大きな声では言えないけどね、僕はそう確信してるんだ」


 あなたは言った。はっきりとした声音で、「隔離の必要はなかったんだよ」と。


「伝染病と恐れられるきっかけとなった事例がひとつあるんだ。八四八年、東ドイラ国のメーメルン地方で起きたことで、隣国から雇い入れた女性病者が保母として同居することになってね」


 このことからも、当時はさほど差別がひどくなかったのが分かる。


「ただ、その四年後に、その家庭の子供を含めた五人の家族がドラゴン病に感染してしまった。さらに九〇四年には近隣に拡がり、三十五名が発病、九〇九年には四十六名と増加した」


 これにより伝染病として国際会議でも対策をとるようにと各国に通達された。


「だけどね、逆に言えば、長い人類史の中で伝染性が顕著に表れたのはこの一例くらいなんだよ。もちろん、過去には甚大な数の病者が出た記録もあるが、特にこの病だけがそうだったわけじゃない」


 なぜこうもドラゴン病だけが過剰に恐れられるのか。ただの病なのに。


「王国にもね、まっとうな医者や研究者はいるんだよ」

 あなたはそう言って、やや照れた様子で、「僕もそうだと思ってる」と言った。

「隔離政策を否定して、伝染病ではあるが、その感染力はすこぶる微弱だと力説して、それよりもかかりやすい体質に注目すべきだと言った医師もいる」


 それでも隔離政策が推進されるのには、民族浄化、優生思想がある。


「戦時中だからね、君も分かるだろうが、国の役に立つことが第一とされているだろう。末梢神経に麻痺が出るドラゴン病者には兵役の責務が果たせない。また民族の優秀性を維持するためにも、劣悪な資質を持ったものは排除すべきだという風潮が蔓延している」


 ドラゴン病者は〈お国のために〉働けないものという烙印を押され、民族の優秀性を維持するためにも排除しなければならない資質の代表例にされる。遺伝ではなく、感染症のため隔離の対象となったはずが、いつしか遺伝性をも強調されるようになる。


「事実は関係ないんだよ。何をどう利用するか。国が考えているのはそれだけだ。国民を統治するためには何が一番手っ取り早いか。似たような手法は他にもあるけれど、王国では、ドラゴン病を利用したんだ」


 それでも希望が見えてきた。あなたはそう言った。僕は混乱のさなかでその言葉を聞いた。あなたはただ事実を説明したにすぎないのだろう。でも、隔離の必要がなかったという言葉が僕にもたらした衝撃は大きい。


 前々から、その必要性は疑っていた。ソレイユだって、そのようなことを言っていた。伝染力は弱いのだと。実際、僕は発病していない。


 優生思想。なにを持ってしての優生だろう。ソレイユが僕より劣っているはずがない。彼女は誰より優秀だ。なぜ彼女が社会から隔離されなければならない。間違っている。なにもかも、間違っている。


 もしかしたら、ずっと一緒にいられたのかも知れない。ロンイルに行く必要はなかった。病状は悪化したかもしれないが、在宅治療が一般的であったなら、またこれほどまでに差別意識がなければ、ずっとシレーナの町に居られたかもしれない。


「治療薬が見つかったんだ。治る可能性が出てきたんだよ」


 あなたの言葉の意味を理解するまでに、少し時間がかかった。それはスープにパンをつけたときのように、じんわりと脳内で処理されていった。


「ドラゴン病は治る。もう不治の病ではないんだ」

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