14-2 条件

 あなたと僕は親しくなってからも、ドラゴン病に関しては話すことはなかった。僕はムンムから、あなたがドラゴン病に関心を寄せているということは聞いていたので、もっと早くに切り出すことも出来たはずだが、人目を気にして、また僕の悪い癖だが現実を否定したがる癖が出て、積極的に話題にしようとはしなかった。


 きっかけは、応召兵の身体検査をしたときに見つけたあざだった。この頃、王国は奇襲攻撃が成功し、大国との全面戦争に突入したばかりだった。まだ戦況は華々しいもので、応召兵が増えていたとはいえ、歴戦の猛者といった雰囲気の者達が多く残っていた時期だ。


 その数百人いた応召兵の中に、ひとりだけだが内地に送り返された者がいる。皮膚病との診断で、本人は梅毒だと思い込んでいた様子だった。いずれ彼は自分の病が何であるか知るのだろうが、それはまだ先に引き延ばされていた。


 僕はもしやと思い、あなたに訊いた。病名は口にすることが出来ず、ただ、「島でしょうか」とだけ言った。でも、あなたにはそれで十分だった。


「そうだろうね。孤島ばかりじゃないけれど、半島とか、湾岸沿いとかね」

「麻痺はないようでしたね」僕は探りを入れるような口調で言った。

「まずは麻痺が出るものかと思いました」


「多くはそうだね」

 あなたも僕を探るような目で見ていた。

「詳しいのかな」


 僕は首を振り、それからうなずいて見せた。心境をそのまま表した形だ。あなたは少しだけ観察するような眼差しをしたあと、気負うことのない口調で言った。


「多くは麻痺からと言ってもいいね。知覚麻痺、運動まひが起きる。欠損などの身体障害はそのために生じるんだ。後遺症ともいえるね」


「火傷をしても気づかないとか?」

 僕が言うと、少し驚いた顔をしながらも、あなたは大きくうなずいた。

「そう。それに骨髄炎で痛みも出ててくる。見た目の損傷だけじゃないんだよ」


 あなたは言うと、周りに視線を走らせた。それから部屋の奥まったところまで移動すると、僕に笑いかけた。


「君は興味があるの?」


 僕はやや迷ってから、「ええ」と答えた。あなたはそれに対して口を開こうとしたが、その前に僕はさらに言葉を続けた。思い切って、という表現があう。あなたであっても、すべてさらけ出すのは怖かった。


「叔父がそうですし、大切な人も……」言いよどんでから、自分に活を入れる。

「ずっと好きだった子も病気になってしまって」


 ムンムは知っていること。彼に助けてもらったことがあることも伝えた。あなたは驚いた顔をしながらも、落ち着いた冷静さで耳を傾けてくれた。話が前後するような内容だったのだが、それでもすべて吐き出せたあとは、僕はすっきりとした心持で、何を躊躇していたのか不思議なほどだった。きっとあなたが、通常の会話と同じ調子で聞いてくれたからに違いない。


 最後に僕はドラゴン病という言葉を口にした。あなたも抵抗なく、その病名を口にした。これが一種の合言葉になった。結束というのは違うかもしれないが、そういう特別なつながりが結ばれた気がした。


「ドラゴン病は」とあなたは天気の話でもするようにして切り出した。


「結核菌と近縁関係にある細菌が引き起こすんだが、神経との親和性が高いんだよ。好んで末梢神経の中に入りこんで、そこで増殖する。しかも、分裂するときの温度が普通の病原性細菌より低いから、手足の先や、頭、鼻、目、耳たぶなどに症状が出やすいんだ」


 結核は、病巣が肺の中や骨、腸管など、外からみえないところにできる。どちらの病も偏見が生じやすいが、ドラゴン病のほうが過剰に恐れられるのは、外見の変化が大きな違いとなっているのだろう。


「見た目の変化っていうは、やっかいだね。人の残虐性を刺激するのにはもってこいなんだよ」


 細菌性の病は感染を恐れるものだが、ドラゴン病は発症までにも時間がかかる。急性伝染病の赤痢やコレラの場合は、早く進行するかわりに、治るのも早い。


「ドラゴン病を引き起こすヴィーヴル菌は、一回分裂するのに二~三週間かかるからね。体内に病原菌が入っても発病までに、早くても一、二年。平均で五年ほど。遅い場合は二十年~三十年というような例もあるんだ」


「それに」とあなたはここが重要なことなんだけど、と言った。


「多くの人がすでにヴィーヴル菌に感染しているという話もある。発病条件がまだ詳しく分かってなくてね、衛生状態、栄養状態が極端に悪いとき――極度のストレスのかかる状態、戦争、飢餓、貧困により感染しやすくなるとも言われてる」


「でもソレイユは」と僕は割り込んだ。

「彼女は恵まれてましたよ。貧しくなんかなかった。健康で、綺麗好きで」


「そうだね」とあなたは気分を害する様子もなく言った。


「まれに菌に対してのみ免疫異常を備えている宿主がいて、このような人に対して感染が成立すると発病につながりやすくなるとも言われてるよ。歴史上では王族の感染例も見つかるからね」


 誰にだって発病する恐れはあるんだよ。


「僕かもしれないし、君かもしれない」


 ただ、今は違うというだけで。特別な条件は見つかっていないんだ。

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