13-5 攻撃

 第三中隊はマンダレールを出発、スンダランド奥地の国境に向かった。河を渡る必要があったが、対岸にはサゲン駅があり、サゲンからは鉄道ミートキーン線の貨車に乗り、三百キロ先のインドウガ駅まで汽車を利用することが出来た。


 ここからは空からの敵襲が予想された。王国軍には制空権がなかったのだ。スンダランドには第五飛行師団がいたが、飛行場はスンダランド全土で一〇五か所もあるのに、所有する戦闘機は約百機にしかすぎなかった。


 戦闘機だけじゃなく、銃器に関しても物資不足だった。これには王国の生産方針が大きく関係していた。やがて僕も敵兵と遭遇することになるのだが、彼らが持つ兵器全般はあくまで実用性を重視した物だった。


 自動小銃ひとつでも敵国の合理性は見て取れる。精密部分と、操作するとき手がふれる部分以外は仕上げ加工せずに、ざらざらのまま。性能さえ同じなら、余分な手間を省いて生産性をあげていた。


 王国軍のように、連射がきかず性能は時代遅れになっているくせに、王家の紋章をきざみこみ、陛下からお預かりしているものと、後生大事にするよう叩き込まれているのとは違い、敵国は銃はたんなる殺人の道具であり、戦争で消耗する小兵器にすぎないと割り切る姿勢が徹底していたのだ。


 この違いは戦況が悪化するにしたがって露骨に現れるようになる。最終的には王国は玉砕覚悟、精神論による突破を妄信していくのだが、敵国はその盲目的な忠誠心を示す王国軍に恐怖するようになる。理解できなかったのだ。あの狂気が。


 狂気。それはあの頃の僕にすでに始まっていたのかもしれない。顔色が悪いとムンムに何度も心配された。しかし僕はそれが疎ましくて仕方がなかった。彼にひどい言葉も投げつけた。それでも最後まで友情を示してくれたムンムには感謝しかない。あの日もそうだった。


 制空権がないために、列車は夜間に走り、昼間は貨車を待避線にいれ停止する。だが、馬は積んだままで、あまり遠くまで逃げることは不可能だった。そのため、敵の戦闘機はひんぱんに来襲し、停止している貨車に弾を打ち込んだものだから、軍馬が死に、下級兵士にも被害が出た。


 上官たちは敵機が来れば、身一つで逃げ出すことが出来るが、雑用や馬の世話を任されている下っ端は自由が利かない。機関砲弾が腹をかすり、皮が裂けて内臓が飛び出し一面に広がった兵士がいた。敵機は反復攻撃をしてくるから、軍医を呼んでいる暇はない。


 軍曹の命令で、砂と土にまみれた臓器をそのまま体内に入れ、引き裂いたシャツで腹を縛って退避させた。死人は出なかったが、初めて中隊が経験した本格的な戦闘だった。といっても、こちらは無抵抗で雨のような砲弾を浴びたわけだが。


 数日後には、タンゴルン駅で爆弾投下と銃撃を受け、中隊最初の戦死者が出た。新兵が軍馬に付き添っていたため逃げ遅れたのだ。負傷兵も数名出た。その中に僕もいたのだ。


 始めに言っておくと、僕が怪我をする必要があったか、というと答えはノーだ。雑用をしている下級兵士とはいえ、上等兵だった僕は軍馬の世話をする必要はなかった。敵襲があれば退避して攻撃から逃れられるはずだった。


 でもそうしなかった。僕は新兵の元へと走った。理由は部下思いだったからでも、責任感が強かったからでもない。また勇敢な行動でもない。命を軽んじる行為が勇敢なはずがないのだから。


 僕は自暴自棄になっていた。虚ろでいながら、何かに追われているような焦りで気が急き、落ち着きがなかった。それを満たすために、高揚感を求めた。生死の境にいるという高揚感を。


 軍馬がいる車両前まで駆けて行った瞬間に、耳をつんざくような轟音が鳴った。しゃがみこみ見上げた先には敵機がいた。すぐ間近だった。目の前に、鼻がつきそうなほど近くで男の顔を見た気がした。


 もちろんそんなはずはない。でも、今でも覚えているのだが、敵機に乗る兵士の瞳が銀に近いような透明な青をしていたこと、鼻にそばかすがあったこと、髭のそりが甘く、ちくちくとした短い毛が上唇とあごに生えていたことを鮮明に記憶している。男の顔は無表情だった。冷酷とも違う、ただ無だったのだ。


 僕は爆風で飛ばされ、地面に背中を打ちつけた。轟音のせいで、一時的だったが耳が聞こえない状態になり、あたりは無音で、肌に風圧だけを感じていた。もうもうと土ぼこりと爆撃による煙があがり、むせ返りながら立ちあがろうとしたところで、ぬるりとした感触に驚いて手を見つめた。


 真っ赤に染まっていた。よく見れば、地面が血の海だ。がたがたと震えそうになり、腹に手をやって気づいた。どくどくと血が流れ出ている。急いで確かめたが、皮膚を切っているだけで、中が出ている様子はない。


 不思議と痛みは感じなかった。興奮していたからかもしれない。変に冷静だったのだが、周囲に気を配ることは出来なかった。戻ってきた敵機の攻撃に気づかず、危うくターゲットにされるところだった。

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