13-3 実態

 だから何が言いたいんだ、という男の言葉に、僕は少したじろいでしまった。僕は詳しい病状の進行具合を知りたかった。もちろん人によってまちまちだとは思っていたが、それでもソレイユの状態を想定する手がかりが欲しかったのだ。


「叔父は………」僕は記憶を掘り起こした。

「叔父は、たしか特別病室だったでしょうか、そんな場所に移動したと聞いたんですよ。一度だけ、ロンイルに面会に行ったことがあるんですが」


「クリウラのか?」


 僕はきょとんとしてしまった。それから急いで、「はい、たぶんそうだったかと」と答え、相手が笑ったのでびっくりしてしまった。


「お前、そこがどんなところか知らないのか」

 僕は思いもよらない相手の態度に、目をぱちぱちさせるだけで精一杯だった。

「監獄さ、監禁施設さ。全国の療養所から、特に反抗的な患者が運び込まれる」


 知らなかったのか、と相手は言って、また笑った。不気味な笑い声だった。僕はぞっとして後ずさりしてしまった。


「反抗的な患者の意味が分かるか? 医者や管理者にとっての反抗的ってことだ。餓死者や衰弱死するやつが、ごろごろいる場所だ。俺も入れられかけた。その前に逃げたけどな」


「逃げた?」僕は言った。


「ああ、そうだ。脱走兵だといわれるのには慣れてる。でも間違いだ。俺が逃げたのは軍じゃなくて療養所だ」


 また不気味な笑い声をあげる。それからいきなり右ズボンの裾をまくり、靴と靴下を脱いで足を見せた。


「見ろ、俺の症状はこれだけだ。あとは普通さ」

 

 男の右足は丸くなっていた。最初は指がすべてなくなっているのかと思ったのだが、よく見ると曲がって隠れてしまっているだけらしい。このせいで歩くのに支障が出ているようで、皮がむけ、赤くなっている箇所や硬い皮膚になって白くなっている部分もあったが、全体的にきれいなもので不快な気分にはならなかった。


「いつ発症したんです」僕は足を見つめながら言った。男は質問の意図が分からなかったようだが、「七年前だ」とぼそりと言った。


「七年」僕はわずかに希望を含んだ声になっていた。

「ずっとこの状態で? あまり変わらずに」


「初めは小指だけだった」


 男は靴下をはきながら言った。僕は男がよろめいたので、腕をとって体を支えてあげた。相手はそれで少し僕に気を許す気になったのか、突っぱねるような態度がやんわりとだが軟化した。


「一年以上はそれだけだった。だから病気だとは思わなかったんだ。でも足が痛くなるだろう。それで医者に診せたら、ドラゴンだと言われた」


 でもいい医者で、警察や衛生課に知らせるようなことはしなかった。靴に工夫をしたりして、普通に仕事もして生活していた。でも、あるとき憲兵がうちにやってきて、無理やり靴を脱がされた。


「医者が知らせたとは思わない。あの人は信頼できた。国の政策にも批判的だったんだ。重度でない限り、自宅療養で十分だと言っていた。あの政策、予防法だとか言ってる隔離政策にも反対だった」


 たぶん、近所のやつらが密告したんだろう。男はそう言って、なんでもないことのように肩をすくめて笑った。


「それからあっという間に療養所行きだ。俺もロンイルだった」

「本当ですか」


 僕の勢いに相手はのけぞった。それから人のいい笑みを浮かべた。


「叔父はどんな人だ?」

 僕は首を振った。

「いえ、叔父よりもソレイユが……、ソレイユという女性はいませんでしたか」


 男はやや不審そうな顔をした。


「叔父が病者じゃなかったのか」

「いえ」と言って、「いえ、そうなんですが」と僕はしどろもどろになった。


「叔父もいるんです。でも、友人が――、大切な友人もそこにいるはずなんです」

 

 いつ島を出たんですか、の質問に、男は二年ほどになると答えた。


「三度失敗したが、次は成功した。国にいたんじゃ、いつまた連れ戻されるかしれないから、漁船を買収して――違法漁民だったんだが、ここまで運んでもらった」


 療養所じゃ金も取り上げられるから、現金を貯めるのは大変だったんだ。園内通貨とか言って、代わりの紙幣に交換させられる。そこでしか使えない金だ。逃走防止のためにそうしているのだと聞いた。入ったら最後、何もかも取りあげられる。


「消毒だといって、荷物も液体をかけられるか、燃やされる。全部失うんだ。うまいこと隠し持って入所するやつもいるが、ほとんどの奴がなにが起こってるか分からないうちに事が進んじまって、気づいたら自分も服を脱いで風呂に入れられてた。消毒液が入ってるに違いない。白濁した湯で臭いもきつかった」


 あんな場所には二度と戻りたくない。脱走がばれると監房に三日入れられた。その間に食えたのはコップ一杯の水と皮のついた芋が四個だけさ。中には二十日間入れられた者もいる。出てきた時にはひどく衰弱していた。


「罪人扱いさ。俺たちに自由なんてなかった。監視だらけで強制労働させられ、病状がどんどん悪化した。それでも治療なんかしてくれない。患者同士で互いに看護しあうが限度ってもんがある」


 ここでも暮らしぶりがいいとは言えない。それでも王国にいて隔離施設に閉じ込められるよりはましだ。少なくとも、ここでは人でいられる。


「野垂れ死にするにしても、爆撃されるにしても、俺はそのほうがよほどいい」


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