混乱

13-1 移動

 このあとにあったことを長々と書く意味はないように思える。僕はソレイユについて書きたかった。あの素晴らしい人のことを、あなたに知ってほしかったのだ。ソレイユは僕とは違った。気が強くて、わがままで、自分勝手で。


 おかしく聞こえるかもしれないが、僕は褒めているんだ。好きだった。あの気の強さに、突き放すような言動に、それから振り向いてくれたときの優しさに、僕はこの人を逃がさまいとして必死になった。


 そう、そうしたつもりだった。でも先生、あなたは知っている。僕がしたことの現実を。そしてその結果で起こったことも。


 僕は彼女の意思の強さに惹かれたのだろう。そして彼女はそれを貫いたのだ。だから僕のこの悲しみは当然だ。ソレイユを愛した。そして彼女は死んだ。


 先生は僕に言った。壊れた心を治すために書くことが必要なのだと。僕はその通りにした。ソレイユのことを書いた。彼女と出会い、過ごした日々を書いた。もう十分だと思う。


 もしこの先を書くのだとしたら、それは僕のために必要なのかもしれない。何があったかを書き記すことで現実を冷静に受け止められるようになるのだと、あなたは言った。それは正しいのだろう。


 でも、もし僕がそのことを望んでいないとしたら。僕は壊れてしまいたい。それは罰でもある。僕は救われたいなどとは思っていないんだ。


 それでも、まだいくつかは書き残せることがあるかもしれない。そうすることで、より僕の愚かさがあなたに伝わるだろう。ソレイユは僕とは違った。正反対だった。だからこそ、このあとを書こうと思う。彼女の素晴らしさが、よりあなたに分かってもらえると思うから。


 連隊は国境警備に向かうために鉄道を使用した。途中までだったが開通していて、まずは主力部隊が出発した。僕が所属していた第三中隊は三日遅れで出発。貨物列車に乗って北上横断、スンダランドとアビスの国境に向かった。


 十日後にボンバンに到着。河口近くの小さな町で、駅を出ると小さな石像がたくさん並んでいた。すでに連隊本部と他中隊は出発していたのだが、ここに数日滞在することになった。


 スンダランド全域に言えることだが、ここの民族は温厚で解放軍などと自分たちではいっていたとしても占領軍に違いない僕らに対しても、敵対心などまるで見せることなく、積極的に商売をしようと近づいてきた。


 片言の言葉を話し、身振り手振りで意思疎通をはかろうとする彼らに対してバカにしたように威圧的な態度にでる者もいたのだが、下級兵士たちの間では、いい息抜きになり交友を深める者もいた。


 夕方になると、野営しているテントに化粧もせず、お世辞にも綺麗とは言えない女たちが近づいてきたりもした。彼女たちはテントに顔を出すと「アソブカ」と言い、断ると「マケルヨ」と値引き交渉してまで、しつこく居座ろうとする。


 どんな田舎にもこのような女たちがいた。下級兵士は甘いものを買い食いするのが精いっぱいの軍票しか持っておらず、騙したり、断ったりで風紀が乱れるばかりだった。

 

 それでも女たちのカラッとした図太さには感心した。あったはずの平穏な生活を乱したのは誰であるかは明白で、どう考えても自ら進んで男の相手をしているとは思えない。いたとしてもこんなに大勢なはずがないのだ。


 僕はそんな彼女たちにもソレイユを重ねてしまい、憂鬱になって夜もあまり眠れなくなった。眠るとまたあの夢を見そうで怖かった。ぐるぐると思考が巡り、吐き気がして食事もムンムに分けてやることが多くなった。彼は心配してくれたが、詳しく説明する気にもなれなかった。自分の身勝手さ、残酷さを認めるにはまだ時間が足りなかった。


 早朝、国境に向かって行軍開始。ボンバンからも鉄道が開通していたのだが輸送能力が低いため、軍事物資の輸送のみ、兵士は徒歩で向かった。


 道々には猛獣が出るということで常に緊張感が漂っていた。野営では警備を厳重にしたが、それでも軍馬が一頭かみ殺されてしまい、恐怖心がさらに高まっての行軍だった。


 ひと月近くかかっての移動のあと、モールンに到着。そこからは貨物列車に乗り、さらに北上を続け、スンダランド中北部の基地マンダレールにたどり着いた。


 マンダレールは栄えた町で市場もにぎわっていた。いきいきとした人声が響きわたり、目にするものすべてが色鮮やかで、お腹をすかせる匂いが四六時中、漂っていた。


 中隊は郊外に宿営。ここでも連隊主力はすでにマンダレールを出発していたのだが、我が中隊は数日、準備のため滞在することになった。


 ここで、あの男に出会った。いや、見つけた、というのが正しいのかもしれない。彼は地元民が営んでいる食堂で働いていた。

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