12-4 手紙 ……3

 ムンムが黙る。がやがやと人がそばまで来ていた。じきに上官たちにも知られるだろう。怒鳴られるだけでは済まないかもしれない。


「いいよ、もう。ありがとう」

「でも、よ……」


 僕は首を振り、その場を離れようとした。すると奴が言った。


「お前も燃やしてやろうか。菌がうつってんじゃねぇのか」

「おい」ムンムが突っかかろうとするので、肩に触る。

「いいから」


「おい、ムンム。ドラゴンがうつるぜ。逃げて来いよ。ほら」

 奴は大きく両手を広げた。

「ほらほら、こっち来いよ。そいつはもうドラゴンだぜ」

 

 野次馬たちの視線を一身に浴びている気がした。誰もがこちらを見ている。


「ドラゴンだ。こいつはドラゴンだ」

 ケタケタケタ。

「ドラゴン、ドラゴン」

 

 こつんと右腕に何かが当たった。何だろうと思っていると足にまた何か当たる。小石だった。小さな、小さな小石。


「ドラゴン、ドラゴン」

 ムンムが目を見開いている。僕は彼から離れた。

「ドラゴン、ドラゴン」


 ああ、懐かしいと思った。ドラゴン病。昔見たことがある。こんな場面を知っている。こつん、こつんと体に何かが当たる。うずくような喜びを感じた。邪悪な喜びを。ドラゴン、ドラゴン。ケタケタケタ。


「やめろ。やめろって」

 ムンムは怒鳴ると、僕の手を引いて走った。

「ルギウス、走れ。走るんだよ」


 絡まりそうな足で引っ張られるままに走った。背後からは笑いとはやし立てる口笛の音がする。僕は立ち止まろうとしたが、ムンムがどんどん引きずってでも進もうとする。


「腐ってるな。腐ってる」

 ムンムは吐き捨てた。

「あいつら、狂ってる」


 木立に入るとやっとムンムは走るのをやめた。それから手を離すと、ひと息つく間もなく僕の頬をいきなり叩いてきた。


「なんだ、あの態度は。好き勝手やらせるなよ」


 くそっとまた目をごしごし拭うムンムを見て、僕はぽかんとしてしまった。何をそんなに熱くなっているのか不思議に思う。


「あいつら脳みそないんじゃないのか。手紙だぞ。なにが消毒だ。それにお前は病気じゃないだろ」


「いや……どうだろう。叔父が病者だ。それに彼女も……」

「だからなんだ」


 ムンムははっきり言うと、またバチンと僕を頬と叩いた。あまりに痛かったので、僕はむかっときた。


「ドラゴン病を知らないのか。知ってるだろ。邪悪な病気だ。治らないんだぞ」

「うるせぇ、邪悪はあいつらだ。病気じゃねぇ」


 がつんとやられた気がした。ムンムはまっすぐな目をして僕を見ている。


「邪悪なのはあいつらだ。そうだろ。間違うな」

「で、でも……」

「おい、お前、ソレイユが邪悪だと思うのか」


 僕は激しく首を振った。違う。そんなわけない。


「彼女は違う。僕だ。僕の方が邪悪にふさわしい」

「だぁ、そうかよ」ムンムは頭をがりがりと掻いた。

「そうかもな。お前見てるとそう言ってほしそうだものな」


 でもよ、と言って僕の肩に両手を乗せる。


「驚くかもしれねぇが、俺の兄貴は医者なんだ。ドラゴン病に関心持ってる医者でよ、俺もいろいろ話は聞いてる」


 何いってんだ、と理解できずにムンムの顔を凝視してしまう。彼は軽く笑って、照れた様子を見せながら続けた。


「そんなに怖がる必要ねぇって聞いてる。伝染力は弱いんだ。それにただの病気だよ。辛い病気だけど、結核や赤痢も似たようなもんだろ。戦地じゃ、珍しくもねぇ病気だ。なんでドラゴン病だけ邪悪だなんだ言われて、はいそうですかって顔してなきゃいけねぇんだ。おかしいだろう」


「そう……かな」


「そうだろ。なに疑問持ってんだ。お前、ソレイユっていう子がいて、なんでそう半信半疑っつうか、びびってんだよ」


「ソレイユは……、ソレイユは……」

 

 ドラゴン病。そう、ソレイユはドラゴン病だ。でも……


「お前さ、気にしすぎなんだよ。堂々としてろよ」

 ばんばんと背を叩かれて体がぐらついた。

「それによ、もしお前がドラゴン病になったとしても」

 と言って、にやっと笑う。

「俺は親友やめないぜ」


 ぐっと親指をあげて笑うムンムに僕は言葉がなかった。僕だってソレイユが病気でも構わないと思っていた。でも、ムンムが言っている意味とは違う。それに気づいてしまった。


 この瞬間まで僕はソレイユの病気を否定することで――信じまいとすることで絆と繋ぎとめようとしていた。病気を含めた彼女を、ソレイユの言った新しいソレイユ、ドラゴン病者であるソレイユを僕は愛していたのだろうか。


 それが急に分からなくなった。屈託のない笑顔のムンムと向き合っているうちに、じわじわと己の中の邪悪さが全身に広がっていくような気がした。彼と僕は違うのだ。そして僕は奴らと――手紙を燃やし笑っていた奴らと同類なのだ。 

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