12-3 手紙 ……2

 何が面白いのか、げらげらと笑い声が響く。始めは数人だったのが、笑いは連鎖して広がっていった。僕は心を平静にしようと努め、なるべく堂々とした態度になるように意識しながら手紙の束を掴もうと身を屈めた。


 すると中心になって笑っていた奴のほうが先に束を引っ掴み、声を上げる間もなく焚火にポイと投げ入れてしまった。


 どくんっと体全体が脈打った気がした。ソレイユの顔が浮かび、急いで打ち消した。落ち着け、と自分に言い聞かせる。


「はい、これも燃やしますね」


 奴はぴらぴらと僕の眼前で手紙を振ると、取り返そうと手をあげた瞬間にはくしゃくしゃに丸めてゴミのようにポイと火へと投げた。


「消毒完了」


 ぱちぱちぱちと拍手。つられて他の連中も拍手する。ぱちぱちぱち。


「どうした。なにやってんだ」

 声に振り返ると、ムンムが目を丸くしていた。

「あぁ、遅かったな。もう終わっちまったぜ」


 奴がのんびりした態度で言うと、ムンムは怪訝な顔をし、それから僕に向かって目だけで「大丈夫か?」と問いかけてきた。僕は軽く首を振る。


「どうした。なんだよ、これ」

 若干上ずったムンムの声に、僕はすっと体温が下がった気がした。

「手紙を燃やされた」


 ぼそりと言うと、ムンムは目も口もぽっかり開けて驚き、他の奴らは空気が洩れるような忍び笑いをする。


「手紙、手紙ってあれか? あの手紙か」

 ムンムが言う。僕はうなずいてから、無性におかしくなって笑い声をあげてしまった。ムンムは唖然として目を瞬いた。

「おい、そんな……、全部か。全部かよ」


「なんだ、なんだ。もしかして怒ってるのか」

 仕切り屋がおどけた調子で言うと、ぽんぽんとムンムの肩を叩いた。まだ唖然としているムンムの耳元に奴は口を近づける。

「感謝しろよ。病気が蔓延したら困るだろ」


 がばっと身を剥がして、ムンムが声を上げる。

「何いってんだ。何のことだよ」

「おいおい、知らねぇのかよ」


 それから周りを見回して、「聞いたか。知らないんだとよ」と煽るように言い、ゲラゲラと笑う。このときは周りの連中は乾いた笑いを短くしただけだった。僕は焚火を見て、それから奴を見て、ムンムを見てから、また焚火を見た。


 もう全部燃えてしまっていた。ふらふらと火に近づくと、熱気を感じて後ずさりしてしまった。忘れな草のスケッチが浮かんだ。ソレイユが描いてくれた絵。もっと見たかった。さっき見たばかりなのに、もうなくなってしまった。


 奴の狂気じみた笑い声で、はっとした。こっちを指さして笑っている。


「ははっ、泣くなよ。かわいい奴だな。顔だけじゃなくてハートも女だな」


 こいつの名前は何だったっけ。あばた面した奴だ。病気なのはこいつなんじゃないのか。ソレイユはきれいな肌をしていた。柔らかくて白い肌。恥ずかしがるとあっという間に赤く染まった。照れて笑う顔。少し怒ってもいる。


 それから口を尖らせて集中している姿。熱中するときも尖っていた。小さい頃、勉強を教えてもらったときにも尖っていた。つんとした唇。あの頃からキスしたいと思っていた。ぼんやりしすぎて怒られてばかりいた。


「ルギウス、真面目にやってよ」

「うん、やってるよ」


 もごもご言って宿題に集中する。ソレイユが出した宿題。難しくて大変だ。ソレイユは何か絵を描いていた。花の絵だった。のぞくと怒られた。あやまってノートに目を向ける。ちらと見上げると、熱心に絵を描いていた。少し眉間にしわが寄っている。


 手紙にスケッチしたときも、そうなっていたかもしれない。浮かぶようだ。一生懸命に描いてくれたに違いない。忘れな草の絵。窓から見えるそうだ。群生している。どんなだろう。一緒に見たい。でも燃えてしまった。消えてしまった。


 ばきっという音で現実に引き戻される。奴が倒れていて、ムンムが肩で息をしていた。顔を上げ、僕を見る。


「こいつ、屑だな。お前も殴れ」


 騒ぎを聞きつけたのか、野次馬が集まりつつあった。倒れていた奴はぺっとつばを吐くと、ムンムの腹を蹴ろうとした。僕はムンムの背を押して退かした。脇腹を蹴りがかすめたが痛さは感じなかった。


「ああ、危ねぇ。こいつに当たるところだった。菌がうつるぜ」


 負け惜しみに聞こえたが、奴は言うと短く笑い、ムンムと僕をにやにやと気色悪い顔をして眺めまわした。


「ムンムは知らねぇのか。教えてやろうか。ん?」

「うるせぇ、黙れよ」ムンムがすごむ。

「ははっ、こいつのこと気に入ってんのか。恋しちゃってんのかな」


 げらげらと笑う。ムンムがまた殴りかかろうとするので腕を押さえてやめさせた。ムンムは歯ぎしりしながら、「止めんなよ」と怒る。


「いいんだ。騒ぎは嫌いだ」

「ルギウス」

「やめよう。もう燃えた」


 また送ってもらおう。たくさんこっちからも出して、また手紙を貰おう。


「いいのかよ。大切なものだろう。お前、お前さぁ……」

 ムンムは目をごしごしと腕で拭った。

「おいおい、こんどはそっちが泣くのか」

 げらげら。

「てめぇ、腐ってんな」


 飛び掛かろうとするムンムをまた僕は止めた。疲れていた。はやく休みたい。ソレイユ。ソレイユのことを考えよう。記憶は燃やされない。僕のものだ。


「ドラゴン女だぜ、こいつの手紙の相手、ドラゴン女だって知ってんのか」

 さっと血の気が引く。どくりと血管が波打つ。

「ラザレットからの手紙だぜ。病者が書いたやつだ。菌にまみれてる」


 だから燃やしてやったのさ。消毒だ。感謝しろ。俺は軍を守ったぞ。ドラゴンから守ってやった。邪悪、邪悪。ドラゴンは駆逐しろ。


「ドラゴン病……」


 ムンムがつぶやく。僕をちらっと見てから、すぐに視線をそらした。僕は掴んでいた彼の腕を離した。触られたくないだろう。


「だ、だからなんだ。手紙じゃないか」

 ムンムがころりと声を裏返しながら叫んだ。きんきんと甲高い声になっている。

「手紙だろ、ただの手紙。燃やすなんて意味ねぇことすんなよ」


「意味ないだと。汚ねえだろぉがよ」

「お前のほうが――」

 僕は叫んでいた。

「やめてくれ」

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