12-2 手紙 ……1

 連隊は国境警備にあたることになり、任務にそなえて新しい軍装が支給された。南国の島で使用していた半ズボンはかなり汚れていて、陽にかざすと空が透けて見えるほどすり切れ、潮や泥で硬くなっていたが返上しろとのことだった。代わりに夏物の上着とズボン、下着は冬物も渡され、装備品の水筒やテントなども新品と交換された。


 これまで連隊が本格的な戦闘に陥ったことは一度もなかった。警備といっても食糧庫や物資倉庫の輸送管理で、爆撃音を聞いたとしても、味方の兵の訓練か遠方の海上で撃墜された敵機が弾ける音くらいだった。


 国境警備、しかも進駐して間もない場所の警備となると今までとは違ってくるだろう。にわかに緊張感が漂うようになったが、準備に手間取ったのか予定よりも出発日が長引いた。


 その間に内地から入隊間もない現役兵が到着した。これでやっと雑用から解放されるかと思ったのだが、全員で三十二名という少なさで、二百人近い中隊の雑用を全部こなせるはずもなく、依然として僕らは下っ端扱いのままだった。


 いよいよ出発だという前日の夜、手紙が届いた。送り主はハンナになっていたが中身はソレイユからで、一枚の便せんしか入ってなかったが、僕が送った絵を褒め、彼女も小さいスケッチを手紙の端に描いてくれていた。


 グラスコップに花が挿してある。忘れな草だと思う。枝がうつむき加減でコップの縁に枝垂れるように描かれている。陰影が上手でリアルだったが、どこか寂しげで彼女が描いたにしては意外に思えた。花は群生しているらしい。部屋の窓から見える花壇に咲いているのだと説明があった。


 僕は部屋のベッドに座って読んでいたのだが、小隊長が呼んでいるとのことで急いで手紙を折りたたんだ。支給されたばかりの背のうを手繰り寄せる。ソレイユからの手紙は束にまとめて背のうの底に入れてあり、その手紙も同じように隙間から奥へと押し込んで隠すようにしてから部屋を出た。


 要件は大したことはなく、離れていた時間は十分もなかったはずだ。でも部屋に戻り、また手紙を読み返そうと背のうに手を伸ばしたところで違和感に気づいた。これでもかと荷物が詰め込まれてあるのだが、それでも自分なりのルールで整頓してある。動かされれば分かるのだ。


 顔を上げ、周囲に視線をやると新入りの兵があからさまに目をそらした。僕はそいつに駆け寄ると、肩を掴んで問い詰めた。


「誰が触ったんだ」

「あ、あの、その」


 彼は口ごもるとうつむいてしまい、指先をいじるばかりで役に立たなかった。嫌な予感がして、背のうを確かめるとソレイユからの手紙がなくなっていた。ぞわりとして一瞬だが思考が停止した。


 廊下へ出ると見つけた同期兵を捕まえる。部屋から手紙を持って出たやつがいないか聞いたが、彼にはなんのことか分からないようで、顔色が悪いぞと指摘された。ムンムを見なかったかと訊ねると、これも首を傾げるだけ。


 僕は手あたりしだいに人を捕まえて訊ねたが、誰もが怪訝な顔をするばかりだった。焦っていると外から笑い声が聞こえたので、窓に駆け寄った。建物の角を曲がった向こう側だったのでよく見えなかったのだが、火を焚いているらしく、ほのかに周囲が明るくなっている。


 僕が窓枠に足をかけると背後で注意する声があがったが、無視して外へと出た。走って角を曲がると数人の兵士が集まっていて、火を囲んで何かを読み上げては、炎の中に投げ入れている。


 ざっと顔を見まわしただけだが、同期兵ばかりのようでムンムの姿はなかった。僕が近づくとみなすぐに気づき、笑い声もぴたりと止んだ。


「それ……」

 どくどくと心臓が暴れ出し、耳の奥がきんと痛んだ。

「手紙」


 輪の中央にいた奴がにやりと笑い、それで嫌な予感が的中したのが分かった。僕の手紙、ソレイユからの手紙なのだ。


「よぉ、お前も混ざるか」


 のんきな言い草に言葉が出てこなかった。詰め寄って手を突き出したが、相手は鼻を鳴らしただけで手紙を返そうとはしない。ちらりと側にいる連中にも視線をやったが、にやついている者、目をそらす者がいるばかりで声を上げる者はなかった。僕は奴が手にしている手紙を掴もうとしたのだが、彼はひょいと上に持ちあげたので手は虚しく空を切った。


「返せよ」


 なるべく落ち着こうとする。なんでもないこと。怒るようなことじゃない。ただ返してもらえばいい。見れば、奴の横に座る男が手紙の束を握っている。僕はそちらに手を伸ばして言った。


「それ、大事なものだから」 

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