12-1 スンダランド 941年(20歳)

 輸送船団は四隻で編成され、駆潜艇二隻の護衛でスンダランドをめざす航海についた。出航時には地元民が手を振ってくれ、中には涙を流す人もいた。


 船での行軍は苦痛、特に下っ端には地獄だった。押し込められた船室は狭くてカビと潮の臭いだけでなく、排せつ物のような臭いまでして呼吸するのも吐き気がしてまともにできない。


 壁には備え付けの三段ベッドがあるのだが、高さは座っても前屈みにならないと頭をぶつけるほど低い。それに荷物を置く棚はないのでベッドの足元や枕元に置くしかないが、そうすると体を伸ばして休むこともままならないのだ。


 将校たちは丸窓のついた相部屋を使っていたが不満なようで、気性が荒くなり、部下への八つ当たりが多くなった。船が揺れるたびに柱や壁に頭や体をぶつけていたのに、さらに打ち身やあざがあちこちに出来てしまった。


 食事に関しては、懐かしい母国の味が楽しめた。果物ばかりに慣れていた胃袋が久しぶりに満たされる。噛みしめたパンの味に涙ぐむ兵士もいて、つられて自分も泣いてしまった。


 輸送船団は数回寄港した。埠頭は荷役作業でにぎわっていて、半日の外出が許可されたが、古兵たちがいそいそと市内の慰安所や食堂に出かけるのをしり目に、雑用の多い下級兵士は埠頭におりて周辺を歩くだけで精いっぱいだった。それでも異国の空気を吸いこむと鬱屈していた気持ちが発散された。


 二か月の航海のあと、船団はスンダランド東部のシンガに到着した。シンガには南方軍総司令部があり、僕が所属していた十五軍の司令部もここにあった。賑やかな市場を横目に見ながら隊は進軍。寄り道などせず市内を抜けていった。


 軍が占領するとき最後の激戦地になった高地があるのだが、その頂上が整地され訓練場になっていた。連隊はそこに宿営して、翌日からは航海中の軍馬の衰えの回復させるためと称して、競馬に励んで訓練した。


 三か月駐留して、新しい土地の風土に慣れていった。スンダランドも南国だけあって、気温が高く、湿気を含んだ空気が重苦しい。まるで湯の中に浸かっているようだと表現した者がいたが、まさにその通りで、常に汗で体がべたついていた。


 連隊では月に一度自由に外出できる日があり、市内まで買い物や食堂に行くことが出来た。慰安所もあるようで、中には一目散に出向く兵士もいる。


 慰安所の存在は前々から知っていたのだが、僕は実態に疎く、ここに来るまでよく分かっていなかった。きれいな場所で昼寝できる程度だと思っていた。だから、ムンムに一度くらい行ってみようと誘われ、のこのこと付いて行き、接客のことを知って飛んでひき返した。


 ムンムも連れ戻してきたが、彼は不満たらたらで翌日になっても文句を言ってくるので、僕は嫌になってしまった。こんな異国まで来て、見知らぬ女を相手することの楽しみがさっぱり理解できなかったのだが、どうやら少数派のようで、下級兵士の中にも出入りしている奴もいた。


 数少ない部下たちは、一応僕の目を気にしたのか話題にすることはなかったが、母親恋しさに甘えに行くのだとムンムは分かったようなことを言って、何度か顔を出していたようだ。お茶を飲んだ帰ってきただけだと笑っていたが、本当のことなど知らない。


 外出日の夕方帰隊すると、古参下士官が立っていて、どこに行ってきたのか説明する必要がある。食堂や街の見物だと答えた者はそのまま中に入れるのだが、慰安所と答えた者は入り口に並ばされ、軍医の前でズボンを全部脱ぎ下半身丸見えで直立不動の姿勢をとるのだ。


 性病のチェックなのだというが、その様子を中隊長が品評会の審査員のような顔をしてじろじろと眺めまわし、「ふん」とか「はぁ」とか言って笑う。そんな恥さらしな真似までして、慰安所に行きたい奴はいよいよあほな気もするのだが、気にするほど繊細な奴はいないらしい。


 僕は繊細な気質だったので、外出日は街の見学をして過ごした。市内から少し奥に進むと、古い石像や遺跡がたくさん残っている場所があって、そこに行って写生しては、絵を手紙に入れて送った。


 上手い出来ではなかったが精一杯描写して、ソレイユにシンガの雰囲気を伝えようと頑張った。そうしていると心が休まってきて、まるで彼女と一緒に見学しているような気持ちになる。


 顔の大きな石像に色鮮やかな南国の花が咲いている。ひらひらと飛ぶ蝶や変わった羽根を持つ鳥も描いた。色を塗るのは画材がそろわず不十分だったし、湿気で用紙がしわくちゃになったり汚れたりしたが、そんな状態も現地の様子が伝わっていいだろうと思った。


 彼女からの手紙は僕が送る量の半分にも満たず、届いたと思えば日付が数か月前だったりしたのだが、それでもこの頃はまだやり取りが続いていて、僕はそれに満足して何の不安や疑念もなく過ごしていた。

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