11-7 植物採取
ムンムにソレイユのことを話したためか、それまで張りつめていたものが緩み、手紙を出そうという気になった。ハンナを経由してだったが、島の事やムンム、他の隊員たちのことを簡単にだったが書いて送った。
数通送ったところで、ソレイユから返事が来た。こちらもハンナ経由で、内容を読むだけだと寄宿舎生活をしているような雰囲気の手紙だった。「友達が出来てよかった」という――たぶんムンムのことを指しているのだろうが――文言には気恥ずかしくなったが、久しぶりに見る彼女の字に僕は嬉しさでいっぱいになった。
ソレイユの手元にあったものが、こうして自分の手の中にあるというのは表現しがたい喜びが込み上げてくる。あまり深く考えるとそれこそ気が変になるか、ひどく落ち込んでしまいそうなので、ただ嬉しい、愛おしいと思う感情までに留めて、それを表現するかのように何通も手紙を書き送った。
一年以上、あれだけ何かとしぶっていたにも関わらず、一度出してしまえばどんな些細なことでも書き送りたくなるのだが、検閲があるので好き勝手には書けない。加減しながら、楽しいこと、面白いこと、珍しい話など、異国の雰囲気が伝わればと願った。
あるとき、妻子のいる隊員が手帳に押し花を挟んでいるのを見かけた。聞けば、三歳になる娘に帰国したときに見せてやるのだという。いい案だと思い、僕もまねをして時間が空けば植物採取に勤しんだ。
湿気が多く、肉厚な花弁が多い花は乾燥が難しい。何度も失敗したが、周りから奇異の目を向けられようと気にせず、花摘みをしては名前を現地民に尋ね、薬効などがあればそれも書き記した。
ある程度の量がたまったところで、僕はまとめて封に入れてソレイユに送った。途中で押し花がダメになったり、手紙自体が消失する可能性もあったが、せっせと集めては乾燥させ、パンパンに膨らんだ封を何通も出す。
何度かはロンイルに直接送ったこともある。でも臆病風に吹かれて、何か言われる前に、やっぱりハンナ経由に変えて送った。どれだけがちゃんとソレイユに届いたかは定かではなかったが、それでも来た返事で無事にいくつかは届いたことは分かった。
押し花でしおりを作ったとか、植物図鑑にしてみたとかいう内容は僕の採取熱をあげるのには十分すぎた。ムンムさえあっけにとられていたが、それでも人がいい彼は僕に協力してくれて、珍しい花、変わった形の葉の植物を見つけては教えてくれたり、乾燥させるのを手伝ってくれた。
何度か嫌がらせを受けて、せっかく集めた植物を台無しにされたこともあったが、そのときはムンムの方が猛烈に怒ったものだから、僕は笑ってすますことが出来た。彼は本当にいい奴だった。ソレイユにもそう書き送り、彼女がもっとムンムについて詳しく教えてほしいと書いてきたときには、その手紙を彼にも読ませてやった。
「美人だな。字を見れば分かる」
ムンムは吟味するように手紙を眺めまわす。あまりに長々と鼻をくっつけるようにして読むので気味悪くなり、僕は手紙を取り返した。
「あっ、まだ読んでたんだぞ」
「お前の臭いがつきそうだから」
「なんだと、失礼な」
むっとして唇をとがらすムンムに、一瞬ソレイユが重なって見えた。まったく似ても似つかないのに、さっと胸に切なさがよぎって頭を振る。
「どうした」心配気にムンムが言った。僕は無理やりに笑って、「いや、ちょっとめまいがした」と答えた。
「そうか。暑いもんな」
ムンムは言うと、僕の肩をぽんぽんと叩いた。
「給仕当番変わってやるよ。あの鬼軍曹の飲む茶に馬の尿を混ぜてやろうと思うんだ。今夜、実践する」
「やめとけよ」
また顔が腫れるぞ、と気にかけたのだが、ムンムはけろっとした顔をする。
「バレるわけねぇ。あいつの舌は機能してねぇんだから」
実際に遂行したのかどうかは分からないが、ムンムは上機嫌だったし、軍曹のほうでは腹を壊したらしく、翌朝には寝不足なのか隈の目立つ顔をしていた。それでも昼過ぎには大声で僕らを怒鳴りつけ憂さを晴らしては、嫌われる要素を着実に増やしていった。
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