11-6 泣き笑い

 気づけば、手が止まっていた。ムンムが神妙な顔をしている。


「悪ぃこと聞いたか。すまん、親友」

 手を合わせて詫びる姿にちくりときていた胸の痛みが消える。

「結婚申し込んだら、嫌がられた」


 うわっとムンムは両手で胸を押さえた。


「えぐられるな。お前を振るとは」

「そうかな。まぁ、悲しかったな」

「そりゃ、そうだ。しかし理想が高い子なんだな」


 お前を振るなんて、と再度持ち上げてくるもんだから、その気がなかったのに話が続いてしまう。


「財産家だから。僕とは違うんだよ」

「金持ちか。お嬢様ってやつね」


 ムンムは軽い調子で言うと、ひとり納得したようにうなずく。


「なるほど。そういうわけか。泣けるね」

 でもよ、とドンと胸を叩く。

「そう悲観するな。何が起こるか分からねぇ。ここで一旗あげりゃぁ」


「病気なんだ」言ってはっとした。

「いや、その……」


「病気って、悪いのか」

 深刻な顔をするムンムに慌てて言い足す。

「そうじゃないんだ。いいんだ、なんでもない」


「なんだ、吐いちゃえよ。言っちまったほうが楽になるぞ」

「いいんだ、いいんだって」


 がっがっと砂を掘る。堀った穴の端からさらさらと崩れてくる。無駄に思える作業。それでも繰り返し、あきらめずに掘り進むと次第に穴は広がり、深さも出てきた。ムンムも口数が減り、鼻歌交じりだが精を出している。


「俺もよ」と頬に砂のついた顔でムンムが言った。

「いいなって思う子はいたんだぜ」

「そうなのか」


 どこまで真剣なのかと半信半疑だったが、ムンムが真面目な面持ちなので、動かす手を少し緩めて話の続きを待った。


「おう、かわいい子でよ。ひとつ下だったんだ」

 でも、と手を止めてにこりとした。

「死んじまった。早かったんだぜ、病気だって聞いてから、あっというまに痩せちまって、それでコロッと」


 ははっと笑う声が同情を掻き立てる。僕は「そうなんだ」とつまらない返事をした。ムンムは「そうなんだよ」と明るい話題のようにあっさり言う。


「ま、向こうは俺のことは何とも思っちゃなかったんだ。どっちかっていうと嫌われてた気がするぜ」


「そんなこと」ないだろ、と言いかけて、相手が笑顔を向けてくるのでやめた。それからしばらくはまた無言。波の音を聞きながら、僕は言葉を選んでいた。


「ソレイユ……って言うんだ、彼女」

 ぱっと顔をあげて、にやっと笑うムンムに照れてしまう。

「病気だけど……、その、命にかかわるわけじゃないんだ」


「そうか、そりゃほっとしたよ」

 邪気のないムンム。

「うん、でも治らなくて……、もし治ったら、とは思うんだけどね」


 病名を感づかれただろうかと、ちらりと視線をやったが、相手はいつものムンムらしい好奇心に満ちながらも人の良さそうな顔をしている。


「治るんじゃねぇか」

「そう、かな」

「おう、治ると信じようぜ。俺も信じるからよ。親友だもんな」


 親友ってそういうものなのか。疑う気持ちでムンムを見たけれど、相手は機嫌よく鼻歌を歌い、僕が見ているのに気づくと、愛想よく前歯を見せて笑った。


「お前、いい奴だな」


 つい言ってしまって、「いや、ほんといい性格してるよ」と何だか分からない言いなおしをしてしまった。褒めたつもりが嫌味に聞こえそうだ。ムンムは「今さら気づいたってかぁ」と大声をだし、それからゲラゲラ笑いだした。


「おい、貴様ら、何をふざけとるんだ」


 突然、ジャングルの茂みから声が上がる。最悪の相手に見られてしまった。軍曹はじろりと僕らをにらむと、ムンムの頬に強烈なビンタをした。ムンムは盛大にすっころび、顔面が砂浜に埋まる。


「立て」と軍曹が声を張り上げる。ムンムは顔を上げたが、鼻血が吹き出して、ぺっと吐いた口からは血が混じった唾液が出る。僕は硬直していた。ごうごうと頭の中で渦巻くような音がする。


「立て」


 ムンムの足をごつい軍靴で蹴とばす。「おい、立たんか」


 ムンムがよろめいたのを見て、僕はやっと体が動いた。彼の体を支えに駆け寄る。と、背中を殴打されて、次の瞬間には砂が口の中に入っていた。頭上から「貴様、生意気だ」と荒ぶる声が聞こえる。そのあと、背を踏まれて息が止まりそうになった。がんがんと頭が痛み、聞こえていた音が遠のいた。


「おい、おいったら、おい」

 ばしゃっと顔に水をかけられる。しょっぱい味にむせかえる。

「しっかりしろ。お前、俺をかばうなんて惚れちまうだろうが」


「かばったか?」


 僕は顔を拭いながらムンムに言った。どうやら気絶していたらしい。太陽が水平線に沈みかけている。真っ赤に照らされたムンムの顔を見て、思わず吹き出してしまった。


「なんだ?」

「いや、すごい顔だな。腫れまくってるぞ」


 ムンムはぱちぱちと自分の顔を触って確認した。


「そんなにひどいか」

「まぁ、いつもよりちょっとな」


 僕は自分の顔にも触れてみたが、痛みは背中だけだったし、どこも怪我している様子はなかった。口の中がじゃりじゃりしたが砂が入っているだけ。歯もそろっているし、切っている様子もない。


「あの軍曹には、こんど雑巾汁入りスープを飲ませてやるぜ」

「姑息だな」

「利口と呼べ」


 二人で笑っているうちに涙が出てきた。ムンムもべしょべしょになって泣いている。それを見て笑い、また泣いた。こんなに我慢することなく、泣いて笑ったのは久しぶりだった。夕日がまぶしい。笑い声が波音といっしょになって、南国の空へと吸い込まれていった。

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